第一章「呱呱」 第13話
とても嬉しそうに意味不明なことを言う宿の主人に、私の口から思わず言葉が漏れる。
「はい?」
「い、いえ、なんでもございません」
私は取り繕うように再度笑みを浮かべると、くるりと宿の主人に背を向けてアーシェを見た。
「いつの間に……私、聞いてないです」
「ルミが立って歩き始めた頃から売っているな。お父様主導で」
なるほど、それぐらい昔なら、わざわざ確認は取らないか。その頃の私は赤ん坊だから。
前世でもブロマイドを売る商売はあったし、おかしくはない、のかも……?
「ちなみに優秀品、上級品、中級品、普及品の四つのランクに分けて販売されています。見れば、あそこに掲げてあるのは上級品。ここのご主人はよく解っていますね!」
「ランクまであるの!?」
「はい。お嬢様の姿絵を手に入れてから商売が上向きになった。お嬢様の姿絵を寝室に飾ると、夜ぐっすりと眠れるようになった。お嬢様の姿絵を懐に入れていたから致命傷で済んだ。その他にも数多くの喜びの声が寄せられています」
なに、その霊感商法みたいなキャッチコピーは!?
しかも最後の事例、助かったの? 助かってないの!?
「私程度では、旦那様のお心は計り知れませんが……きっと
「ただの親馬鹿、ルミの可愛さを自慢したいだけという可能性もあるがな。あのお父様だから」
「…………」
否定できない。お母様が服を完成させる度に画家を呼び、それを着た私を描かせる人だから。
正直、お金の無駄に思えるけれど、質実剛健なお父様の数少ない贅沢だし、文化の振興という点では、画家にお金を落とすのは決して悪いことではないので、止めづらいんだよねぇ。
「でも、あの肖像画がこんな用途に……」
お金に関してはまだしも、絵の使われ方があまり嬉しくない。
やっぱり止めるべきだったかもと、そんな私の心情を察したかのようにアーシェが口を挟む。
「もしかして、お嬢様、旦那様が肖像画を描かせることを浪費と思われていますか?」
「そうじゃないの? 文化への投資という面を除くと」
「先ほどお伝えした通り、描かれた肖像画は他の画家によって模写され、ランク付けをして姿絵として販売されています。それによって多くの画家が仕事を得られていますし、売り上げの一部は当家にも還元されています。少なくとも、お嬢様の衣装代をすべて賄ってなお余るほどに」
「……もしかして、以前お姉様が『元が取れる』と言ってたのは?」
恐る恐る尋ねる私に、アーシェとお姉様が揃って頷く。
防具になるほど高性能な布。いくら宣伝になるとはいえ、『ウチの領地に無償提供できるほど余裕のある商会があったかな?』と、少し疑問に持っていたんだけど、そういう仕組みかぁ。
それにしたって、それなりの売り上げがないと買えないよね?
実はとんでもない数が売れてるの? それとも、一枚が良いお値段するの?
普通の宿の主人が買えるんだから、とんでもなく高いってことはないはずだけど……。
「
もちろん家にある物に比べれば劣っているけれど、十分に上手い絵だと思うし、写実性という点でも、確実に私と判るぐらいには高品質である。
「はい。品質についてはご安心ください。〝議会〟がしっかりと管理していますので、基準に満たない物は普及品としても流通させません。不細工なお嬢様は存在しないのです」
「『不細工なお嬢様』って言い方はなんだか――って、ちょっと待て。〝議会〟?」
単語としては普通なのに、なぜだか不穏な響きを感じる言葉。
後半の言葉のインパクトに流しかけたけど、怪しいのは絶対こっちの方。
私は思わず眉をひそめて訊き返すが、アーシェは真面目な表情を崩すことなく答える。
「お嬢様に関する諸々を管理、監督する団体です」
「何それ!? 秘密結社!?」
「いえいえ、真っ当な組織です。特級品を持つ者しか幹部になれませんので」
ますますヤバい団体に思えてきた。
「そもそも特級品って……? その言い方からして、普通には買えない感じ?」
「はい。特級品は最初に描かれた一枚か、お嬢様直筆のサインが入った優秀品になります」
「それって、持ってるのは家族か、家臣だけなんじゃ……?」
実のところ私も、同じ構図の肖像画が複数あること自体は知っていた。
画家が肖像画を描くときには、弟子も一緒にやってきて隣で描くし、その肖像画はお父様が褒美として、功績のあった家臣に与えていることを知っていたから。
褒美が娘の肖像画。どう考えても親馬鹿の所業である。
ただ、象徴としては判りやすいので、案外人気はあるらしい。その時に頼まれると、『感状代わりになれば良いかな?』と、私も功績への賛辞とサインを入れていたんだけど……。
「当然、〝議会〟の幹部は全員、お嬢様もご存じの方ですよ? 安心しました?」
「それは安心材料じゃなくて、私を微妙な気分にさせる情報だよ……」
『もしや?』と、そっとお姉様を窺うと、お姉様がスッと視線を逸らす。
……うん。追及するのはやめておこう。
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