「恋愛ごっこ」してみないか?―恋愛のしかたを教えてあげる!
登夢
第1話 恩師から入社する後輩女子の面倒を見てやってほしいと頼まれた!
僕は
「吉岡さん外線です。大学からのようです」
「吉岡です」
「吉岡君か、久しぶりだね、百瀬です。本社へ異動になって仕事はうまくいっているのか?」
百瀬教授は僕が大学院生だったころ、僕の研究を指導してくれて公私共にお世話になった恩師だ。その時はまだ準教授だったが、研究のイロハを教えてくれた。また、気が合ったから時々自宅へ招待してくれてご馳走になった。それで年賀状で近況は知らせている。
「百瀬先生、ご無沙汰いたしております。何とか務まっています。お話するのは本社へ異動になった時に、ご挨拶に伺って以来ですね。お元気そうでなによりです」
「そうか、それはよかった。ところでちょっと頼みがあるのだが」
「何ですか?」
「4月に研究室の後輩が吉岡君の会社へ就職することが決まっている。学卒だが優秀な学生だ。在学中に父親を亡くして苦学していたが、励ましてなんとか卒業させた。それで入社したら気にかけてやってくれないか?」
「承知しました。気にかけておきますので、名前を教えてください」
「『うえの さち』、『うえの』は上野駅の『上野』、『さち』の『さ』はさんずいに少ないの『沙』、『ち』は知恵の『知』だ」
「『沙知』というと女子ですか?」
「そう女子だ。吉岡君はまだ独身だったな。良い娘だから、気に入れば嫁にもらってやってくれ」
「まあ、とりあえず、気にかけて面倒をみてあげましょう」
「そうか、一安心だ。入社したら挨拶に行くように言っておくから」
後輩が入社するのか、女子というが、どんな娘だろう。可愛い娘だといいが、楽しみだ。
◆ ◆ ◆
沙知が僕に相談したいことがあると内線電話をかけてきた。
入社後、約半年の研修を終えて隣の研究開発部に配属されたとき、初めて僕に挨拶に来た。それからは、仕事のことや身の回りのことなどを何かと相談されるようになり、頼まれたとおり、気にかけて面倒を見てきた。
ただ、3年目になると仕事にも生活にも慣れて相談されることも少なくなっていた。こちらはこれでも独身男性だけど10歳以上も歳が離れていると、もうただのオッサンと認識されているようで少し寂しい気もしている。
「吉岡先輩、ちょっと大事な相談があるのですが、聞いてくれますか?」
「プライベートなことか?」
「はい、そうですが、良いですか?」
「良いけど、今日は仕事が早く終わりそうだから、ビールでも飲みながら話を聞こう。もちろん僕の奢りだから気にしないで。6時にビルの出口で待ち合わせるとしようか?」
沙知はビルの出口から少し離れたところで待っていた。彼女は配属されてきた時からすごく地味な娘だった。外で立っていても地味で全く目立たない。今でもリクルートスタイルをとおしている。
身長は高くなく低くもない健康的な体形をしている。特にダイエットをしているようなところもない。それに大きめの黒縁のメガネに化粧もほとんどしていないみたいだ。
ヘアサロンには時々は行っているみたいだけど、いつも髪を後ろに束ねているだけだ。いつも真白なブラウスを着ていて清潔な感じがする。
趣味や習い事は特にないみたいで、今は仕事に一生懸命のようだ。いつもニコニコしていて、性格も良いし、仕事は真面目に的確にこなしているようで、リーダーの受けも良いと聞いている。
ただ、一見して地味で色気がなくて、真面目のかたまりのようで、デートに誘ったり一緒に歩いたりしたくなるようなタイプではない。だからこちらも気楽に相談にものってやれる。
先輩、先輩と言ってくるので、面倒も見てやっている。社内でも僕たち二人は先輩と後輩の間柄ということも知られている。
こうして二人で歩いているところを見られても、年も結構離れているし、付き合っているなんて誰も思わないだろう。僕には妹はいないが、まあ、不細工な妹を持った兄のような心境だ。不細工な妹は可愛いというか、もう義務感で面倒を見てやっている。
