第7話 大爆発

 何も語らないエロ本の世界から、痛みも、喜びも、若い人生を語りかける美しい女性との関係になって、その尊い存在と、彼女の素肌が俺の何かを洗い流してくれるかのような感覚にもなった。


 夜遅く帰宅した俺に、消灯した暗い家が迎えてくれた。


 彼女の姿が時々目に浮かぶが、しばらくして眠りに落ちた。


 夢のなかで、和美のふくれっ面が出てきた。


 役所の仕事の後は和美と連絡を取る。

 毎日毎日そんな生活がいつまで続くのだろうかと思ったが、目先の心配は、彼女の心をいかに俺に繋ぎ止めるか、と言うことだった。


 夕方6時曇り空で、どんよりとした空だが、明るいなか和美に電話をした。

 また和美の裸をおがめるのかと、下心を少し持っていた。


 和美の家に行くかと聞いたが、断られた。


 夜に戻らなかった父親が朝帰りして、今日は在宅とのことだ。


 そういうことで和美の家まで行ったが、そのまま和美を拾って自分の町に向かった。


 昨日の調子の良いノリに比べ、少し大人しい印象がある。


 運転中に和美は聞いてくる。


「ねえ、わたしスカート姿いいのかな?スカート買って見るかな」


 俺が答える。


「ええ~?スカートねぇ。車出したら着るわけね。悩殺太もも登場!」


 彼女は口を荒げる。


「冗談はいい! どうなの、ミニでも何でも挑戦してんだよ、高校生の時、誰も見てくれなかったけど、今はどうなのか知りたい」


 またひとつ女性の願望を知った気になっていた。女性は、男性の自分に対する視線を気にするものだと。そして言った。


「へぇ~。オッサンのイヤらしい目線で見られたいの。じゃあミニが良い」


「バーカ、そんなんじゃない。OLになって事務でスカート穿くでしょ。何だか高校時代と違うのよ、どことなく敬意があると言うか…」


 和美の答えに納得したが、また茶化してみた。


「ふーん、じゃあ、俺が和美のヌード見たときの目線はイヤらしいオッサンか、敬意があるのか、どっちだ?」


 和美も茶化してくる。


「そうそう、ヒロシの目線はいやらしかった。もう襲うんじゃないかって思った」


 俺はあきれて答える。


「襲うって、アホか。自分から裸になっておいて。襲われたいのか?」


 和美は目をキラキラさせて言う。


「そう、お前襲えよ。警察に連絡して婦女暴行犯としてシケイにしてやる」



 実のところ、何故こんなこと言うかというと、当時テレビのニュースでは毎日のように婦女暴行事件についての報道があったからだ。

 今では少なくなったかどうかの統計は見ていないのでわからないが、当時テレビの報道はそんなものだった。

 他に昭和の時代は一家心中の報道も多かったように思う。


 今ではそれなりに福祉制度も厚くなり、あまり聞かなくなったが、今の若者のジサツが目立つのはそれなりの理由がある。

 先にも述べたが、昭和というのは、ある程度の能力と健康があれば定年後の生活が見えていた。

 会社の倒産での失業も多かったが、そこから他の企業へ就職も難しくなかった。


 おそらくは、アナログの業務を多く抱えた時代に、人手は貴重だったこともあるだろう。

 紙による契約の取り交わし、印を押す事によってその権威が保証される。

 先方のクライアントを目上として接待する事。

 契約が数多くなると、書類も厖大になる。書類の管理だけでも立派な業務になる。


 職人の世界も若い見習い工を雇っていた。

 今ではそれら書類もデジタルデータ化して、パソコンが管理をする。

 今でも見習い工はあるが、即戦力の方を使いたがるようになった。

 育てる手間は利益に影響する。

 今では育てなくともそれなりの人が集まる。

 まったくの技能の無い人は、血縁やコネで雇われるのが多いだろう。

 工場も海外が主体となって、よほどの高級品でないと国内生産されない。

 これでは老後の生活など見えてこない。

未来が見えないことや、淡いだけということは人を潜在的に追い詰める。

 失った大きなものよりも、それは大きな不安として残るものだ。

 この不安を解消するだけの政治的要求を満たすことは難しい。

