第19話 もらいカップルと和美の事故

 年末年始の休暇時期になった。我々が結婚したことを機に遠方の和美の親族にとも会合することになった。

 和美の両親は犬猿の仲と言うほどではないから、秋の結婚式以来の対面だ。兄の広巳も同じだ。

 問題なのはもらいカップルの建ニと恵子だ。奴らはまだ付き合っている。恵子にとって9人目の彼氏が俺の弟だ。

 兄の広巳も呆れることだろう。


 建ニは肉体はしっかりしているが、2等陸士自衛官志望者だ。

 進学先や就職先の決まらない一部の同級生をよそに悠々としている。

 一時期の自衛官の極端な低給与からは、ある程度の収入になったが、低い階級の者が家庭を持ってやって行けるものではなかった。

 こんな考えをするのは役所の者のさがなのだろうか。


 弟たちはマジだった。


 高橋家で行われた家族パーティーにはこの2家族が列席した。

 さすが修の用意した食事は大したもので、上質の魚介類、肉類、菜類などのフルコース。大量のビール。当時ビールもジュースもビンだ。


 修が上機嫌に俺たちとの縁を祝福する。

 ある程度落ち着いた俺たちだが、ひときわ異質なのは建ニと恵子だ。2人は夫婦でもないのにぴったりと密着して寄り添い、あつあつカップルの放つ愛情エネルギーを部屋一杯に満たしている。


 俺と和美の距離は少ないが人前では密着しない。

 2家族の中に2カップルがいる。

その異様な光景に俺たちは目を合わせて呆れた。


 東京から飛んできた広巳はあの軽快さはない。1人借りてきた猫のように静まっている。ただ時々妹たちのカップルに目を白黒させている。

 俺たちの方へは既知のものとして受け入れた眼差しだ。


 もらいカップルの両者から俺たちの生活の場である宿舎に頻繁に電話があり、その交際の内容も把握出来たが、いつも言葉を失うものがあった。


 18歳の性は激しい。人のことは言えないが、未婚でのそれはもう後先のことをなにも考えていないようだ。

 若いのは同じだが、不安定な状態での交際をどう思っているのだろうか。


 交際と早急な入籍結婚を経た我々には説得力のある身ではないが、この場にいる誰もがそんな思いなのだろうか。


 ただ、彼らの幸せそうな姿を見ていると誰も反対する気にはなれなかった。


 義兄の広巳が兄弟の中で一番の年長で、独身会社員として成功を収めているのに対して対象的だ。

 この宴会が終わって使用したテーブルを広巳と協力してガレージにしまい込む。その時弟たちの話をかわす。

 女性たちは食器を片付ける。酔った修は「そのままにして後は明日俺が行うから」と言っている。

 俺と和美は飲まなかった。佐藤家と自分たちが帰宅するための運転があるからだ。

 広巳もある程度の事情は知っていた。電話や手紙のやり取りがあるからだ。

 義兄に対して弟たちの件について謝ると、あの爽快な言葉が返ってきた。恋愛は自由で良い、誰もそれを妨げるものでないこと、俺が真面目に考え過ぎだと言って、役所的だと言われた。そして和美が射止めたにしては上出来だと再び褒めてくれた。


 真面目な話で言えば、士階級の者が結婚や車を所持する場合、高額な預金などが必要だと言われていたことは前述したとおりだ。

 部隊に認められずに闇でそれをする者がいたかどうかは別として、現実的に可能かどうかだ。

 結果として可能だった。

 結婚に関しては隊内居住者としての籍は昇進するまでは諦めるが、毎日外出許可を申請してアパートなどに帰ると言う方法になる。


 隊内居住の義務のあるうちは、営外者と言う官舎に入る手続きは得られないかも知れない。

 まあこれらの事情も各部隊によって違ってくるから何とも言えないが、当時の士階級の者がアパートを単独で借りられるほどの給与ではない。


 外出も隊内の食事を済ませてから帰れば自分の分の食費は浮くから、貧しすぎるわけではないかも知れない。


 アパートや家を隊員がグループで借りると言うことは独身者がよくしていた。

 自衛官の3重生活と呼ばれるものである。

 隊内とアパートと実家の3つである。


 建ニが本気ならば両家の親が健在なのだから陸士階級のうちには大学でも通うつもりで仕送りしてやれば良い。

 この場合仕送りの額は大学生を養うのと違ってかなり安くなる。

 ただそんな話も聞いたことがない。

 昼自衛隊に勤務して夜学の大学に通う者がいたと言う。


 ただこの時点で、あの2人がそこまでの絆で結ばれているのかどうかだ。

 これら自衛隊の関する知識は建ニが入隊した

後に彼から聞いた話によるものである。


 彼は結局1985年3月下旬に入隊した。その時もまだ恵子とは続いていた。ただそれは肉体関係を伴う交際だ。

 

