第14話 プロポーズをした!ー恋愛を続けていたいって?

沙知が食中毒から回復してから僕たちの付き合い方にも変化があった。まず、会社の廊下でそばに誰もいないに時に会ったとき、沙知は以前にもまして、僕に嬉しそうな笑みを見せるようになった。それは僕たちが先輩、後輩以上の関係であると周りも感じ始めていることもあるのだろう。


あれから毎週末になっていたデートは、どこかへ出かけたら外食をして僕の部屋へ戻って来て愛し合ってお泊りして帰るというパターンと、僕が沙知の部屋を訪れて夕食をご馳走になって愛し合ってお泊りして帰るというパターンになっていた。


沙知はますます敏感になってきている。愛し合っている間に何回も昇りつめるようになってきている。愛し合った後はいつも力一杯抱きついて一緒にいたいと言っている。僕も帰るときはいつも後ろ髪をひかれる思いだった。二人の一緒にいたいという思いは募っている。


僕も早くけじめをつけておかなければならない。沙知が入院した時、僕が保証人欄に婚約者と記載したことをとても喜んでいたことを覚えている。本当の婚約者になっておかなければならない。


僕の悪い癖でそういう風に思うともう居ても立ってもいられなくなる。こんなせっかちな性格を自覚しているが、治らないし、治せない。


プロポーズを受け入れてくれるのは間違いないと確信しているが、してみないと分からない。自立していたいので、このままがいいというかもしれない。僕は心配性でもある。


プロポーズを実行に移す時だ。いつやるか? 今でしょう! 確かに思った時が実行するときだ。場所はどうしようか? 女子なら素敵な場所を望んでいるはずだ。ありきたりかもしれないが、有名ホテルのメインダイニングはどうか? 適当なところが思いつかない。


これはどうか? あの日『恋愛ごっこ』をやめて本当の恋愛をしようと言った思い出の店。個室もあるし、和食のフルコースをある。周りを気にしないでゆっくり話せる。場所はそこにしよう。


指輪はどうする? サイズは分かっている。確か8号だった。いつか相談に乗って話を聞いているとき、沙知が手持無沙汰なのか右手の薬指の指輪をいじって回していたことがあった。


「その指輪、素敵だね、どうしたの?」


「これは就職して最初のお給料をもらったときに買ったものです。よくここまで頑張れたという自分へのご褒美です」


そのとき、何気なくサイズを聞いておいた。


それから誕生日は3月13日だった。子供のころの話をしていたとき聞いた。小学校に入学した時、3月生まれだから身体が小さくてランドセルがとても大きく重いので大変だったけど、今は3月生まれは同期より一年若いので得していると言っていた。


3月の誕生石を調べるとアクアマリンかサンゴだった。沙知はアクアマリンが似合うと思う。思い立った次の日、僕は午後半休をとって婚約指輪を探しにジュエリーショップなどを何か所も巡った。そしてようやく僕の好みのデザインの指輪を見つけた。


次の日の昼休み、新橋の和食店「四季」に予約を入れる。個室は空いていた。料理は会席料理を頼んだ。場所は確保できた。それから、沙知の携帯に電話を入れる。


「今週の金曜日、大切な話があるから、新橋の和食店「四季」へ7時に来てくれないか?」


「大切な話ですか? 分かりました。『四季』へ7時に伺います」


これで準備完了。昼休みが終わって居室にもどる途中に沙知に会った。いつもどおりニコッと笑みをくれた。


◆ ◆ ◆

約束の金曜日、僕は早めに会社を退出して「四季」へ向かった。この時も沙知は僕の後を歩いていたと思う。


6時30分には「四季」着いて、予約と料理を確認しているとすぐに沙知も入ってきた。二人を奥の個室へ案内してくれる。この部屋は一度仕事で使ったことがあった。掘りごたつの席で落ち着ける部屋だ。


