今後は別の人生を別々に歩んでいきましょうね
「俺はお前が嫌いだ。お前と誰が好き好んで結婚すると思っている。まったく父さんもどうしてこんなやつを選んだんだ」
「……」
いわゆる政略結婚というやつだった。
私と幼馴染のレオは、互いに恋愛感情を持てずにいた。
レオは、地味で暗い私を嫌っていたし、私も体も声も大きく、すぐにこちらを責めてくる性格が苦手で、こんな男と結婚するなんてごめんだと常々思っていた。
かといって、私が両親やレオの両親に結婚したくないですとは言えなかった。
レオもまた同じようで、両親の前ではよい子を演じていた。
学校でもレオは、私のことがとにかく気に食わないようで、すぐに笑いものにする。
おかげで、クラスメイトからは私はいじってもいいのだという認識をされるようになり、居心地が悪かった。
「おい。レオいいのかよ。一応婚約者なんだろ」
「いいんだよ。夫の俺が嫁をどう扱っても。それともお前があいつを娶るか?」
「冗談だろ。誰があんなブスで暗い女」
学校に行っても笑いものにされ、教師も誰もが見ないふり。
私が学校に行かなくなるのも当然のことだった。
そんなある日、レオの母親の体調が良くないという噂を聞いた。
なんでも流行り風邪をこじらせたようで、ずっと部屋にこもりきりだそうだ。
レオの父親は、とにかく自分の奥さんが大切なようで、おしどり夫婦と言われることも多かった。そんな両親のもとにどうして、レオのような性格の子供が生まれるのか不思議に思っていた。
日々弱っていく自身の最愛の妻に、レオの父親は息子のことも気にかけずにずっと奥さんのそばに寄り添っていたらしい。
レオもまた母親が弱っていくのを見かねて必死に看病をしていた……わけではないそうだ。
両親の監視の目もなくなり、レオはすっかり遊び呆けていると聞く。
学校にも来ていないと言われ、私は恐々と学校に行ってみると、本当にレオの姿はなかった。
ついでにいうと、レオの仲間たちもいなかった。
こぞって、私を笑いものにしていた男たちがいなくなり、学校は前に比べると通いやすくなった。
そして、レオの父親の献身もむなしく、レオの母親は儚くなってしまったらしい。
そのことにすっかり気落ちしてしまったレオの父親は、レオを連れて田舎に引っ越してしまった。
彼の家がやっていた事業もこちらに引き継ぎ、すべてを捨ててしまったようである。
葬式もなにもなかった。
あっというまのことに私はレオに挨拶することもなかった。
政略結婚の話もなくなり、数年が経った。
私は、レオのことも彼の家族のことも思い出すことがなくなった時のことだった。
「おい。俺のことは覚えているだろ」
「……どちらさまですか?」
浮浪者だろうか。
肌はぼろぼろで、至る所にクレーターの凸凹がある。浅黒く、無精ひげも生えている。
頭はぼさぼさで、ろくに髪をとかしていないのだろう。フケも目立っている上に、肩に無数についていた。
目だけがギラギラと輝いており、攻撃的な雰囲気だった。
「レオだ!お前の旦那だよ!!!」
「レオ?…だってあなたは」
「優雅に田舎暮らしってか?…はっ!あんなところにいられるかよ!なにもない。親父もすっかりボケて使い物にならねぇし、村の男どもは俺を馬鹿にする。ろくに女も抱けねぇくせによ」
「いまさら何しに来たの?」
「昔と変わらないブスだな。でも、金はあるんだろ?しかたねぇから、お前とけっこんしてやるよ」
性根は変わらないらしい。
「ママ。この人だれ」
「あ?」
「失礼ですが、私の妻になにか御用でしょうか?あまり騒ぐようでしたら、警察をよびますが」
「お前…結婚したのか?俺以外のやつと?」
信じられないという目で見られたが、当たり前だろう。
もともと、政略結婚を進めるような両親である。
この男がダメならほかの男と結婚を進めてきた。
「お前っ!!!結局誰でもよかったんだな!!!誰にでも股開きやがって!!!」
レオが激高して私を殴り飛ばした。
「ママっ!」
「ルナっ!」
娘と旦那が私の前にやってくる。
ほかの人間に警察を呼ばれていたのだろう。
ほどなくして、警察がレオを抑え込んだ。
「俺はお前のためにはるばる遠くから来たっていうのにっ!お前は俺のことなんて忘れて!俺のことを捨てたんだっ!」
「ルナ…この男は」
「元婚約者ですよ。正式に婚約解消の手続きをしました」
「俺は、お前を頼りにここに戻ってきたのに…足一つできたんだぞっ!」
「遠路はるばるご苦労様でした。でも、私とあなたの関係は、ずっと前から終わっていたんです。お互い未練もないと思っていたのに、あなたは違っていたんですね。それは可哀そうなことをしました。ですが、あなたはおっしゃったじゃありませんか。私なんか嫌いだと。私もあなたが嫌いでした。結婚もしたくありませんでした。だから、お互い様でしょう。よかったですよ。本当にあなたと結婚しなくて、私は」
警察に引きずられながら、レオは泣き叫んでいた。
その顔は最後に見たレオの顔を思い出させた。
結局、あのころからレオの時計は止まっていたらしい。
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