第一章「呱呱」 第03話

 一〇歳当時、時間ができた私は下水道整備以外にも、いくつかの事業や研究を始めた。

 ただし実際にやるのは他の人で、私がやるのはお金と口を出すこと。お金だけ出して、素人は口は出すなという考え方もあるけれど、それはただの甘えだと私は思っている。

 短期間で大きな成果を出せとは言わないが、税金を使う以上、無駄は許されない。

 目的、計画、実行結果、そして成果。

 もしその成果が『これはダメだと判った』でも構わない。

 でも、それらをきちんと記録に残し、他人に説明できないようでは問題外。

 そんなわけで私は『煙たがられているかな?』と思いながらも、定期的に出資先を回っていた。

 一応、現場の人は毎回笑顔で迎えてくれるけど……出資者だからね。

「――ねぇ、アーシェ。私は良い魔導書グリモアを授けてもらえるかな?」

 私も一五歳になった。これまでの起居ききょが試される日が近付いている。

 明日には王都へと出発し、神殿で魔導書グリモアを授かることになる。

 果たして努力は実を結ぶのか。私がやってきたことは正しかったのか。

 そんな不安が口をくけれど、アーシェは私を安心させるように微笑む。

「お嬢様は誰よりも努力されています。自身を高めることはもちろん、下水道を筆頭に各種研究も成果を出しています。お嬢様の助言が切っ掛けとなったものも少なくありません」

「そうかな? 私、ちゃんとできてるかな?」

「はい。私が御側に控えてからも、お嬢様は随分成長されたと思いますよ? ――身体以外は」

「それなら――って、今、身体は関係ないよね!? そもそも別に不満はないし!」

 確かに一五歳とは思えないほど小さいけどねっ!

 でも本当に不満はない――というか、前世よりも可愛いから満足してる。

 長い銀髪と透けるような肌、小柄で凹凸の少ない身体は、我ながらお人形のよう。お母様が可愛い服を着させるのを好むこともあって、それらの服がよく似合う今の容姿は私もお気に入り。

 唯一の不満点は、自分自身の姿はあまり見えないところかな?

「ふふっ、冗談です。――いえ、成長されていないのは本当ですが、そんなお嬢様の可愛さも含め、知の女神イルティーナ様はご照覧しょうらんくださっていると思います。もし低ランクの魔導書を授けるようなことがあれば、私もお嬢様と一緒に文句を言って差し上げます」

「いや、神様に文句を言うのは、さすがに避けた方が良いと思うけど……」

 幼い頃から十余年、毎日祈り続けても神様を感じたことはないけれど、魔導書グリモアが存在する以上、超常的存在が実在するのは間違いない。だから、喧嘩けんかを売るようなことは――

「というか、さり気なく私を巻き込まないで?」

「何をおっしゃいますか。私とお嬢様な一心同体。健やかなるときも、病めるときも、神様に苦情を申し立てるときも、そして神様から天罰を下されるときも一緒ですよ?」

「ありがた迷惑!? ……はぁ。気持ちだけ受け取るよ。今から悩んでも仕方ないし」

「そういうことです。さあ、手早く終わらせて、今日は早く休みましょう。旦那様たちも心配されていますよ? 最近のお嬢様は、いつもにも増して頑張りすぎじゃないかって」

「そこまで無理はしてないんだけど……。最後まで手は抜きたくなかったからね」

 天命を待つ以上、人事は尽くすべきだから。後悔しないためにも。

「お気持ちは解りますけど、お嬢様は旦那様たちと違ってか弱いのです。しっかり身体を休めておかないと、明日から辛いですよ? 馬車での移動となるのですから」

「私は普通! お父様たちが異常なだけだからね?」

 むしろ同年代の女の子よりも体力はある。そこだけは断言しておきたい。

 ただ、ウチの家族の中で比較すると……。

「――まぁ、しっかり休んでおかないと辛いのは、間違いないけど」

 馬車での移動が楽と思う人は実際に乗ったことがないか、綺麗な石畳の道しか知らないのだ。

 ウチの領内はまだしも、他領ではまともに整備もされていない道も多く、そのような領地を通過することは、控えめに言っても試練である――具体的には、私のお尻と内臓に対しての。

 幼い頃、お母様に抱っこされて馬車に乗っていた私は、一人で座ると主張し――わずかな時間でお母様の膝の上に避難することになったのは、苦い思い出である。

 当然、寝不足は禁物だし、馬車に乗る前にお腹いっぱいご飯を食べることも厳禁である。

「お望みなら私の膝をお貸ししますよ? やらかしても<<清浄>>の魔法がありますし?」

「それは遠慮する。――身体は小さくても成人だからね」

 悪戯っぽく笑うアーシェに、私はきっぱりと首を振る。

 乙女の尊厳を守るために重要なのは体調を整えておくこと。

 移動に備えて早めに床にいた私は、その翌日、家族と共に王都の神殿へと向う。

 そこで待ち受ける現実など、想像だにせずに……。

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