あの日 雪結晶

佐倉明人

第1話

キラキラと輝く雪。目の前、全体雪景色。雪肌の美しさ。

 なんて美しいのだろう。雪降る中、太陽の光を浴び雪がキラキラと輝く。ふわふわとキラキラと舞う。この雪の舞い。

 僕は今、近所の丘の上、開けた山の中というべきかにいる。

 少し離れた場所には、白い木々が並んでいる。まるで何かのオブジェのようにも見えなくなない白く染まった木々。樹氷は、まるで白く花咲く木々のようであり、何か白いオブジェのようだ。不思議なモニュメントのようにも見える。

 辺りにはひと気もなく、しんと静まり返っている。目の前に広がるは雪世界。僕だけが、ここにいる。世界に僕だけがいる。僕だけがいる、この世界。

 真っ白。

 ただ降りゆく雪が、きらめいている。キラキラ、ゆらゆらと舞い落ちる。舞い遊ぶ。

 僕が今日、この場所に来た目的は、このダイヤモンドダストを見るためだ。綺麗な光の雪を見に来た。この時間帯この寒さなら、きっと見えるはずだと、ここに来た。胸躍らせながら、いつものスポットに来ている。

 そう、ここは僕が来るいつもの場所だ。いつもの場所、ダイヤモンドダストを見るための絶好のスポット。

 まるで僕のためにあるかのような、僕だけの場所だ。そのくらい、ひと気がない。ひっそりとしている。

 運がよければキツネを見ることもできるのだが、今日はどうやらいないらしい。その内、出てくるか。少しだけ心待ちにする。キツネさん、出てきてくれるといいな。今日の本来の目的はダイヤモンドダストなのだが、キツネも見れたら嬉しいなと僕は思う。

 キツネが出てきても、なかなか写真に写すことができない。そうタイミングが、ずれてしまうのだ。それと僕が写そうとすると、何かを察してか逃げていってしまう。そのため、なかなか撮れないでいるのだ。

 写真に撮って彼女にも見せてあげたいのだけどな。そんな思いも虚しく、いつもキツネさんは逃げてゆく。

 それよりも、今日の眼前の景色は素晴らしい。目の前に広がる、この光景の素晴らしさ。


 目の前には光の雪。ダイヤモンドダストだ。キラキラの雪世界。


 あぁ、心が洗われる。その輝きあふれる雪の光に僕の心が満たされる。癒される、この光景に。

 ずっと眺めていたい、この光景。このままずっと、この中で。僕は雪の中へと溶け込みたい。溶け込みたい気分になった。

 溶け込んで消えてしまいそうな。僕という人格が消えてしまいそうな。僕が僕でなくなっていくような。そんな感覚だ。

 見ても見ても見飽きることがない。白い白い雪の世界。雪が優しく僕の身体に舞い落ちる。僕の周りで舞い遊ぶ。舞い遊ぶ。

 ひらひら。

 ゆらゆら。

 キラキラ。

 いつまでも、いつまでも、降り止むことがなく落ちてくる。降り続ける雪は美しき。

 僕はおもむろに手袋を取り、雪を受け止めるように手のひらを上に向けた。手に落ちる雪の冷たさ。手のひらに落ちた雪の結晶の美しさ。すぐに溶けては消えてゆく。はかなくも美しき。

 心が洗われるようだ。

 その様子に満足した僕は、再び手袋をはめた。少し手が冷えてしまった。だが、僕の心は妙に温かくなった。満足感で満たされたからだ。そう思う。

 僕はそのキラキラと輝く雪の中に入り、しばし光のシャワーを浴びた。光のシャワーを浴びた途端、僕の中で何かが変わった。心の中で脳内で、僕の何かが変容した。変容したのを感じ取った。

