第一章「呱呱」 第08話

 図書迷宮ライブラリとは、魔導書グリモアと共に神が造ったといわれる地下空間。

 この世界の各地に点在し、前世で見たゲームのダンジョンのような構造になっているらしい。

 その奥に存在するのが祭壇で、そこで祈ることで魔導書グリモアの空きページに魔法が刻まれる。

 ただし、図書迷宮ライブラリごとに授かる魔法が異なる上に、各地の図書迷宮ライブラリは領主の管理下にあるため、希望の魔法を覚えるのは案外大変という問題もあるんだけど……今は措いておくとして。

「副祭壇と本祭壇、二種類が存在すると聞きましたが、違いはあるんですか?」

「浅い場所にあるのが副祭壇、試練を乗り越えた先にあるのが本祭壇だが、授かる魔法の効果に差はない。一応、副祭壇で授かると抄本エクストラクト、本祭壇で授かると謄本トランスクリプトと区別されているが」

「それじゃ、本祭壇に行く理由って……?」

 お姉様を見上げて困惑気味に訊き返すと、お姉様は肩を竦めて苦笑いを漏らす。

「貴族としての矜持きようじだな。試練を乗り越えてこそ貴族であると言われている、が――」

「本祭壇まで行く貴族は少ないようです。私ですら行っているのに……。弛んでいます」

「否定はできないな。貴族の義務とは本来、魔物の脅威を協力して退け、人の生存圏を増やすことにある。図書迷宮ライブラリの試練も魔物と戦うための訓練であるはずなのだが……」

 魔境に接するシンクハルト領に於いて、魔物は現実的な脅威であり、お父様たちや当家の兵士たちは日常的に魔物の侵入に備えているし、戦いになることも決して少なくない。

 しかし、王国の中心に近い部分、具体的には魔境から距離のある領地では危機感が薄く、魔物の討伐よりも権力闘争にばかり目を向けている貴族が多いらしい。

「ここ何十年も、人の生存圏は広がっていないと聞きます」

「むしろ縮小しつつあるかもな。ここより内側の領地でも、魔物が増えているらしいぞ?」

「良いんじゃないですか? 平和ボケした貴族には良い薬ですよ」

 吐き捨てるように言うアーシェに、お姉様も困ったように苦笑する。

「少しは我々の苦労を知れ、という気持ちは私にもあるが……とはいえ、さすがに王都周辺は平和だからなぁ。そう簡単に中央貴族の意識は変わらないだろうな」

「嘆かわしいことです。最近は王族ですら、貴族の義務や試練をないがしろにしているとか?」

「……楽に得られる抄本エクストラクトでも、謄本トランスクリプトと区別が付かないからなぁ」

 さすがにこちらは立場的に肯定もできないのか、お姉様は渋い顔で言葉を濁す。

「ある意味では効率的なのだろうが、それが神様の御心に沿うものかどうかは……」

「沿うわけないじゃないですか! 本来、副祭壇は戦えない平民に対する神の慈悲。それを貴族が利用するなど! 神様は魔物を退けるために魔導書グリモアを授けたんですよ?」

 貴族は戦って人々を守り、平民は働いて国を富ませる。それが本来の住み分けである。

 もちろん平民の兵士もいるけれど、貴族とは違い、あえて本祭壇まで行く必要はなく――ん?

「……あれ? アーシェは本祭壇まで行ったんだよね? なんで?」

「私はお嬢様のメイドですよ? その程度の試練、踏み越えて当然ですっ!」

「へ、へぇ……そ、そうなんだ?」

 鼻息も荒く力強く宣言するアーシェ。気持ちはありがたいけど……ちょっと重いよ?

 そんな私の表情を見てか、お姉様が苦笑しつつ口を開く。

「確かに平民に矜持や誇りは関係ないが、商人の護衛や傭兵を生業なりわいとする者は実力を示すために本祭壇まで行くこともあるらしいな。もっとも、これも自己申告だからなぁ」

「本当かどうかは判りませんよね。――あ、お嬢様。私は本当ですよ?」

 呆れたようにため息をついた後、アーシェは慌てて付け加えるが、私は苦笑して首を振った。

「さすがにアーシェは疑わないよ。でも、そういう仕組みであれば、まずは実際に図書迷宮ライブラリを訪れ、両方の祭壇に行ってみるところから始めるべきでしょうか」

 自身の魔導書グリモアに触れながら言う私に、お姉様は真剣な顔で諭すように口を開く。

「ルミ、魔法を諦めるつもりはないんだな? ルミは魔法を使わずともシンクハルト領に多大な貢献をしているし、仮にそれがなくとも、ルミが私の大切な妹であることには変わりないぞ?」

「ありがとうございます。でもできるなら、魔法は使えるようになりたいと思っています」

 アーシェが使う魔法で便利さは実感しているし、やっぱり魔法に憧れもある。

「それに、できる努力をせずに諦めることは、私のプライドが許しません」

 私がきっぱり言うと、お姉様はどこか嬉しそうに私を抱きしめた。

「そうか。そうか! ならば私が案内しよう。ウチの図書迷宮ライブラリならそう時間もかからず――」

「いえ、それは私にお任せください」

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