 BI(ベーシックインカム)論が論じられているが、ただ生活費を渡すだけで満足できる人は少ない。

 人は自分の尊厳と、存在理由と、所属意識のなかで生きて行きたいものなのだ。

 社会や何らかの団体、人に必要とされるという存在になってこそ、人は幸福になるのだ。

 時々気分の落ち込みがあると、それら人に必要の何らかの意識の支えが失われて、命を失うことになる。

 難しい問題だが、世界の誰も、自分と自分の国や団体の何らかの問題と向き合って、向上させようと進んで行くものである。

 先進国だと思って安堵している暇はないのである。


 そして当時のマスコミの報道と相まって、犯罪者を揶揄する傾向が世にあった。


 マンガでも見られたが、シケイという語を冗談で口にする時代でもあった。

 何も和美だけが常識がないわけではなかった。


 そして「襲えよ」と言う言葉の中に、和美が俺の身体を要求している合図であることも何となく理解していた。


 しかし、19歳の童貞では青すぎた。


 それをどう実行にもっていくのすら思いつかなかった。性行為は、童貞の俺にとって独りの話だった。


「襲う」と言う言葉を耳にしてから、運転をしながら、しばらく考え込んでしまった。


 和美が、黙りこくる俺に気遣って言った。


「ごめん、襲うだの、シケイだの言い過ぎたかな。ヒロシのこと好きだよ。裸になっても紳士だった。優しかったし、嬉しかった」


 好きだよと言われて感激してしまい、また言葉を失ってしまった。何を言おうとすら思いつかなかった。



 浜の数キロ南には小高い丘陵があって、市内にテレビ電波を供給する巨大な送信アンテナが立っている。そこへ向かって車を走らせた。

 このテレビアンテナの下に大きな駐車スペースがあって、車を使ってのデートスポットになっている。

 しばらく俺が黙りこんだままなので、和美は困った様子をしていた。そこへ俺たちが到着したが、他に若い連中と思わせる車が数台ある。

 夏の暑さしのぎのためのエアコンを使うため、大体の車はエンジンをかけたままだ。

 住宅地は遠くないが、エンジンのニュートラル運転を続ける車に、苦情が出ることはそんなになかった。

 まだ、そんなに暗くない時間だが、少しずつ町の家屋の灯りが付きはじめるのが見えてきている。


 俺は久しぶりに口を開いた。


「ここの夜景良いでしょ」


 和美が答える。


「ここ初めて来たよ。バイクで1人でこんなとこ来ない」


 テレビ送信アンテナがあるだけに、標高はある程度ある。

 そのため町の夜景が広がる、と言うことだが、そうでないとテレビ送信アンテナを立地する意味がなくなる。

 家屋の集中する方向に向かって、電波を放出する必要があるからだ。

 それでも、送信アンテナからみて、丘陵や山の陰は電波が弱くなったり、悪かったりして受信状態が悪くなる。そこで、この送信アンテナからの電波を山や丘陵の上で受信して、山陰の家屋に電波を供給する。

 このシステムの事をサテライトと言う。

 テレビ電波送受信の用語で言うと、この意味になる。

 もともとは人工衛星に適用した言葉だが、この用語がもとで、スタジオや飛行場のシステムにも使用されるようになった。



 19歳なのに、もう人生の決定を覚悟したことを交際一週間の相手に告げてみた。


「ねえ、襲うだの良いけど、突然裸になったりと…俺たちひとつになるべきなのか…結婚する、俺たち?」


 役所勤めで身の安定を少々自負したが、当時でも20歳前後で結婚する者は少なかった。大学生だと、2年生だ。

 でも相手の家族に会ってもいないのに、それでいいと思った。

 和美はまたおどけて返して来るかと思ったが、この時は違った。

 まさか突然のプロポーズに怒り狂うとは。

少々間を置いて彼女は大声で怒鳴どなりだす。



「何~?…結婚って言ったあ~?


何が結婚だー!!ボケーーっ!!


まだ手も握ってもいないのに、何が結婚だっ!


馬っ鹿バッカじゃないの!?


裸まで見せたのに


キスのひとつもないじゃないの


このヒロシのバカーー!童貞ドーテーーー!!


