第5話 インフルエンザで休んだらすぐに来てくれた!

次月の最終土曜の週の木曜日、朝から体調がすぐれない。熱っぽくて頭痛がする。そういえば先日、山本君と打ち合わせをしていたとき、彼が妙に咳込んでいたのを思い出した。


内線で山本君の席に電話するが、昨日から風邪で休んでいるという。風邪がうつったのかもしれない。いやな予感がする。


昼休みに沙知からメールが入った。


[土曜日午後1時に上野の東京国立博物館の入り口に集合、その後、国立西洋美術館へ]


すぐに[了解]の返信を入れた。土曜日までに体調は回復するだろう。


◆ ◆ ◆

金曜日の朝、目を覚ますと頭がズキズキする。熱っぽいので体温を測ると38℃もある。やっぱり風邪がうつった。今日は会社を休んで医者へ行こう。駅前に内科医院があった。2年前にも行ったことがある。


9時少し前に会社へ風邪をひいたので1日有給休暇を取得したいと電話を入れた。それから沙知にメールを入れた。


[風邪をひいたので、今日は欠勤する。すまないが土曜日までに回復の自信がないので、中止にしてほしい]


しばらくして沙知から返信のメールが入った。


[了解しました。おだいじにしてください]


それから、駅前の内科医院へ行った。診断はインエンザB型だった。薬を処方して貰って帰宅した。帰りにコンビニで昼食用のパンと飲み物、夕食用に冷食を調達した。これで今日の食料は確保できた。一日寝ていれば回復するだろう。


帰ってから一寝入りした。ここのところ疲れていたのかもしれない。目が覚めたら午後1時だった。昼食は買ったパンと牛乳で済ませた。それでまたひと眠りした。


◆ ◆ ◆

携帯が鳴っている。うるさいな! それで目が覚めた。沙知からだった。時刻は6時半を過ぎたところだった。よく眠った。


「先輩、風邪はいかがですか?」


「朝、頭痛がして熱が38℃もあったので、医者へ行ったらインフルエンザB型と診断された。薬ももらってきたから、もう大丈夫だ。でも申し訳ないけど土曜日は中止でお願いしたい」


「もちろんOKです。ところで今、二子新地の駅を降りたところですが、お見舞いに来ました。お住まいの場所を教えて下さい」


「いいよ。うつるといけないから。大丈夫だから」


「私、インフルエンザの予防注射をしているので大丈夫です。お見舞いに行きますから、行き方を教えて下さい」


そう言われて、ここの賃貸マンションの場所と部屋番号を教えた。5分ほどでドアホンが鳴った。ドアを開けるといつものリクルートスタイルでマスクをした沙知がいた。手にレジ袋をぶら下げている。


「入っていいですか?」


良いとも言わないのに靴を脱いで上がってきた。僕はパジャマ代わりにジャージの上下を着ていたが、じっと見られた。


僕は二子新地駅から徒歩5分の1LDKの賃貸マンションに住んでいる。3階の301号室。玄関を入ると右側に洗面所、洗濯乾燥機、それにトイレとバスタブが一部屋のバスルーム、中央がリビングダイニング、キッチンには大型の冷凍冷蔵庫を置いてあり、リビングの奥に寝室がある。ベランダからは多摩川が見える。


リビングには二畳ほどのカーペットが敷いてあり、その上に大きめの座卓を置いている。座卓の後ろには寝転べる3人掛けのソファー、それから42インチの4Kテレビを置いている。


寝室にはセミダブルの大きめのベッド、パソコンとプリンターが置ける机と本棚を置いている。備え付きのクローゼットがあるので家具は少ない方だ。また部屋にはWiFiがセットされており、パソコンもスマホも使い放題な環境が気に入っている。


「さっぱりしたお部屋ですね。それに予想以上に綺麗にお掃除されていますね。先輩らしいです」


「会社の帰りにわざわざ寄ってくれたんだ。ありがとう。大丈夫だから。まあ、座って」


沙知は部屋を見舞わしながらソファーの端に座った。僕は離れて反対側に座った。


「女性の痕跡はないですね。彼女のいないのは本当ですね」


「あたり前だ」


「そう思って、夕食を作ってあげようと準備してきました。病気だから消化の良いうどんにします。出汁付きの讃岐うどんと卵、それに桃を買ってきました。キッチンをお借りします。寝室で休んでいてください」


「ありがとう。お言葉に甘えることにしよう」


「一人前作ります。私は家に帰ってからにします。鍋とか食器などはどこですか?」


「キッチンの上下の棚に入っている。どんぶりもあると思う。調味料は冷蔵庫の中にあるから」


沙知はキッチンの棚や冷蔵庫を開いて、必要なものを取り出している。まあ、せっかくだから作ってもらおう。僕は寝室のベッドに寝転んだ。


「できましたから、うどんがのびないうちに召し上ってください」


その声で目が覚めた。ほんの10分ぐらいだけど眠っていた。熱を測ると37℃だった。リビングへ出ていくと、座卓の上にうどんのどんぶりが用意されていた。


「いただきます」


出汁が効いておいしい。卵は半熟だ。すぐに平らげた。桃も甘くておいしい。


「ありがとう。おいしかったし身体が温まった。来てくれてありがたいけど、インフルエンザがうつらないか心配している」


「予防注射を打っているから大丈夫だと思います。予防注射は毎年必ずしています。父はインフルエンザをこじらせて亡くなったので」


「そうなのか、学生時代に亡くなったとは聞いていたけど」


「肺炎で急に亡くなりました。先輩も無理しないで下さい」


「ああ、気を付けている」


「それに今回は『恋愛ごっこ』の一環です。恋仲の彼氏が病気になったら看病に行くでしょう、その練習だと思ってください」


「まあ、それなら、そういうことにしよう。でも元カノは僕が病気で寝込んでも看病には来てくれなかったな。早く治してと言われただけだった」


「本当に二人は恋人同士だったのですか?」


「男女の関係にもなったから、間違いないと思っているけど」


「私なら好きな人が病気になったら万難を排して看病に行きますけど、そうでしょう、違いますか?」


「そういわれると僕も心配になって駆け付けると思うけど、元カノが病気になった時は行かなかった」


「どうしてですか?」


「自宅だから遠慮した」


「それは仕方がないでしょう。ご両親がいるのだから。一人暮らしだったら行っていたでしょう」


「間違いなく行っていたと思う」


「先輩が別れたいと思って別れたのは正解だったと思います」


「一事が万事だったのかもしれないね。そう言ってもらえてようやく後悔の念が薄れてきて、気が楽になった」


「先輩は人が良いというか、情が厚いですね」


そういう沙知も情が厚い。一緒にいて話をしているとなぜか心が癒される。今夜はゆっくり眠れそうだ。沙知は後片付けを終えると明日は11時ごろに看病に来ますと言って帰っていった。

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