第一章「呱呱」 第18話

《強化》の図書迷宮ライブラリは一般的な図書迷宮ライブラリよりも深く、一〇層で構成されている。

 これは副祭壇の先にある階層を第一層とした数え方で、副祭壇までの距離は考慮されない。

 各階層の構造は図書迷宮ライブラリによって異なるけれど、一般的には簡単な迷路のようになっていて、影魔シャドウを斃しながらそこを抜け、本祭壇へ至ることが試練ということになる。

 もっとも、今回は踏破経験者が二人もいるため、問題となるのは影魔シャドウのみ。

 ただ、その出現頻度はそこそこ高く、最初こそ一匹ずつだった数も、進むにつれて二匹になり、三匹になり――個体の強さも少しずつ上がったが、私はそのすべてを一人で斃して進んだ。

 これが魔法を得るための試練ならば、自分にできる最大限のことはしておきたい。

 そう考えて、お姉様たちの手助けを拒み、数度の夜を越えて辿り着いた一一回目の階段。

 そこを下りた先にあったのは、副祭壇の所で見たものと非常によく似た扉だった。

「ここが目的地――で良いのかな?」

「はい。その扉の先が本祭壇となります。お嬢様、お疲れさまでした」

 微笑むアーシェにそう言われ、私は肩の力を抜いて改めて扉を眺めた。

 全面に施された装飾、中央にある四角い窪み。詳細に比較すれば差異があるのかもしれないけれど、私の記憶力では何日も前に見た扉との違いを見つけることはできなかった。

「さぁ、ルミ。あそこに魔導書グリモアを填めて、扉を開けると良い」

「……? はい」

 なんだか楽しそうなお姉様とアーシェ。二人の様子に疑問を覚えつつも、顕現させた魔導書グリモアめると、あの時と同じような光が扉全体に広がり、ゆっくりと扉が動き出す。

 そしてできた扉の隙間から、アーシェの操る《光》が部屋の中へと入り込み――

「――っ!」

 照らし出された光景に、私は息を呑んだ。

 広さは自体は副祭壇と大差ないが、あちらを体育館とするならば、こちらは荘厳な神殿。

 中央に見えるのは四メートルはありそうな大きな女神像であり、そこを中心にして正面の壁に施された彫刻は精緻、且つ典麗てんれい。女神像の前に置かれている書見台も、副祭壇とは比較にならないほど手の込んだ物で、正に本祭壇の名に相応しかった。

 しかし、それらの祭壇よりも私の目を惹いたのは、両側の壁だった。

 双方の壁の端から端、下から上まで埋め尽くしていたのは、本に満たされた巨大な本棚。

 圧倒的な存在感を持った大量の本が、両側から迫るように存在していた。

「ふふっ、驚いたか? ルミ」

 あえて黙っていたのだろう。こちらを見て悪戯っぽく笑うお姉様に私は素直に頷く。

「はい、驚きました。本祭壇って、どこの図書迷宮ライブラリでもこうなんですか?」

「いや、図書迷宮ライブラリによって違うな。ここの本祭壇がこのような形なのは、おそらくこの図書迷宮ライブラリを守護されているのが、知の女神イルティーナ様だからだろう」

 魔導書グリモアを人に授けたのがイルティーナ様であることは、広く知られている。

 しかし、各所に点在する図書迷宮ライブラリについては、他の神々も関わっているようで、お姉様はそれらの図書迷宮ライブラリも訪れたことがあるらしい。

「納得です。でも、図書迷宮ライブラリの名前の由来は、絶対にこれですよね」

「そうでしょうね。ただ残念ながら、ここの本に触れることはできないのですが」

 私の言葉に頷いたアーシェが、右側の壁際に近付いて本棚に手を伸ばすけれど、その手は本棚の前三〇センチぐらいの位置で透明な壁にでもぶつかったように止まる。

「ご覧のように。もっとも背表紙のタイトルを見る限り、ここにある本は神代文字で書かれているみたいですから、触ることができたとしても読めないと思いますけど」

「それは残念。でも、この本祭壇の構造って何かに……あ。ウチの礼拝室。もしかして……?」

「はい。おそらくはここをイメージして作られたのかと。規模は全然違いますけど」

 私がきっかけを作り、お父様たちによって完成した礼拝室。

 その左右の壁には、手持ちの本を収めるには立派すぎる本棚が据えられている。

 寂しく見えるぐらいに空きが多くて、少し不思議だったんだけど……そういうことかぁ。

「お父様たちは、できれば本で埋めたかったようだが、さすがに厳しいと断念したらしいぞ?」

「賢明だと思います。あれだけの本棚、下手したら身代しんだいを潰してしまいます」

 この世界での本は稀少で高い。小さな本棚を一つ埋めるだけでも冗談じゃなく家が建つ。

 内容を問わなければ集めることはできるけど、そんなのはただの無駄遣いだしねぇ。

「さて。それじゃ、やってみようかな」

 私は祭壇の方へと歩み寄り、書見台を見る。

 副祭壇の書見台は、ただ石灰岩のブロックを切っただけのような手抜き感があった。

 対してこちらは、大理石に似た素材で脚の部分が細くなった形状、全体に彫刻も施されている。

「祈りの言葉も副祭壇とは違うんだね。これを唱えれば良いのかな?」

「はい。お嬢様、頑張ってください!」

「ルミ、お前の頑張りはイルティーナ様もご存じのはずだ。きっと大丈夫だ」

 私は顕現させた魔導書グリモアを書見台の上に置き、正面のイルティーナ様を見上げる。

 副祭壇では『おそらくダメだろう』と考えていたし、本祭壇という希望があったので、さほど緊張はしなかった。しかし今回は本命も本命。これで魔法を授かることができなければ……。

 もちろん、それで諦めるつもりはないけれど、やはり不安は大きい。

 視界の隅に映るのは、普段の飄々ひょうひょうとした姿とは対照的に、目をギュッとつむり、両手を合わせてイルティーナ様の像に向かって祈るアーシェと、私を真剣な顔で見守るお姉様の姿。

 そんな二人に支えられるように、私は祈りの言葉を紡ぐ。

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