ふざけんなよお前ー!!!」


 その大声に、あの妹の電話口の怒鳴り声よりもはるかに大きく感じた。

 和美は目に涙を浮かべ、顔が真っ赤になっている。

 そして、わなわなと身体全体を震わせている。

 車の窓を開けていないのに、あまりの怒鳴り声と憤怒で、4 ~5台分離れた隣の車の男がこちらを向いて目を丸くしている。


 和美の怒鳴り声に怒りを感じたかと思えば、全然そうでなかった。


 はっきり言って、その怒鳴りは和美の性そのものだった。


 耳をつんざくほどの声量を耳もとで発せられ、左耳の聴力がなくなっていた。


 自分のあれが反応した。度のきついポルノの性的興奮と違った快感がはしる。


 和美の不満の言葉に従うことは、当然の成り行きだった。


 もう、誰も俺たちを引き裂くことは出来ない。


 窓の外の車の主は、もうこちらを見ていない。


 彼女の両手を取り、それぞれの手で(右手で左手を、左手で右手を)握りしめて、キスをしようと顔を近付ける。


 和美はよけない。

むしろ、自らも向かってくる。


 ただ、車のシフトが身体に当たる。


 そのまま、和美の唇に自分の唇を当てていく。


 熱を帯びた彼女の頬には涙が流れた。


 彼女の涙が俺の顔に流れてくる。


 少し体勢がキツいが、ここでひるんだらすべてが台無しになる。


 結婚の話をした以上、それなりのことをするつもりだ。


 すると彼女が口を開けて、俺の口の中に舌を入れてくる。


 彼女の唾液が甘く感じられる。


 もうお互いに興奮していて、息が荒く、時々喉の奥から声とも息ともつかない音をあげる。


 周囲の車が見ていたかも知れないが、しだいに気が遠くなってきた。


 一体どのくらいキスをしたのだろう。


 脳内の情報は何もなかった。すべてが互いの身体の事だけに捕らわれている。


 後々、和美はこのキスの事で、当時男を知らない人なんだなとつくづくと感じた気でいた。


 俺は、このキスの前にしたプロポーズを現実のものにしようと決意した。


 気がついた時、時間は夜の9時を示している。


 シフトレバーに二人の身体の力がかかったためか、エンジンが止まっている。


 少し暑かったが構わなかった。


 キスをやめ、しばらく二人で茫然自失状態にいたが、もう一度彼女の顔を抱き寄せ、おでこにキスをして髪の匂いをかいだ。


 安いシャンプーとリンスの匂いがしたが、あれだけの感情の爆発からの熱気からくる甘く、そして濃い汗の匂いがする。

 それは、和美の人柄と感情と魅力があふれているように感じた。

 それに女性特有の辛い匂いもする。

 その混合がたまらなく心地良かった。


 爆発的感情のあとの深い、強い愛情が互いに投げ掛けあっていた。


 和美は彼女らしく茶化しはじめる。そこで弱々しく言う。


「何匂いにおいかいでんだよ。臭いくさいか?」


 俺は強調して言った。


「すごーく良い匂いだ」


 彼女は茶化す。


「この変態。…わたしこんなに長くキスしたことをなかった。童貞とけなしてごめんね、わたしもなのよ」


 彼女のカミングアウトに当然だと思ったが、それを失っていたとしても、どうでも良かった気がする。


 夜の9時の若いカップルはとこが遠い。

この場を解散させて眠るなど無理な話だ。


 まだ、水曜日のウィークデーで、明日の仕事の後もデートする予定だ。

 毎日会うことを2人は止められない。


 ウィークデーなのに、この駐車スペースに車が一杯になってきた。


「ここ、出ようか。何だか騒がしくなってきた」


 俺がそう言うと、和美は小さく相づちを打った。

 車を走らせると和美が聞いてくる。


「ねえ、これからどこ行くの?ラブホテル入るか」


 コンビニはなかったが、当時この町にもラブホテルは何軒もあった。

 和美の町にさえ目立つもので3軒ある。

 国道の目立つところに、夜の田舎の暗闇の中にその看板がいつも輝いている。


 ただ、ラブホテルに入るほど金の持ち合わせがない。


 キスをしただけでラブホテルに入って、事をなそうなどとも想像できなかった。まだ若く、幼く、青すぎて、真面目だった。

 俺は答える。


「ラブホテルに入って何するの?そんな経験もないくせに」


 和美は口をとがらせて言う。


「お前もだろ、嫌なのか?」


「嫌じゃないけど、いきなり、さすがにそこまではねぇ」

 そう答えた。

 和美は残念そうに言う。


「だろうねえ。家であれだもの。どうせラブホテル入る金無いんだろ」


 気がついた時は、あの浜の近くまで来ていた。

国道はバイパスで信号待ちをして、車は止まっている。もう、周りには車はそんなにいなかった。


 この信号を右レーンに入って右折しようとしている。