「駅前のビアホールへ行かないか? そこで軽く食べて飲みながら話を聞こうか?」
沙知は先輩の僕をすっかり信用しているので後ろから黙ってついて来る。
ビアホールに着いた。ここはうちの会社の連中がよく来ているところだが、誰に見られてもかまわないと思っている。
案の定、広報部の山本リーダーに声をかけられた。山本君は文系の同期入社で既婚者だ。山本君には新製品の記者発表でいつも世話になっている。
「吉岡さん、後輩のめんどうですか?」
「ああ、相談に乗ってあげるんだ」
空いている席について、生ビール二杯とつまみになるピザ、ソーセージ、ミックスサラダを注文した。
「ありがとうございます。相談にのっていただく上にごちそうになって」
「気にしないで、上野さんよりずっと多く給料をもらっているから」
「有名なんですか? 私と先輩」
「ああ、この前、ロビーで話していたことがあっただろう」
「ええ、委託研究先のことで相談した時ですね」
「それを彼が見ていて、随分親しげに話していたけど付き合っているのか? と聞かれたことがある」
「どう答えたのですか?」
「大学の後輩で、恩師から面倒を見てやってくれと頼まれているから仕事の相談にのってあげていると答えた」
「まあ、そのとおりですが……」
「ところで相談って何?」
「思い切って言います。私、先輩の隣のグループのかっこいい新谷さんが好きになってしまいました」
「仕事一筋ではなかったのか?」
沙知は思いつめると仕事でもなんでも猪突猛進、一途で分かやすい。でもそこが良いところでもある。真剣に僕を見つめて頼んでいる。
でも近くで顔をよく見ると、ひょっとすると見た目よりも綺麗で可愛いのかもしれない。色白で、目は二重瞼だし、鼻も低くない、口も小さめだ。メークしてメガネを外した顔を見てみたい。
「そうなのですが、このごろは仕事にも慣れてきて、週末にショッピングに出かけると、カップルの姿が目について」
「男性に目が向くようになった?」
「はい、少し寂しいこともあって、時々廊下で会うので素敵な人だなと思うようになって。こんな気持ちは初めてなので、どうして良いか分からなくて?」
「今さら初恋でもないと思うけど、そういうことは、同性の友人にでも相談するものじゃないのか?」
「いないこともないですが、男性である先輩に聞いた方が手っ取り早いかと思って」
「それなら直接、新谷君に付き合ってほしいと言えばいいじゃないか」
「それができるくらいなら先輩に相談なんかしません。同性だから何か良い知恵がないかと思って」
「百瀬先生から上野さんの面倒を見てやってくれと頼まれているけど、それは会社での仕事がらみのことで、私生活やまして恋の仲立ちまでは含まれていないと思うけど。それに」
「それに?」
「新庄君には付き合っている彼女がいるよ。誰だとは言わないが、商品開発部の女子社員だそうだ」
「僕と彼とは仕事上の付き合いがあって、この前飲んだ時に、彼女ができたとそっと教えてくれた。だだし、秘密にしておいてほしいと言われている。だから、これは内緒の話だ」
「そうなのですか。それじゃあ、あきらめるしかないですね」
「いや、チャレンジしてみる手はあるかもしれない。だめもとで」
「だめもとですか? 他人ごとだからそう言えるのです。もう彼女がいるのなら私なんかだめです」
「もっと自信をもったらどうかな。またチャンスはあるさ、僕よりずっと若いんだから」
「そういう先輩はどうなんですか? そんなにかっこいいのに彼女いないんですか?」
「かっこいい? そう言ってくれるのは上野さんぐらいだ。ああ、今はいない。もう面倒になってね」
「ということは、いたことがある?」
「ああ、まあね」
「よかったら話してくれませんか? なぜ面倒になったのか? 今後の参考になりますから」
「うーん、そうだな、上野さんだから話そうか、参考になるかもしれないし、でも他言は無用にしてほしい」
「もちろんです。誰にも話しませんから」
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