第13話 緊急入院した!ーかけつけて保証人になって婚約者と記載した!
今日は仕事が忙しくて帰宅は10時を過ぎていた。今週末は沙知とどこへ行こうかと考えている。沙知と付き合うようになってから生活が充実している。お風呂から上がって水割りを飲んでいると電話が入った。沙知からだった。こんなに遅くどうしたんだろう?
「夜分すみません。お腹が痛くて、下痢をして、トイレが赤くなっています。どうしたら良いのか分からなくて」
「それは大変だ。すぐに行くから、休んでいて」
時計を見ると11時を過ぎたばかりだった。沙知にもしものことがあったら、そう思うと居ても立ってもいられない。まだ電車はある。急いで行けば20分もあれば着けるはずだ。すぐに着替えて、預かっていたキーと財布、携帯を持って外に飛び出した。うまい具合に丁度電車が来た。
途中で沙知が以前に言っていた言葉『明日、私が生きている保証なんてありませんから』を思い出した。僕が行くまでなんとか持ちこたえてほしい。今、居なくなるなんて想像できない。小走りで急ぐ。ようやくアパートの前に着いた。
201号室のドアホンを鳴らす。返事がない。預かっていたキーでドアを開けて中に入る。部屋には夜間灯だけが点いている。
「沙知、大丈夫か?」
呼びかけても返事がない。寝室のドアをそっと開けてみる。ベッドに沙知が寝ている。苦しそうなうめき声が聞こえる。大変だ! 部屋の明かりを点ける。
「沙知、大丈夫?」
「うーん、痛い、お腹が痛い」
「大丈夫か?」
「おトイレに連れて行って下さい」
抱きかかえると熱っぽい。そのままバスルームに連れて行って中へ入れる。中から水を流す音がする。ドアを開けて沙知が出てきた。今にも倒れそうでやっと立っている。
「血便が出ているみたい。トイレの中が赤くなっているから。それにお腹がとっても痛い」
「重症かもしれない。すぐに救急車を呼ぼう」
「お腹が痛い」
ベッドに寝かせて、すぐに119番を呼びだす。血便が出てお腹がとても痛いと言っているので病院へと言うと、すぐに救急車が行くので部屋で待っているように言われた。しばらくすると近くで救急車のサイレンの音が聞こえた。
ドアホンが鳴るので部屋のモニターを見ると、玄関に救急隊員の姿がある。玄関ドアを開けると救急隊員が担架を持って来てくれていた。すぐに症状を話す。
救急隊員がベッドで横になっている本人に症状を確認している。すぐに病院へ運ぶとのことで、救急車に同乗を頼まれたので承諾した。沙知はお腹がとても痛いと言っているし血便も心配だ。
担架で運びだした後、部屋の戸締りをした。それから沙知が通勤に使っているバッグの中に財布や携帯が入っていることを確かめて、それを持って僕も救急車に乗り込んだ。
「沙知、しっかりして、大丈夫だから」
寝台に寝ている沙知の手を握って励ますが、手に力がない。救急隊員が本部と連絡を取っている。近くの総合病院で受け入れてくれるとのことで出発した。15分ほどでそこに到着した。
すぐに診察室へ運ぶ。夜勤の医師が診察してくれた。そして採血、レントゲン撮影、心電図をとるように言っていた。
再度の診察があった。すぐに入院して点滴を開始すると言う。看護師さんが3階の病室へ運んでくれた。沙知はまだお腹が痛いと言っている。トイレで血便も採取したとのことだ。心配だ。
医師から感染性の可能性が高いので手をしっかり洗っておくように言われた。そして面会謝絶と言われた。
それから入院に必要な書類を渡されて、記入して提出するように言われた。入院費用の支払いのための書類などだ。必要事項を記入して提出した。彼女のバッグを持ってきてよかった。健康保険証も入っていた。保証人は僕がなった。本人との関係とあったので、考えた末、婚約者と書いた。
病室階のロビーでこの後どうしようかと考える。身寄りがいないので、朝になったら会社に入院した旨の連絡を入れればよい。緊張していたせいか、少し疲れた。明日は僕も会社に休暇を申請しよう。
朝まで病室階のロビーにあるソファーでウトウトしていた。気が付くともう明るくなっていた。看護師さんに沙知に何かあればすぐに連絡してもらえるように頼んでおいたが、特段何もなかったみたいだ。
ナースステーションに行って、沙知の状態を聞いたが、お腹の痛みは治まりつつあって、眠っているとのことだった。まだ、面会の許可はでていないので、僕がロビーで控えていることを知らせてくれるように頼んだ。
午前9時になったので研究開発部へ電話を入れて、上野沙知が緊急入院したことを知らせておいた。また、僕も企画開発部へ連絡して一日の休暇を申請した。10時になって看護師さんが僕のところへやってきた。午後には検査の結果が出るとのことだった。
午後1時になると病室へ呼ばれて、主治医から説明があった。沙知の腕には点滴のチューブが繋がれていたが、その時はもう落ち着いていて、僕の顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。僕はそれを見てようやく安心した。
