第一章「呱呱」 第07話

「特殊な魔導書グリモアを授かったことで、お嬢様は焦っているように見受けられました。焦りも少しであれば意欲に繋がるでしょうが、過剰となれば不測の事態を招きかねません。私としては隠す意味もない秘密を守り、御身を危険に曝すことは許容できませんでした。申し訳ありません」

「うっ。そう言われると、何も言えないかなぁ……」

 魔法を使えなければ、軍務で貴族の義務を果たすことは難しい。

 それ以外の手段で貴族の義務を果たす――つまり、何らかの功績を挙げるにはどうすれば良いのかと途方に暮れていた部分はあるし、実際、焦りもあった。

「そういうことなら――ん? それなら、お姉様に言う必要はなくない?」

 しおらしい態度に騙されそうになったけど、その理由なら後で教えてくれるだけで良いよね?

「気付いてしまわれましたか……」

「……おい。なんでこの場で口にした?」

 私がジト目を向けると、アーシェは堂々と胸を張って笑顔で宣言する。

「そんなことをすると、恥ずかしがる可愛いお嬢様が見られないじゃないですか!」

「うむ。アーシェ、よくやった!」

「お姉様まで――! もぅ、私としたことが調査不足でした……」

 アーシェの言葉にお姉様が笑いながら親指を立て、私は深いため息をつく。

「ははっ、そのあたりのことは、あまり大々的に話されることではないからなぁ。それより、魔導書グリモアを見せ合っていたのだろう? 私のも見せてやるから、機嫌を直してくれ」

「別に機嫌は悪くないですけど……魔導書グリモアは見せてください」

 お姉様が顕現させた魔導書グリモアのランクは紅色カーマイン。ページ数は四三で、表紙は透き通るように綺麗な茜色。装飾が多少アーシェの物とは異なるけれど、違いと言えばそのぐらいしかない。

「中も……アーシェの魔導書グリモアと変わりませんね」

「そうだな。記されている魔法は異なるが……読めないからな」

 お姉様の言葉通り、魔導書グリモアに記されている文字は私たちには読めない。

 ただ、神様のお情けか、魔法の名前だけは私たちの知る文字で書かれていて、その後に続いているのがよく判らない文字。複雑な漢字のように画数が多く、同じ文字を探すのも難しいこの部分は呪文と言われているが、魔法を使うときに唱えるわけではなく、詳細は判っていない。

神代かみよ文字って言うんですよね? 読めなくても魔法は使えるって、ちょっと不思議です」

「それについては私も同意だが、神様が授けてくださる道具だからな」

「道具……なるほどです」

 コンピュータとプログラムのような関係なのかな?

 中身は理解できなくても、実行することだけなら誰でもできる、みたいな。

「お姉様の初期魔法は……、《斬閃ざんせん》なんですね」

「うむ。斬撃を飛ばせる魔法だ。結構強いんだぞ? ルミを守りたいと考えていた私の想いを神様が汲んでくださったのだろう。つまり、私とルミの仲の良さを神はご覧になって――」

 私の頭を撫でながら少し自慢げに言うお姉様だが、それを遮ったのはアーシェだった。

「シルヴィ様、さすがにそれは強引かと。シルヴィ様の魔法は滅多に――いえ、今まで一度も役に立ったことはないですよね? 対して私の魔法は毎日活用されています。このように!」

 アーシェが手をかざすと、ただそれだけで少し湿っていたお姉様の髪が乾き、さらりと流れる。

 普通に乾燥しただけではなく、艶まで取り戻した自分の髪を見て、お姉様は悔しそうに口元を歪め、アーシェは胸を張ってドヤ顔を決めた――一応、メイドなのに。

 これがアーシェの使える《乾燥》の魔法。

 ドライヤーの存在しないこの世界で、長い髪を乾かすのはとても大変。

 この魔法の存在が私たちの生活の質を上げていることは、否定できない事実である。

「どうです? 私の初期魔法は、お嬢様の可愛さを保つために必要な《清浄》と《乾燥》。これは私のお嬢様への愛が神に認められたと言っても過言ではありません」

 ちなみに《清浄》の方は、色々綺麗にするための魔法。これがなければ私も――たとえお母様たちに望まれたとしても――ドレス姿で日常生活を送ることなど、到底できなかっただろう。

「ぐぬぬ……。確かにアーシェの魔法は、ルミの可愛さを引き立たせているが……」

「えぇ、そうでしょう? やはりお嬢様に最も相応しいのは私なんですよ」

「だが神に認められたとは、さすがに言いすぎだろう? 私だってルミのためなら――」

「お姉様? それよりも、魔導書グリモアの続きを見せてくれませんか?」

 なぜか対抗意識を燃やす二人の間に割り込んで言うと、お姉様は目をしばたたかせてすぐに頷く。

「おっと、そうだったな。といっても、そこまで多くの魔法は記されていないのだが」

 お姉様のその言葉の通り、パラパラとめくられた魔導書グリモアは数ページほどで空きページに到達。

 思った以上に魔法の数は少なく、全体の二割も使われていない。

「一度授かった魔法は消すことができないだろう? 今後を考えてどのような魔法が必要か、十分に吟味しなければいけない。だが、いずれも本祭壇で授かった魔法だぞ?」

「本祭壇、ですか。私、そのあたりのことがよく解ってないんですよね」

「む、そうか。魔法を授かる方法自体は知っているよな?」

「はい。図書迷宮ライブラリに潜って、祭壇で神様に祈るんですよね?」

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