罰※3

 俺は廃ビルの上で街を見下ろしていた。

 ひどく遠い。

 高い所から見る景色にそう思う。

 まるで人と人との距離のようで。

 今まで歩いてきた道のりのようでもある。



「待たせたな」


 そう言って美鳥みどりがやってきた。


「ドラッグを流していたやつがわかったってのは本当か?」

「……はい」


 俺は、美鳥をしっかり見据えて頷く。

 体は冷え切っているが、おかげで頭は冴えている。


西園寺さいおんじさんは俺にあの日一人で調査に行かせました。別行動の後に撃たれて……俺を危険から遠ざけたかったのかと。でも、依頼が妙な重なり方をしたことを事前に俺に話してくれていたんですよ。誰も行くことを知らないはずの場所で依頼人に会って事件を調査することになったことを。偶然にしては出来過ぎですよね?」


 宙を見つめて頭の中を整理しながら俺は話す。


「これは罠だったんですよ。ある意味わかりやすい」


 視線を美鳥に戻して言う。


「つまり、順序が逆なんです。西園寺がわざと俺を遠ざけたかったんじゃなくて、誰かが俺と西園寺を遠ざけた」


 口を閉じてから、迷いを断ち切る。


「美鳥さん、貴方ですよね」



「……どういうことだ?」


 息をついて、美鳥は言う。


「俺がお前にわざと事件の調査を依頼したと?」

「端的に言えばそうです」

「そんなわけないだろ」


 鼻で笑う。


「げんにドラッグが出回っていたのは本当なんだ」

「はい。でもそれは最初はあなたの担当ではなかったらしいですね」


 ピクリと美鳥の眉が上がる。


「担当者が不慮の事故で休職することになったのであなたが代役として引き継いだと聞きました」

「何が言いたい?しかもどうしてお前がそんなことを知っているんだ?」


 構わず俺は続ける。


「とある人が警察に別のパイプがあるらしくて話を聞いたらしいんです。他にもおかしなことがあった。夢路ゆめじが本当に俺を殺すつもりなら銃で撃つなり、刃物で刺したりするほうが余程早い。それなのにどうしてあんなゲームをもちかけたのか。そして、ドラッグは流通させることに意味があるんです。致死量の成分で買い手を殺してしまっては元も子もない。だから、現場に落ちていた俺が口にした後に砕いた飴を成分分析にかけてもらったらしいんです」


 俺はあの日の夢路を思い出して言い淀む。

 逡巡しゅんじゅんはすぐにやめた。


「結果、あの飴にはドラッグは混入されていなかった。となれば、俺は別のところで毒を摂取したことになります。それはいつだったのか」


 あの日の出来事を逆算して考えられるのは。


「病院で飲んだ珈琲に貴方が毒を入れたんですよね。苦くて何が入っててもわからなかったと思います。俺が飲むかどうかは確実じゃなかったかもしれませんがなんせあの日は寒かったですから」


 少し苦笑いした後、笑みを消す。


「これらを合わせて考えるに一連の事件を手引きしていたのは貴方ではないかと考えたんです」


 本当は言いたくないが、立ち止まれない。

 求めるはただ真実を。


「なにか間違っていますか」


 間違っていたらいいのに、と心のどこかでは思ってしまっている。

 それがきっと俺の弱さだ。



 パンパンと拍手の音が聞こえる。


「なかなかの名推理だね。賞賛に値するよ」


 白コートの人物が歩いてくる。

 コートとは対照的な黒いショートカットに、華奢きゃしゃな体格。

 月光に照らされた姿にどこか毒のある笑みは魔性の華のようで。


「……やはりと言うべきでしょうか?」


 俺は冷や汗をかく。


「死んでいなかったんですね。美鳥みどりはるさん」


 おや、と意外そうな顔をした。


「まるで既に知っていたような口ぶりだね」


 そこには写真で見た数年前と変わらない姿で、墓から起き上がった死者のように。

 美鳥晴が立っていた。



 俺に一歩、また一歩と近づきながら風のような細い声で晴は言う。


「不可解なことがあるんだよ。なぜ一人でここに来た?」


 俺は細くても威圧感を与える姿に目を離せない。


「一人じゃないからです」

西園寺さいおんじ君明きみあきは死んだ。それは心の中では生きているみたいな比喩 ひゆなのかな」

「……本当にわかってないんですね」


 普通に見ればニ対一だ。

 でも、現実というものは案外簡単にくつがえる。


「西園寺さんは死んでいないんですよ。今この時もね」


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