診断の結果、病原性大腸菌O157の感染とのことだった。手当が早かったので重症化は免れたという。しばらく点滴して様子を見るが、下痢と血便が治まったら、食事を開始して一週間くらいで退院できるとのことだった。それを聞いて二人とも安心した。
すぐにその診断結果を研究開発部へ連絡した。病室で二人になると沙知がニコニコして話しかけてくる。これならもう安心と思った。
「私との関係を婚約者と書いたそうですね」
「ごめん、入院の書類を提出しなければならなかったから、そうでも書かないと不審に思われるから、そうした。実際、赤の他人が真夜中に一緒にいるとおかしいだろう」
「看護婦さんから、婚約者の方が一晩中、ロビーで心配していましたよと聞きました。とても嬉しくて、ありがとうございます。それにアパートまで駆けつけてくれて、救急車を呼んで入院させてもらって、朝まであのままだったら手遅れになっていたかもしれません」
「『明日、私が生きている保証なんてありませんから』と言っていたのを思い出して気が気ではなかった。鍵を預かっていて本当によかった。すぐに部屋に入れたから」
「気が付いたら枕もとに居てくれて嬉しかった。私は一人でないと分かって」
「当たり前だ。沙知はひとりなんかじゃあない。いつも僕がついている。ところで原因はなんなの? 心当たりはある?」
「外勤のお昼に食べた冷やし中華だと思います。そのあと、お腹の調子がおかしくなって、夕食は食べませんでしたから」
「災難だったね」
「これからは気をつけます。それから、一週間くらいは入院しなければならないので、とりあえず、歯磨き、カップ、ティッシュ、着替え、スリッパなどが必要ですが、入院の手引きに書いてあるそうです。パジャマとタオルはレンタルにして貰いました。ご都合の良い時に持って来てもらえませんか?」
「いいけど、着替えは下着だよね」
「はい、クローゼットの中のプラケースを見れば分かるので、何枚でもあるだけお願いします」
「いいのかい」
「恥ずかしいけど仕方ないです。あまり見ないで下さい。ほかに頼める人もいませんので。でもそれ以外のところは絶対に見ないで下さい」
「分かっている。一日休暇をとってあるので、これからすぐに行って持ってきてあげる」
「すみません。お願いします」
入院した総合病院は溝の口駅のすぐ近くだった。彼女のアパートへ戻って、手引きに書いてあった必要なものを紙バッグに集める。
下着はクローゼットの中のプラケースにあった。女子の下着ケースを見るのはもちろん初めてだ。興味深々だが、あまり見ないでとも言われているので、とりあえず見繕って袋に入れた。
クローゼットの中には貸してあげたDVDもケースに大切にしまわれていた。僕が貸していなかったとしたら、それを見つけてきっと驚いたに違いないと思って笑ってしまった。
それから同じケース内にどこかでみたことのあるグッズが二つほど入っていた。ちょっと見ただけでは分からないが、僕にはそれがなんであるかすぐに分かった。
沙知がこんなものを使っているなんて驚いた。きっと貸してあげたDVDの影響に違いない。そういえばこのごろ少し感じやすくなってきていた。これを使い始めたせいかもしれない。絶対に見ないでと言った意味が分かった。沙知が恥ずかしがるのでこれは絶対に見なかったことにしよう。
それから、すぐに病院へ引き返した。後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。沙知へそれらを手渡すと早々に帰ってきた。
二子新地の自宅に戻ったら、もう午後4時を過ぎていた。手をしっかり洗って一息ついた。沙知を助けられて本当に良かった。心地よい疲労を感じてすぐにベッドで眠った。
目が覚めたのは午後9時過ぎだった。お風呂に入って、ビールを飲みながら、帰りに買ってきた弁当を食べる。沙知はもう眠っているだろうか?
僕はそれから毎日、早めに退社して沙知を見舞った。メールのやり取りは可能で意思疎通はできるようになっていた。
会社では入院した次の日に出社すると周りから、後輩の面倒を見るのも大変ですねと言われた。僕は身寄りがないので面倒を見てあげないとねと言っておいたが、皆は僕たちをもう先輩後輩の関係だけではないと感じていたと思う。
沙知は入院してから一週間後に退院した。退院に付き添ってあげたかったが、重要な会議が入っていてそれができなかった。沙知は体力も十分に回復したのでタクシーで帰るから大丈夫と言っていた。パジャマで運ばれていたので、前日に頼まれた退院用の衣服や靴を届けた。
仕事が終わってから、アパートに立ち寄ったが、元気にしていたので安心した。沙知はアパートで3日ほど療養したあと出社した。
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