第一章「呱呱」 第02話

 さて、そんなスラグハートの町にも、問題がないわけではない。

 ご先祖様が『人が住んでいる場所は全部囲んでしまえ!』とばかりに壁を作ったものだから、地形が農村そのままで、街としての区画整理がまったくされていないのだ。

 具体的には……壁の内側に川が流れ、丘があると言えば、なんとなくイメージが浮かぶかな?

 個人的には好きな光景だけど、領民たちが無計画に農地を広げたり、家を建てたりしていては、後々困ることが明白なわけで。為政者として町の発展を考えるなら、区画整理は重要だ。

 なので私は、まだまだ土地が空いている今のうちに、都市計画の策定に動いた。

 とはいえ、大規模に町を改造するつもりはなく、地図上に道路や整地予定の場所をプロット、今後はそこを避けて土地の利用許可を出してはどうかと、お父様に提案したんだけど……。

「姫様、こちらはいつも通りに進めてもよろしいですか?」

「はい、計画通りに。慌てず、急がず、安全第一で工事を進めてください。工期の遅れよりも、事故が起きる方が問題です。皆様のお体の方が大切ですから」

「解っております。間違っても、姫様のお心を悩ませるようなことは致しません」

 進言だけのはずが、なぜか都市開発の責任者に任命されてしまった。

 お父様は、私が参考のつもりで渡した雑な地図を手放しで褒め、『ルミの好きなようにやってみると良い!』と権限を与えてくれちゃったのだ――その時、わずか一〇歳だった私に。

 これは、お父様の親バカを心配すべきか、能力主義で仕事を任せる柔軟さを褒めるべきか。

 ……どっちかといえば、前者かな?

 私が立って歩いただけでパーティーを開き、言葉を喋っただけで『ウチの子、天才じゃないだろうか?』と真顔で言ってしまうお父様だから。

 しかし、任されたら頑張ってしまうのは、私のさがなのか。

 与えられた権限をフルに使って、正確な測量と作図を行い、計画を練り直し……。

 色々と検討した結果、最初に取り組むことになったのは、下水道の整備だった。

 地下に埋設するタイプのインフラ整備が特に面倒なのは、前世の常識からよく解っている。

 領主の強権は使えるけれど、強引な立ち退きなどさせずに済むなら一番であり、今後の発展を考えるなら下水の処理が重要となるのは、公衆衛生の知識が多少でもあれば解ること。

 だからこそ私は、多少の無理を通してでも整備を始め――早五年。

「今回でようやく、すべての土地の確保が終わりましたなぁ……」

 長い付き合いとなった現場監督のおじさんが周囲を見回し、しみじみと呟く。

「そうですね。工事はまだまだ続きますが、一つの目処めどは付きました」

 人口に対して土地が広いこの町で、下水の処理が問題となるのは当分先のこと。

 必然的に使える予算も限られ、事業の進捗はゆっくり。下水道が完成するまでには、まだまだ長い年月が必要だけど、今後は工事の障害となる物はないし、計画書自体はきちんとまとめてある。

 仮に私の代で終わらなかったとしても、子孫が引き継いでくれると、そう思っている。

 もし私が、お姉様ぐらい優れた魔導書グリモアを授けられたら、土木関連の魔法も覚えて、工期を短縮できるかもしれないけど……それは、成人の儀式の結果次第だよね。

「しかし今回は、立ち退きをお願いする方が少し多かったですが……不満は出ていませんか?」

「なんの。姫様から直接お願いされるのです。嫌という者などおりませぬ。もしそんな根性の曲がった奴がいるなら、わしの鉄拳で真っ直ぐにしてやりましょう。はっはっは!」

 拳を握りカラカラと笑う現場監督に、私も小さく苦笑を返す。

「さ、さすがに力くというのは困りますが……」

 設計や現場監督なんてできない私のお仕事は、計画の策定と利害関係者との折衝。

 策定はすでに終えたので、今の私の仕事は移転が必要になる人たちへの説明とお願いである。

 私が出向く必要はないと言う人もいるけれど、事業の最高責任者であり、且つ領主の娘でもある私から直接頼まれて拒否できる人はそういないし、その方が交渉もスムーズに進む。

 ――脅しているようで、少し気になるけどね。

「お嬢様、心配される必要はありませんよ?」

 そんな気持ちが顔に出たのか、後ろに控える私の補佐――メイド服の少女が口を挟む。

 彼女の名前はアーシェ・グラバー。私より三つ年上の一八歳で、長く綺麗な金髪は編み込みでアップに纏め、見事なプロポーションを誇るその姿は、一見してできるメイドさん。

 子供だてらに活発に働く私を心配して、お父様が付けてくれたお世話役兼、護衛である。

「対象となった領民はむしろ喜んでいるぐらいです。移転すれば新築の家に広い畑、そして補償金が受け取れ、何よりお嬢様と間近で会話ができるのですから」

「……そういうものですか?」

 補償金などはまだしも、私と会話することにどれほどの意味があるのか。

 首をひねる私に、アーシェだけではなく現場監督も深く頷く。

「そういうものですな。姫様は人気がありますから。関わりの多い儂も妬まれているぐらいです」

 う~ん、アイドル的な? 解るような、解らないような……?

 私も領内では有名人の範疇はんちゅう。それで不満が抑えられるのなら良いことなんだろうけど、私がそこまで人気になる理由なんて――と、そんな私の思索を遮るように、アーシェが口を開く。

「お嬢様、そろそろ移動しませんと。明日の準備もありますし、あまり時間が……」

「あ、そうでしたね。それでは、後はよろしくお願い致します」

「かしこまりました。儂に万事お任せください」

 頼もしく頷く現場監督に微笑みかけ、私は次の場所へと向かう。

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