みょうぶのおとどとおきなまる

山川陽実子

第1話

 はぁい。あたちの名前は「みょうぶのおとど」。「ごしょ」というおうちの中をきままに歩く猫ちゃんよ。あたちの下僕は「へいか」と呼ばれている若い男の人間よ。へいかはあたちをとてもかわいがってくれるのよ。

 今日はいいお天気ねえ。あたちは縁側で寛いでいたの。

「こら、もう中にお入りなさい」

 へいかとは違う女の人間の下僕がそう言ってきたけど、無視よ、無視。「うまのみょうぶ」という名前のこの下僕は、あたちのお世話をよくしてくれるけど、ちょっと口うるさいのが玉に瑕なのよねえ。

 ああ、やっとあっちに行ったわ。さあゆっくりあたちはここで日向ぼっこをするのよ。

 すると、うまのみょうぶは大きな声を上げたの。

「翁丸はどこかしらー? 命婦のおとどを食べちゃいなさい!」

 その声を聞いてあたちはびっくりして顔を上げたわ。おきなまるは、あたちと同じくごしょで暮らしている犬よ。あたちたちには直接絡みはなかったけど、大きな犬だということは知っているわ。

 あたち、食べられちゃうの?!

 あたちは慌てて中に入ろうと起き上がったの。

「わんわん!」

 声のするほうを見て、あたちは全身の毛を逆立てたわ。遠くから、白い犬がしっぽをふりふりしながらこっちに駆け寄ってきていたの。

「え? ホントに翁丸? あ、ちょっ、まっ、翁丸!」

 うまのみょうぶが慌てたようにおきなまるを追いかけてきたわ。

 こわい!

 あたちは必死で走った。ぴらぴらする布をくぐり抜け、そして朝ごはんを食べているへいかの懐にもぐりこんだの。

 セーフ!

 ここはあたちが一番安心する場所なのよ。へいかはその日もあたちをなでなでして美味しいごはんをくれたわ。


 次の日がきたの。あたちは立ち上がってあたりを見回しながらにゃあと鳴いたわ。

 あら?

 あたちは部屋の中をうろうろ歩きながらみゃあみゃあ鳴いてみたわ。

 おかしいわ。

 いつもなら、うまのみょうぶが来てくれるのに。

 もう一度力を込めて「にゃあ!」と鳴くとやっと誰か中に入ってきたわ。でも知らない人間ね。

 あたちが首を傾げていると、その人間は「馬の命婦に代わって、今日からわたくしがお世話しますね」と微笑んだわ。

 それは別にいいのだけれど。

 うまのみょうぶはどうしたのかしら。

 そして何日かしてから気づいたわ。

 おきなまるという犬を見なくなってしまったことを。

 

 縁側で日向ぼっこをするのは気持ちいいわね。

 あたちは今日も寝そべって寛いでいたの。でもちょっと風が冷たいかしら。

 あたちは顔を上げたわ。

「もう中にお入りなさい!」

 そう言ってくれるうまのみょうぶの声がする頃なのに、こないわ。人間たちと楽しそうに歩き回るおきなまるもいないわ。

 あたちは「みゃーお」と鳴いて、再び顔を下げて前足の間に頭を入れたわ。そのまんま床に頭をつけてもう一度寝ようとしたの。

「わうん!」

 あたちははっと目が覚めたわ。気づくと、あたちの体はへいかの腕の中にあったの。

「ほら、翁丸。ごめんなさいはできるか?」

 へいかがそう尋ねるほうを見ると、そこには白い犬がいたの。ちょっとけがをしているようだけど、これはおきなまるだわ。

 おきなまるはおろおろした様子であたちたちの前をうろうろ歩き回ったわ。そしてこちらを向いて腰を落とすと、首を下げたの。

 あら。この間あたちを驚かせたことを詫びるというのね。あたち、義理堅い男は嫌いじゃないわよ。

 あたちは「みゃあー」と鳴いて答えたわ。これでもうこの間のことはチャラね。

 そう。ほんとうはあたちあのあと気づいたの。おきなまるはしっぽをふりふり楽しそうにこちらに走ってきていたの。えものを狙う目はしていなかったわ。本能でわかるもの。きっとあたちと遊びたかったのね。

 いい気持ちで遠くを見たあたちは、人影に気づいてピンと耳を立てたの。そしてへいかの腕の中からすり抜けたわ。

「えっ?!」

 驚いた声を上げたのは、うまのみょうぶよ。あたちはいつものようにその懐にもぐりこんだの。

「許してくれるの……?」

 うまのみょうぶはあたちの頭をなでなでしてくれたわ。あたちが一番安心する場所はへいかの懐の中で、あたちが一番嬉しくなるのはうまのみょうぶに撫でられている時なの。

 おきなまるがよぼよぼとこちらに歩いてきたわ。どうやら足もけがをしているみたい。

 あたちはうまのみょうぶの腕からするりと抜け出して、おきなまるのそばに駆け寄ったの。

 いたいの、いたいの、とんでいけー。

 それはあたちが痛い思いをした時に、下僕たちがしてくれるおまじない。

 あたちはおきなまるの足をペロペロなめてあげたの。おきなまるは嬉しそうにぱたぱたとしっぽをふったわ。

 これで、あたちたち、マブダチね。


 今日もいい天気だわ。

 縁側で日向ぼっこをしていると、きっとそろそろうまのみょうぶが中に入りなさいとお説教をしてくるの。

 そして中に入るとへいかが座っていて、あたちをかわいがってくれるの。

 今日はおきなまるは遊びにくるかしら。

 とても楽しみだわ。


 終わり


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みょうぶのおとどとおきなまる 山川陽実子 @kamesanpo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