第一章「呱呱」 第15話

「あ、あのっ! ご、ご案内は必要でしょうかっ!」

 そんな中、前に出たのは後から出てきた兵士たちの一人。

 おそらくこの場の責任者なのだろう。緊張したように上擦った声で私たちに問いかける。

「不要だ。私は何度か入ったことがあるしな。あぁ、おそらくないとは思うが、貴族が図書迷宮ライブラリに入りたいと来ても、私たちが戻るまでは入れないようにしてくれ」

「かしこまりました!」

 お姉様の返答はにべもなかったけれど、彼はむしろホッとしたように一歩退いて敬礼。

 そんな彼らに軽く微笑みを返しながら奥へと進めば、さほども歩かないうちに見えてきたのは、一見するとただの洞窟にしか見えない物だった。

 入り口の幅は五メートル、高さは一〇メートルを超えるだろうか。

 私の知る中で近しい物を挙げるなら……鍾乳洞の入り口かな?

 なかなかに立派な洞窟ではあるけれど、図書迷宮ライブラリという不思議さと比べるとあまりにも平凡。

 そのことに少し戸惑っていると、兵士たちの興奮した声が遠くから風に乗って届いた。

「ヤバっ! ルミエーラ姫、肖像画は見たことあったが、本物は段違いだぜっ!?」

「お、俺も、近くでお顔を拝見して……滅茶苦茶可愛かった!」

「俺なんか、直接言葉を交わしちまったぜ!」

「くそっ! なんで門番を交替した直後にっ! 少し前なら俺が当番だったのに!」

 ……なんか、凄く持ち上げられてるね?

 まるで著名人に直接会ったファンのような、大袈裟にも思える反応が面映おもはゆい。

 けれど、その喩えが強ち間違っていないのだから、なんとも言えない。

 そしてそんな声は当然、隣にいるアーシェにも届いているわけで。

「大人気ですね、お嬢様?」

「珍しいからじゃないかな? 帰りにはあんなに騒がれなくなってるよ」

 揶揄やゆするようなアーシェの言葉にも、私は表情を変えずに平然と応えるが、アーシェはむしろ楽しそうに笑って、私の顔を覗き込んだ。

「ふふっ、お嬢様、照れてますか?」

「照れてない。それより私は、お姉様より私の名前が先に出ることの方が気になります。シンクハルト家の次代はお姉様なのに……。宿場町の兵士もそうでしたよね?」

 しかしお姉様は軽く笑って、私の頭を優しく撫でる。

「ルミの格好は判りやすいからな。その服を着ている姿絵も売っているはずだぞ?」

 私が今着ている服は外出用なので、頑張れば前世でも普段着にできそうなガーリー系。

 それでも普通の平民が着られる物ではなく、目立つという点に於いては人後に落ちない。

 実用性重視のお姉様の服装と比べ、どちらがお嬢様に見えるかは言うまでもない。

「私が気にしないのだから、ルミも気にするな。それより今は図書迷宮ライブラリだろう?」

「むぅ……解りました。でも予想外です。普通の洞窟っぽいのも……凄く整備されているのも」

 私が戸惑ったのは特別感がなかったことに加え、入り口から見える内部の様子も一因だった。

 ここから見ただけでも、洞窟の地面はゴツゴツとした岩が剥き出しで、とても歩きづらそうなのだけど、なぜかその上には、縦割りにした丸太で歩道が整備されていた。

 一部には手摺りまで付けられていて、これでライトアップでもされていようものなら、完全に観光地化された鍾乳洞――神が造りし神秘の図書迷宮ライブラリはどこに行った?

「本当に、これが図書迷宮ライブラリなんですか?」

「そうだ。これがウチの管理する唯一の図書迷宮ライブラリ、《強化》の図書迷宮ライブラリだ。どんな領民でも副祭壇まで辿り着けるよう、整備を進めたそうだぞ?」

 シンクハルト領では領民が魔法を覚えることで、領地の発展に寄与することを期待している。

 ここの整備もその一環であり、誰でも――それこそ運動が苦手な、成人したばかりの女の子でも魔法を覚えられるよう、昔から歩道が作られているらしい。

「良いんですか? 図書迷宮ライブラリって一応、魔法を授かるための試練の場なんですよね?」

 神様がへそを曲げはしないかと少し心配になるけれど、お姉様は軽く肩をすくめる。

「副祭壇までなら大丈夫じゃないか? ただ歩きづらいだけだしな」

「そもそも、どこからが図書迷宮ライブラリなのかは、議論の余地がありますからね」

「副祭壇のある場所が入り口で、そこまでは図書迷宮ライブラリと見なさないという考え方もあるようだな。さて、それじゃ、そろそろ入ろう。ルミ、心構えは良いか?」

 改めて確認するお姉様に、私はゴクリと唾を飲み、神妙に頷いた――のだけど。

 そんな私の心構えとは裏腹に、副祭壇までの道行はとても順調だった。

 誰でも副祭壇まで行けるようにという理念の通り、適切に管理された歩道。

 そこを外れなければ道に迷うこともないし、所々には休憩所まで完備されている。

 それでも普通の平民であれば、真っ暗な洞窟の中を薄暗いランタンを片手に歩くという、ちょっとした肝試しのような試練を受けることになるのだろう。

 しかし私たちの場合、アーシェが使える《光》の魔法がある。

 十分な光量のあるその魔法は洞窟内をしっかりと照らし、足下の不安は皆無。

 私たちは山道を歩くよりも気楽に足を進め――やがて見えてきたものに私は息を呑んだ。

 それはまるで、古代遺跡が洞窟に飲み込まれたかのような光景。

 視線の先で大きく広がった通路は、学校の体育館ほどの空間を形成し、その壁面は途中から、これまでのゴツゴツした岩肌から整然とした石造りの壁へと変わっている。

 一番奥には私の背丈の二倍はありそうな両開きの扉があり、その前の部分は階段二段分ほど高くなった舞台のようになっていて、中央に石造りの書見台しょけんだいが置かれていた。

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