 当時この町には右折レーンも左折レーンもなかった。片2車線あるだけで、右レーンにいると右折車両に引っ掛かったりする。


 ここを右折して住宅街の道に入ってしばらくすると、浜に至る。南側から浜へ入る道もあるのだ。


 この道に入り、左に曲がると浜が見えてくる。

北側からだと左に浜が広がるが、南側からだと右手に浜が見えてくる。



 もうそこには夜のライトも、工場の灯りも何もなかった。夜は9時を過ぎている。


 月明かりもなく、海からの波の音も聴こえてこない。


 闇のなか他に、車も人も誰もいない。


 どことなく寂しさを越えた不気味さがあった。


 さっきまで、激しい感情と欲情をぶつけ合ってきたもの同志もしては、あり得ないほど冷静になってきた。


 まるで、火が消え、煙さえ立たない状態だ。


 夜の静けさと、幽霊の出没を予感させる空気に、凍りついたかのようであった。


 下ネタの冗談をかわす気もなかった。和美が言い出す。


「ねえ、何だか暗いね。オバケ出そうじゃん」


「そうだな、こんな時間に浜に来たことあまりなかったな。冬の夕方はこれくらい暗いけど、まだ時間が早いから車がけっこういるし」


 冬は雪が降るが、12月と1月の冬至時は、夕方の4時にはもう暗くなる。


 定時に終わって、ここへ車で寄るにしろ外は真っ暗である。

 しかし、町工場はまだ稼働している。5時以降の帰宅の車の通行は激しい。



 町工場の側の道の電柱のひとつだけに、街灯が点してあるのが寂しげだ。


 俺がよくこの浜や田舎を1人でドライブして、自販機を使うとき、夜に味わう寂しさの中にも、自然の息吹きを感じることがある。

 蛾やクワガタがたくさん飛び回る様を、横目で優し気に見たりする。


 そんな夜の田園風景は、夏なのに今日のここにはない。


 和美を彼女の家まで送り、それから自分の家に戻ると時間が遅くなる。


 そこで言った。


「帰ろうか。(和美の)お父さんと挨拶するかな」


「うーん。もう帰るのお~?パパは良いけど、あいつ夜には強いから、(時間が)遅くなっても多分怒らない」


 俺は少し空腹もあって、近い自分の家へ帰る提案をする。


「じゃ、俺の家んち行くか。どっちにしろ和美の家んちはちょっと遠いしな」


 和美は同調した。


「じゃ、そうしてくれ」


 家に着いて和美と二人で家にあがったが、まだ親は消灯していなかった。


 母が気づかって言う。

「あー、和美ちゃんも一緒ね。2人分のご飯用意するね」


 母に礼を言い、今度はまっすぐ2階の俺の部屋に向かった。

 和美は階段を上がりながら


「おじゃましまーす。」

と言った。


 今度は俺の部屋で2人になった。


 まず、レコードやロック談義に花を咲かせる気でいたが、どうも噛み合わない。


 自分の部屋にいると言うことは、自分の空間にいると言うことである。


 和美の部屋では、よそにいると言う緊張感に張り詰められていたのだ。

 今度は、俺がその緊張から解放され、そこに女の子と一緒にいると言うわけだ。


 何となく、互いの唇と舌に夢中になっていた、一時間前の気になってしまう。


 和美が制服のスカートに着替えると言ったり、裸になったまま話をしたりする理由がわかってきた。


 俺はたどたどしく講釈しようとする。


「えーと、リトルリバーバンドではリミニッシングがAORのような曲だったけど、まだ、海だとか言う感じじゃなくて、その後の栄光のロングランがそんな方向で…」


 和美が言う。


「何堅くなってんだ。そんなの知ってるよ。リトルリバーバンドは大体(全部)テープあるから」


 前に和美がしどろもどろとするのに、自分がなってしまったと悟った。


 そう言う事なのだと。しかし、家には両親がいるので、ここで誰も裸にまでなるわけにはいかない。


 でも、和美の顔を見ていると、あのキスの事で押えがたい欲求にかられている。


 彼女の唇を見詰め、そこで固まってしまった。

和美はその視線を悟り、言う。


「いいよ、したいことすれば。でもねえ」


 でもねえの続きを俺が言う。


「親がいるし、すぐ食事もって母が来る」


 そう言っていると、母が食事を盆に乗せて2階に上がって来た。

 おにぎり4つと、ホッケの焼き魚と、みそ汁までもって来てくれたのには、少々驚いた。


「おおー!お袋、魚まで焼いてくれたの。わるいね~」


 母は聞いてくる。


「和美ちゃん、今日は泊まっていくの?」


 この母言葉に2人ともきょとんとした。


 時間が遅いのもあるのに、泊まることは考えていなかった。


 夜更けのホッケは旨かった。和美も焼き魚が好きなようだ。


 食べながら、家庭の話になった。











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