第一章「呱呱」 第14話

「ちなみに〝議会〟は略称で、正式名称は〝ルミエーラ様の素晴らしさを伝え、尊厳を守ることを誓った血盟団に於ける最高議会〟です」

「ヤバさが増したよ!? ……そういえば、アーシェにも一枚、あげたよね?」

 アーシェも幹部なのかと、疑惑の視線を向けるが、アーシェはキョトンと首を傾げる。

「いえ、私が持っているのは、一枚ではありませんが?」

「あれ? サインは一枚しか、書いた記憶がないんだけど」

 私の記憶違い? でも、アーシェのことについて、私がそう簡単に忘れるとは――

「私、旦那様から原本を譲って頂いていますから。普段からお嬢様をよく支えている、と」

「ぐっ、なるほど、そっちも特級品扱いなんだったね」

 疑惑は深まった、と言いかけた私の言葉を遮るように、お姉様が口を挟む。

「ルミ、もし姿絵を売られるのが嫌なら、私がお父様に言っておくが?」

 む。心情的には複雑だし、なんだかんだで私に甘いお父様。

 私が強く拒否すれば、少なくともお土産として販売されることはなくなるだろう。

 しかし、貴族としての立場や領内の文化振興のことを考えれば、拒否する選択肢はないよねぇ。

「……メリットもありますし、大々的に売られないのであれば、何も言わないことにします」

 お土産として有名になっている以上、もう遅い気がするけどね。

「そうか。実際、お母様が良い布を使えるのは、あれのおかげだからなぁ」

 そうなんだよね。私の安全に直結しているから、反対しづらいというのも大きい。

 仮に姿絵の販売益がなくなったとしても、お父様は私の安全のために大金を投じるかもしれないけど、さすがに『姿絵の販売は嫌』と言っておきながらそれは心苦しい。

 私はため息と共にいろんな思いを吐き出して、改めて宿の主人の方へと向き直った。

「すみません。お待たせ致しました」

「いえいえっ! まったく! まったく問題ありませんっ! それで、その……」

 私たちが話している間、そわそわと、しかし口を挟むこともなく待っていた彼は、私の謝罪に慌てたように首を振ると、遠慮がちに言葉を続ける。

「もしよろしければ、こちらの肖像画にルミエーラ姫のお名前など頂けましたら――」

 有名人のサイン色紙をお店に飾るような心境なのだろうか。

 その気持ちは解らなくもないけれど、私が何か言う前に厳しい表情のアーシェが口を挟んだ。

「購入された時に説明された掟をお忘れですか? 『ルミエーラ姫に――』」

「……はっ!? 『求めない』です! も、申し訳ありません!」

 アーシェの言葉に続けるように答え、宿の主人は息を呑んで頭を下げる。

 ――諦めた直後に〝議会〟のヤバさを補強する情報を捻じ込むのは、頼むからやめてほしい。

 でも、私は聞き流すと決めたのだ。

 お澄まし顔で無言を保つ私の隣で、アーシェは満足そうに頷く。

「ご理解頂けているようで助かります。それで、部屋を準備して頂きたいのですが?」

「かしこまりました! ――貴賓室の準備だ! 大至急!!」

 敬礼でもせんばかりに背筋を伸ばした宿の主人は、大慌てで宿の奥へと走り出す。

 私はそれを見送り、問うようにアーシェへ視線を向ける。

 あの反応を見て、『掟』とやらが気にならないはずもない。

 聞き流すとは決めたけれど、彼女が自主的に説明してくれるなら何の問題も――

「良かったですね。あの様子なら、さほど待たされることはなさそうです」

 ――違う、そうじゃない。

 しかし、アーシェが私の視線の意味を理解していないはずもなく。

 それ以上は説明しようとしない彼女に、私はただ仏頂面で黙り込んだ。


    ◇    ◇    ◇


 早朝、宿の人たちに見送られて出立した私たちは、その足で図書迷宮ライブラリへと向かった。

 町を出て数分ほど歩けば、見えてきたのは崖の一部を囲むように作られた木の柵。

 その崖の下にあるのが目的地の図書迷宮ライブラリであり、柵の部分は兵士の駐屯地である。

 自由に入れる図書迷宮ライブラリとはいえ、魔物や盗賊が棲み着くのを防ぐため、警備はしているのだ。

 ただ、基本的には平穏なようで、そこに立つ二人の兵士は緊張感もなくのんびり談笑していた。

 私たちが歩いて近付いても警戒する様子はなく、こちらに顔を向けて歓迎するかのように友好的な笑みを浮かべ――その表情のまま固まった。

「お勤め、ご苦労様です」

「お、おっ、恐れ入ります! ルミエーラ姫――っ、シルヴィ様!」

「ル、ルミエーラ姫……ほ、本物……」

 一人はハッとしたように敬礼をし、もう一人は呆然と言葉を漏らす。

 しかしその二人目も一人目の兵士に脚を蹴られ、「申し訳ありません!」と姿勢を正した。

「楽にしてくれ。私たちは図書迷宮ライブラリに用があるだけだ。通らせてもらう」

「「はっ! どうぞ、お通りください!!」」

 お姉様も声を掛けると、二人は更に緊張した様子で反り返るほどに背筋を伸ばし、ピシリと固まったまま大きな声で返答。その声が聞こえたのか、近くの小屋から他の兵士たちも顔を出すが、彼らもまた私たちの姿を認めると驚きに目を見開き、整列して直立不動で敬礼をする。

 ――う~ん、これは、事前に連絡しておくべきだったのでは?

 普段会う騎士団の人たちは、もう少し気楽に接してくれるんだけど……。

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