 なんだろう。この不思議な感覚は。僕の心は変化を遂げた。変化したように感じた。何がどう変化したのか、言葉にするのは難しい。

 僕の心が身体が大きな大自然の中に溶け込み、すべてと一体化した。一体化した。そんな気分だ。そんな感覚、感情を僕は味わった。

 なんとも形容し難い、この気持ち。この感覚。時間の感覚さえも薄れ、この瞬間が永遠のようにも感じる。心が無限の力で満たされる。

 心の底から湧き上がる温かな満足感。心の底から湧き上がる温かな幸福感。

 僕は周りの空間と一体化したような。僕の心は無限世界にいるような。まるで神秘的な世界にいるような。そんな体験をした。

 僕が大自然の中に溶け込みすべてと一体化した。そんな感覚だ。

 僕の心は落ち着き、心の中が空になる。心も身体も満たされ、喜びが心の底からあふれ出した。


 歓喜と愛。

 光と静寂。

 清々しさと心の中からあふれる温かさ。


 安堵。

 安心。

 落ち着き。

 安らぎ。

 幸福感。

 そして、愛。喜び。


 僕は心底満たされた。心の奥から満たされた。なぜだか喜びの涙があふれそうになる。その涙は。その涙は普通の涙ではない。満足感と温かな心からあふれ出る喜びの涙だ。

 感動。

 心と感覚が動いた。

 キラキラと雪が、僕の周りを遊ぶように、踊るように、舞うように。僕は本来の自分自身を取り戻したような感覚に陥る。陥った。心の底から満たされる。晴れ晴れとしたような清々しさ。

 僕は両手を広げ空へと伸ばした。舞い落ちる雪が僕の腕の中、胸の中へと優しく落ちる。落ちてくる。空から下りてくるは、キラキラと輝く雪。その雪の優しさを僕は感じた。

 キラキラと輝きながら落ちてくる雪。雪と一緒に、なんだか天使さんでも降りてきそうな感じがする。そんな気がする。そんな勢いだ。


 綺麗だ。

 美しい。


 もう他に、なんと表現すればよいのか。

 この光景を、この感情を形容する言葉すら、もう言葉すら見つからない。言葉すら見つけられない。語彙力の難しさ。形容する言葉が見つからない。


 この感情。

 この感覚。


 感謝。


 僕は雪の上に寝そべり、しばしその様子に見惚れ、しばしその様子を楽しんだ。

 ふわふわと落ちてくる雪。キラキラと輝く雪。

 いつまでも見ていたい。永遠に永久に、この世界に溶け込みたい。そんな気分だ。満たされた僕の心は雪の冷たさですら温かく感じるような気がする。冷たさの中の温かさ。

 見ていて心が温まる。同時に身体も温まる。そんな気分だ。そんな気がする。舞い落ちる雪が僕の身も心も温めた。

 頬に舞い落ちる雪は吸い込まれるように肌に消える。そして、僕の肌を濡らしてゆく。キラキラが僕の肌に触れて消えて。目の前に広がる光景もキラキラで。全身がキラキラで包まれて。

 現実世界を忘れてしまう。僕は今、一体どこにいるのだろう。まるで真っ白な別世界に迷い込んだようなこの感覚。異国にでもやってきたのだろうか。おとぎの国にでもやってきたのだろうか。

 そんな感覚を味わっている。今この瞬間。


 今この瞬間に、日常のなにもかもを忘れてしまいそうだ。いや、いっそのこと日常のなにもかもを忘れてしまいたい。忘れてしまいたくなる。

 日常のなにもかもを投げ出して大自然の中へと溶け込む。日常のなにもかもを放り出して大自然の中へと飛び込む。

 僕は日常のなにもかもを捨ててしまいたくなった。


 僕たちが歩んでいるこの日常は、大自然の中では非日常。自然界に反した道を僕たちは、それが正常だと信じて生きている。向かうべき場所がずれている。

 その日常は非日常。日常だと思っているものは、思い込まされた非日常。非日常ではないのか。

 大自然を目の前に、僕たちの生き方が問われてしまう。果たして僕たちが日常だと思い込んでいるものは、本当に正しい道なのか。

 大自然を前に、日常のすべてが非日常で。この自然界こそが、日常世界のなにもかも。なにもかもかもしれない。僕たちは間違った道を進んでいるのではないか。

 大自然を目の前に、僕たちの日常世界の異様さが際立つ。異様な日常。この大自然こそが日常のなにもかもだ。きっとそうに違いない。そういった感覚に陥ってしまう。

 そんな大自然を目の前に、人間の在り方が問われているのではないか。

 それほどまでに、僕はこの光景に飲み込まれた。しばしこの感覚に酔いしれ現実逃避。僕はこんな美しい世界を眺めながら、ふと彼女のことを思い浮かべた。


 ……。

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