飲み物にサワーを二つ頼んだ。すぐに先付が運ばれてきたが、料理は少し時間がかかると言われた。7時からの予約だった。とりあえず乾杯したが間が持たない。僕は緊張している。


「大切なお話ってなんですか?」


「そのことだけど、この前は『恋愛ごっこ』をやめて本当の恋愛をしたいと話したけど、今日は『恋愛』はやめにして結婚してほしい。どうかお願いします」


「でも『恋愛』はやめたくありません」


「ええっ、どうして」


僕は動揺を隠せなかった。沙知はすぐに僕の動揺に気づいて話し続けた。


「いつまでもお互いに恋愛をしていたいからです。もちろんプロポーズをお受けします。とっても嬉しいです。ありがとうございます」


「よかった。一瞬、断られたかと思った」


「お答えの順序が逆になってしまってごめんなさい」


「いや、僕の言い方が悪かった」


「お断りするなんて、そんなこと絶対にありえません。入社して初めてお会いしてからずっとこんな時が来るのを夢見て待っていましたから」


「そうだったのか? 早く気がつかなくてごめん」


「お気になさらないで下さい。いつかおみくじを引いた時に末吉が出ましたね。そのとおりになっただけです」


「これを受け取ってほしい。婚約指輪だけど、3月の誕生石のアクアマリン。沙知に似合うと思って僕が探して選んだデザインだけど、気に入ってもらえると嬉しい」


沙知はケースの中の指輪を見ると、今までに見たことのない笑みを浮かべた。気に入って貰えたみたいだ。僕は指輪を左手の薬指に嵌めてあげる。その薬指に口づけしてから、唇にもそっとキスした。


「とっても素敵な指輪ですね。このデザイン大好きです。こんな高価なものをありがとうございます」


「いや、もっと高価なものをと思っていたけど、値段は申し訳ないほど安かったから」


「そんなこと関係ありません。私に似合うと選んでくれたのが嬉しいのです。ありがとうございます。大切にします」


丁度良いタイミングで料理が運ばれてきた。これでゆっくり味わって食べられる。それからは料理を食べながらいつものように話がはずんだ。沙知は一皿一皿味わいながら食べていた。そして沙知は就職して半年後に配属されて僕と初めて会った時のことを話してくれた。


「百瀬先生から先輩の吉岡君に面倒を見てくれるように頼んでおいたから挨拶に行くようにと言われていました。それでご挨拶に行ったのを覚えていますか?」


「ああ、百瀬先生に頼まれていたリクルートスタイルの地味な女子が挨拶に来たのを覚えている」


「私、そんなに地味だったですか? あれでも型の違ったスーツ2着を交互に着て、ブラウスも毎日変えて、おしゃれしていたんですけど。今でも毎年新調していますし」


「東京で派手なスタイルを毎日見ているとどうしてもそう見てしまうんだ。でもあの突然の変身には驚いた。急に綺麗で可愛くなって、あの時から、沙知のことが気になりだした。男はだめだね、見た目に捕らわれてしまって」


「私は一目見ただけでかっこいい素敵な先輩だと憧れてしまいました。それで何かと面倒を見てもらううちに本当に好きになって、『恋愛ごっこ』をしてみないかと誘われたときは本当に嬉しかったです。それに彼女がいないと分かったから、気に入られようと一生懸命におしゃれしました」


「それで今度は僕が夢中になってしまった。なるようになったということだろう。沙知とはなぜか気が合って一緒にいると心地よいというか癒されるのが分かった」


「私もそうです。一緒にいると幸せな気持ちになります」


「お腹が一杯になったところで帰ろうか? 今日はこれから僕の部屋に来ないか? まだ、放したくないから」


「私も一緒にいたいからそうします」


沙知が化粧室へ行ったので、僕は先に立って勘定を済ませた。帰ってきた沙知に今日は記念の日だから僕が持つと言うと頷いた。『恋愛ごっこ』をやめた日のように僕は沙知の肩を抱いて駅へ向かった。

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