 最初の3ヶ月は恵子の母である和恵の住む大都市にある教育隊だ。恵子は和恵のアパートに住み込み、建ニとの面会や外出時に会うことにした。

 しかし夫婦のように毎日会えるわけではない。

週末に許可された外出時が主なものだが、一週間に一度特別に建ニだけに外出の許可が下りたと言う。それでも門限が早いので駐屯地の周辺ですごすだけだった。

 このウィークデーの外出は就寝まで続く教育訓練スケジュールに穴をあけるため、課業外とは言え心証は良くなかった。

 しかし彼らは半年の間、この週末限定の恋愛に耐えたのである。


 恵子も捨てられるのでなければ付いて行くタイプだった。

 しばらくは大丈夫だと思った。

 そうしばらくは大丈夫だった。



 さて和美の2トントラックの運転業務は続いたが、年が明けてからは圧雪の路面の上での運転だ。

 彼女の担当はその実家の町から逆向こうの隣町を主な区域としている。

 俺たちの公務員宿舎からさほど遠くないところに会社があるため朝俺の車で出勤させる。それから俺が役所へ向かう。


 スパイクタイヤとは言え和美は雪道に馴れていなかった。

 和美は下り坂の圧雪の上で車をスリップさせ、前方のトラックに追突した。

 追突された方のドライバーははじめは怒っていたが、和美がドライバーだとわかると態度が変わった。

 追突されたトラックドライバーは50代の人で、後方の車両は40代の営業車の人である。


 突然の出来事に困惑している和美が車から降りると、この2人は父性を発揮した。

 まだ携帯電話の無い時代だ。ある程度の場所には公衆電話がある。

 営業マンの40代の男性が警察に電話をしてくれた。

 和美が落ち着いた頃にはもう警官が現場に到着していて、現場検証と事情聴取が始まった。


 トラックの運転手が和美を庇う。下り坂の追突事故はよくあるものだと。そしてしきりに和美の怪我について心配をしてくれた。



 これが、性能が良くなったとは言えスタッドレスタイヤだとさらに停止が難しくなる。下り坂の圧雪アイスバーンの走行はとにかく危険だ。

 それからこれにどう対応するかと言えば、坂道にロードヒーティングを取り付けるようになる。

 かなり小さな道にも、坂道、特に停止線付近ならば大体設置されるようになる。

 その後、冬の坂道は融けた雪の湯気が上がる光景もよく見られるようになった。


 和美は軽い鞭打ち(症)になったが、検査では軽症ですんだ。

 何日かの通院で終わった。


 この事故の処理に協力してくれた、前後の2人のドライバーにお礼をしたい旨を言うと、お互い様だと断られた。

 背の小さな若い女の子が事故をしたからと言う理由もあるが、北国で生きる人々にとってこういったトラブルには明るい。見ず知らずの人が雪で立ち往生している車を助けると言うことはよくあることだ。

 事故の後処理は両者の会社の入っている任意保険がすべて行なってくれた。

 

 和美は病院へ行く以外は勤務についた。事故には驚いたが、これらの助けがあって何のトラウマにもならなかった。

 午後の勤務は配達業務を早く切り上げて、そこで退社し、病院へ何回か行って終わった。


 和美はこの冬の出来事もあって、また気分が上向きになった。


 真冬になってこの地域も白銀の世界になった。

年によっては路面が真冬でも露出していることがあるが、そのほかの場所は白い雪で覆われている。


 2月に入ると陽が長くなり、光線も強く白銀は目に悪いほどに白い。


 そんな中和美はドライバー業務にかなり馴染んできた。

 晴れの日はサングラスをするようになる。和美は近眼でないので普段は裸眼だ。


 田舎には力を持て余した輩が多く、夏季のあいだはあおり運転は日常茶飯事だが、冬にそんなことをする輩はいない。

 冬は路面が滑ることに由来するだろうが、滑らない夏季もたがが外れた危険運転までする輩は少ないように思う。

 全部がそうでないが、極力関わらないようにしておけば大体危険は回避できる。

 除雪作業用に道路幅を大きくとってあるのもあるだろうが、命の危険のおよぶあおり運転は少ないように思う。

 当時はもっと辺鄙な道では無理な追い越しが最も危険だったが。


 そんな環境にいて何とか和美は、そう長くない距離の運行業務をこなしていた。



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