第一章「呱呱」 第12話

「人に使われるのが嫌で仕事ができますか。そもそも普通の傭兵は傭兵団に所属します。フリーで成功できるのは本当に一握りですし、そういう人も最初は誰かの下でやり方を学ぶものです。仮にお嬢様が平民だったとして、傭兵と結婚したいと思いますか?」

「……あまり思わない、かな?」

 例えばウチの兵士であれば、職務中の怪我は治療してもらえるし、休職も認められる。

 万が一、殉職すれば遺族に見舞金や年金だって支給されるが、フリーの傭兵が頼れるのは自らの蓄えのみ。その不安定さを思えば、結婚相手として積極的に選びたいとは思えない。

 必然、言葉を濁す私に、アーシェは深く頷く。

「賢明な判断です。傭兵などより猟師になる方がまだマシだと、私は思います」

「ははは……、アーシェはそう言うが、傭兵も必要な職業なんだぞ? 当家の騎士団だってすべてに手が回るわけじゃない。傭兵は足りない部分を埋めてくれているのだから」

 そんなお姉様の取り成すような言葉に、アーシェは少し考えてから頷く。

「……そうですね、少し言葉がすぎました」

「うんうん、そうだよね?」

「傭兵なんて食い詰め者と自惚れ屋しかいませんが、多少は人の役に立つ存在です」

「変わってない――どころか、酷くなってる!?」

 やっぱりアーシェは、傭兵に嫌な思い出でもあるのかな?

「傭兵に困った人物がいることは、私も否定しないが……。そろそろ、宿に行くか」

 自分を曲げないアーシェに苦笑し、お姉様が指さしたのは歴史を感じさせる平屋の建物。

 頑丈な石造りであることや、この町の大半の建物が二階建て以上であること、また町の成り立ちを考えると、建てられたのはおそらく最初期。もしかすると町に壁ができる以前かもしれない。

 蔦が這っている壁は好みじゃないけれど、なんとか『雰囲気がある』と表現できる範疇かな?

 それでも普通の貴族なら、眉をひそめて文句を言うと思うけど。

「残念ながら、一応でも貴族が泊まれる宿はここだけらしい。やや古いが、我慢してくれ」

「問題ないですよ。掃除はされているようですし、部屋が清潔でさえあれば」

 当然、文句を言わないタイプの貴族である私は、お姉様に続いて宿に入る。

 やはり『貴族が泊まれる』だけで、貴族用ではないのだろう。

 入った所にあったのはロビーではなく、丸テーブルがいくつも並んだ食堂。受付もその一角にあり、そこには宿の主人と思しき男性が気怠けだるげに座っているが、私たちを出迎える様子もない。

 でも、宿のランクを考えれば、これが普通。むしろ、受付に人がいるだけマシ。

 ――なんだけど、その対応も、私たちの顔を見るまでだった。

 眠たげな視線をこちらへ向けた彼は私の顔に焦点を合わせると、数秒間ピタリと動きを止め、直後、大きく目を見開き、弾かれたように椅子から立ち上がって大声を上げた。

「ルミエーラ姫――!?」

「まぁ。私の顔をご存じなんですか?」

 スラグハートでは頻繁に出歩いている私。領民に顔を知られている自覚はある。

 でもそれは領都の中での話。外に出かけるのは公務のときぐらいであり、お父様たちと一緒に行動する私が目立つことは少なく、顔を見せることもあまりない。

 名乗りもせずに気付かれるとは思わなかっただけに、不思議に思って尋ねてみると……。

「も、もちろんですとも! ルミエーラ姫の姿絵は我が家の家宝ですから!」

「す、姿絵……?」

 何度も激しく頷く彼が視線を向けた先に目をやり――私の外面そとづらが引きる。

 そこにあったのは、椅子に腰掛けて微笑む私の姿(推定一二歳)。

 今と外見に大差がないのに年齢が判るのは、着ているドレスに覚えがあるのと、それを着て肖像画を描かれた時の記憶があるから――って、なんでこれがここにあるの!?

 私は内心の動揺を押し殺し、気力で笑顔を保って再度尋ねる。

「……あの姿絵はどうされたのですか?」

「え? もちろん、領都に行った時に購入したのですが……?」

 宿の主人の顔に書いてあったのは、『なんでそんなことを訊かれるのか、理解できない』。

 不可解な現実に図らずも眉根が寄る私を、お姉様が不思議そうに見下ろす。

「ルミは知らなかったのか? ルミの姿絵は、領都で一番人気のお土産らしいぞ?」

「――本当ですか? 私、売っているのを見たことがないんですが」

 これでも私、領都のことはそれなりに知っていると自負している。

 領民との対話も大事にしているし、その中には当然商人も含まれる。

 なのに私が一度も見たことがないって……あり得る?

 そんな私の疑問に答えたのは、常に私と行動を共にしているメイドだった。

「破損や劣化を恐れて、店頭には並べませんからね。頼めば出してきてくれますよ?」

 ……なるほど。あることを知らないと、頼むこともないよね。

 お店の人だって、私に『私の姿絵』を薦めたりはしないだろうし。

「でも、並んでいないのに、一番人気のお土産……? なぜ?」

「口コミです。領都で買った人が、地元に帰って自慢するそうです」

「はい! ルミエーラ姫の姿絵を飾ると、商売繁盛、家内安全、開運厄除と評判です!」

「そ、そんな馬鹿な……」

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