第一章「呱呱」 第16話

「これが副祭壇……。確かに、ここからが図書迷宮ライブラリと言われても納得できます」

「そうだろう? あの扉の先から本祭壇までが試練となるのだが……まずは副祭壇からだな」

 促すように歩き出すお姉様に続き、私たちが向かったのは副祭壇の中央。

 そこに置かれた書見台は、直方体の上部を斜めにカットしたようなシンプルな形。

 素材は石灰岩に似て、手触りはざらざら。装飾らしい装飾もなく、目に付くのは本を置く場所の下に彫り込まれた短い文章ぐらい。残念ながら、あまり神秘的って感じでもない。

「思った以上に普通……かも。アーシェ、ここで魔法を授けてもらえるんだよね?」

「はい。魔導書グリモアを祭壇に捧げ、こちらの祈りの文を読み上げるだけです」

 私の疑問に答え、アーシェが台座に彫り込まれた一文を指さす。

 手順としては、祭壇の上に自分の魔導書グリモアを載せ、その上に手を置いて祈るだけで良いらしい。

「簡単だね。それじゃ、やってみましょう」

「ルミ、良いのか? 本祭壇ではなく、ここの副祭壇で」

「実験も兼ねてますから。――副祭壇で魔法を得たら、本祭壇を使えないとかありますか?」

「それは問題ないかと。私も最初は副祭壇で魔法を得てから、本祭壇に挑戦しましたから」

 アーシェで実績があるなら安心。であれば、試さない理由はない。

 私は魔導書グリモアを祭壇に置くと、数回深呼吸。祈るように台座の文を読み上げる。

「『私は盟約に従うことをここに誓い、魔法の貸し出しを希望します。知の女神イルティーナ様、私の声を聞き届けてくださるならば、その力をお示しください』」

 私の声が洞窟内に消えていき、そのまましばらく待機…………うん。変化なし。

「ねぇ、アーシェ。これで魔法が授けられたってことは――」

 微かな希望にすがってアーシェに視線を向けるけれど、彼女は静かに首を振る。

「ないですね。魔法を授かった場合には、祭壇が光を発しますので」

「そっか~。中身も……変化なしっと」

 そうだろうなぁ、とは思っていたけど、やっぱりちょっと凹む。

 思わず私の口からため息が漏れるが、そんな私を慰めるようにお姉様が奥の扉を指さす。

「ルミ、まずはあそこに魔導書グリモアを填めてみてはどうだ? 普通の魔導書グリモアならそれで扉が開く」

 見上げる扉の高さはやはり私の身長の二倍を超えていて、幅も両手を広げても届かないほど。

 全体に施された彫刻も見事で、神秘さなら副祭壇よりもこちらの方が上だろう。

 その扉の合わせ目、普通なら取っ手が付いていそうな位置には、四角く何も彫刻がされていない部分があり、お姉様が『めてみては』と指さしたのはそこだった。

「ルミの魔導書グリモアでも扉が開けば、間違いなく魔導書グリモアとして機能する証明になるだろう?」

「確かにそうですね。試してみます」

 勧められるまま窪みに魔導書グリモアを填め込んだ瞬間、そこから波紋のように紫色の光が広がる。

 やがてその光で扉全体が満たされると、大きく重そうな扉がゆっくりと動き出した。

「おぉ……。うんうん、こういうの。私はこういうのを求めてたんだよね」

 なかなかに神秘的で幻想的。これでこそ、神の造った図書迷宮ライブラリに相応しい。

 副祭壇が肩透かしだっただけに、嬉しくなった私は何度か頷いてお姉様とアーシェを振り返るけれど、二人は何か気になることでもあるのか、怪訝けげんそうに扉を見ていた。

「えっと、何か問題でも……?」

「いや、単に私が以前扉を開いた時は、もう少し時間がかかったと思っただけだ」

「私も同じですね。ついでに言えば、白色ホワイト以下の魔導書グリモアでは扉を開けられないそうです。なので必然、お嬢様の魔導書グリモア黄色イエロー以上。やはり、貴族用の特別な魔導書グリモアなのではないでしょうか?」

 それはアーシェと議論する中で出た仮説の一つ。祭壇が平民と貴族で分かれているのだから、本祭壇でしか使えない魔導書グリモアがあっても不思議ではなく、私の魔導書グリモアがそれではないか。

 そんな牽強付会けんきょうふかいとも言える仮説であり、実際には問題点が多い。

 仮に色々と目を瞑り、『一部の貴族のみに与えられる』と考えたとしても――

「やっぱり、その情報がまったく伝わっていないのは、変じゃないかな?」

 滅多に現れない稀少なものだったとしても、存在すら知られていないのは不可解。

 改めてそれを指摘する私に、アーシェは困ったように笑う。

「お嬢様だからぶっちゃけますが、今と違って昔の貴族は真剣に魔物と対峙した――いえ、そうしないと滅亡しかねない危機的状況だったようです。神が人に魔導書グリモアを授けた頃は」

「うん、そうだね。それは私も知ってるけど……?」

「必然的に貴族の死亡率は高く、情報が正しく伝わっていない可能性も高いんです。こういった記録を残すべき神官たちも人々を助けるために前線へと赴き、かなりの死者を出したようで……神様が人に魔導書グリモアを授けた経緯なども、現在となってはかなり曖昧ですよね」

「正確な記録は残ってないんだっけ?」

「はい。記録を残すより、命を残す方を優先しなければ、本当に人が滅びかねない状況だったようです。なのに少し余裕ができただけで、権力争いを始めてしまったものですから……」

「あぁ……、三〇〇年戦争ね」

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