婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから
え?婚約破棄したのは、そちらなのですから、慰謝料はあなたが払うんです。当たり前でしょう?
え?婚約破棄したのは、そちらなのですから、慰謝料はあなたが払うんです。当たり前でしょう?
1
「婚約破棄…ですか」
「ああ。僕は、運命の相手を見つけたんだ」
「そうですか」
婚約者が自分に興味がなくなっていたことは、知っていた。それほど、あからさまだったのだ。パーティに出席したとき、見知らぬ女性と一緒にいたところを見つけたときは、さすがに衝撃だったが。元々、政略結婚だ。お互いに恋愛感情がなかったのだから、仕方のないことなのかもしれない。
「それでは、準備をしなくてはいけませんね」
「ああ。君に任せるよ」
「… …まあ、私は構いませんが、よろしいのでしょうか」
「ああ。僕から破棄した婚約だ。父や母には、僕から伝えておく」
どうせ、婚約破棄の手続きが面倒なだけなんだろうな。
この男、こうやって相手を立てる発言をするが、その実、自分でやるのが億劫なだけというのが、見て取れる。
婚約者のそばに立つ執事が、苦々しい表情を浮かべている。
かわいそうに。
馬鹿な主人を持つと、従者は損をするのね。
「分かりました。それでは、セバスさん。今の発言、貴方が証人になってくれますね」
「… … …婚約破棄を考え直してはくれませんか」
「またそれか。僕は、僕が選んだ相手と結婚する。それのなにがいけないんだ」
「だそうですよ。私は婚約破棄の準備をさせてもらいますね」
「ああ。頼む」
「はい」
「じゃあ、僕はこれから用事があるんだ。君は帰ってくれ」
「はい」
こうして、私は、念願の婚約破棄が出来たのだ。
「よっしゃああああああ!!!」
「お嬢様、やりましたね!」
「計画通りね!あの男、最後の最後まで、失礼なやつだったわ。まぁ、それも許します。まったく自分から呼び出しておいて、婚約破棄をしておきながら「じゃあ、僕はこれから用事があるんだ。君は帰ってくれ」だぁ?お前は、マナーや礼儀を教わらなかったのか?誰かがお前からスポンジみたいにしぼりとったのか?とか言いたかったけど、最後だから、言わなかったわ。あーーーーーー。まじ最高。あの執事の顔もまじ笑える。はは」
「旦那様や奥様にもお伝えしませんとね」
「いいえ。まだよ。あの腹黒執事のことだもの。ごまかされたり、手を打たれては面倒だわ。あの男が、大々的に周りにアピールしてもらわないと困るの」
「では、今度のパーティに出席されるのは」
「ええ。あの男に声を大にして、言ってもらうわ。幸い、向こうの新婚約者様は、私のことが大嫌いみたいだしね。あんなに嫉妬まるだしにして、見ていて恥ずかしいくらいだもの。きっと、私たちが、婚約破棄したことに喜色満面でやって来て、マウント取ってくるに違いないわ。それを狙いましょう」
「あぁ。すっごく見たいです」
「最大のショーよね。問題は、私も目立ってしまうってことだけど、仕方ないわ。これも円滑に婚約破棄するためだもの」
「ええ。早く婚約破棄して、あの男とは手を切りましょう」
「まさか向こうから婚約破棄してくれるなんて、ほんとう儲けものよね…」
それにしても運命の相手だなんて、笑えるわ。
今時、そんなの信じてるなんて、おめでたい男ね。本当。
その運命は仕組まれていたのよ。
あなたの運命の相手は、あなたの地位やお金に釣られてやってきたことに一体いつ、気づくのかしら。
2
「お美しいですわ。お嬢様… …普段もこのくらい気合いを入れて下されば、もう少し印象も違いますのに…」
「だって、面倒なんだもの… …それにしても、レオのやつ、どっから聞きつけたのかしら…婚約破棄の祝いで、ドレスを送ってくるだなんて、どんな嫌味?」
「それは、レオナルド様がお嬢様のことを…あぁいえナンデモゴザイマセン(黙っていた方がおもしろいわ)」
「なに?」
「イエ。ナンデモゴザイマセン」
「なんなの…」
「それにしてもレオナルド様ったら、ドレスのセンスもよろしいのですね」
「そうね。とってもお金の匂いがするわ」
「お嬢様…」
「なによ。本当のことでしょう?おかげで、こんな気合いの入りまくった格好になってしまったわ」
真っ黒なドレス。それに金糸で縫い込まれた刺繡。露出は多いが、それを下品にならないようにレースが縫われている。黒単色のドレスは、よほど特別なパーティでないと、眉をひそめられる。黒は、葬式の色というイメージがあるからだ。
「まったくこのドレスを着るためにダイエットさせられるだなんて思ってもみなかったわ。まさか…遠まわしな嫌味?」
「どうでしょうね。頑張った甲斐もあって、素晴らしい出来栄えです。これで、あの元婚約者コンビをぎゃふんと言わせましょう!」
「言わせるのは、婚約破棄の6文字よ」
「案外、このお嬢様の姿を見て、考えを改めるかもしれませんね…」
「それはないでしょう」
意気揚々とパーティ会場に向かう。
両親は、気合いの入りまくった私の姿を見て、少しだけ驚いていたが、婚約者に会えるのが楽しみなのね。という勘違いを起こしているのか、なにやらほほえましい顔で、私を見つめていた。
溺愛という言葉が、似あうほど、両親は私を大切に育てていた。
そんな娘が、公衆の面前で、婚約破棄されたらと思うと…少しだけ罪悪感がわいてしまう。二人には、私のことで迷惑をかけたり、心配してほしくないのだ。これまで、大切にされてきた自覚がある。
だから、父が持ってきた婚約の話も渋々受けたのだ。でなければ、あんな男と私が結婚するものか。
あの男の両親も両親だ。父の優しさにつけこみ、お金がなくて、妻も息子も食べさせてあげることが出来ない…だなんて、わざとらしく泣きついてきて、惨めにもほどがある。
母と私を愛している父は、その言葉にいたく同情して、融資をしたのだ。
その結果がこれ。
私たち家族を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
貴方たちのその、おごり高ぶった化けの皮を剥がすから、待っていなさいよ。
3
「あら。レオナルドごきげんよう」
「… … …」
レオナルドは、私の格好を見て5秒ほど固まると「まぁ。いいんじゃないか」と呟いた。
「貴方がくださったドレスですもの」
「そうだな。…ああ。まずは、婚約は…」
私は、婚約破棄おめでとうという皮肉を言おうとしたレオナルドの口を手でふさぐ。
「な、なななななにをする」
レオナルドは、私の手をバシッと払いのけた。顔が赤いけど大丈夫かしら。酸欠になるほどの時間、口をふさいでいないはずだけど。
「破廉恥な!」
「そこまで言う?それより貴方も言葉は慎んでいただきたいわ。まだ知られていないのよ」
「そうなのか?」
私たちは、場所を変えるため、人気のない裏庭へと歩き出した。
「ここはいつも静かね。こんなに素敵な庭園なのに…」
「庭園が主役のパーティではないからな」
「花を愛でるより人の顔色を愛でるほうが面白いのは、確かだけど」
「君、本当に趣味が悪いな」
「花と同じで、変化が楽しいのよ」
「だから、趣味が悪い」
「それより貴方の方こそ、どこから聞きつけたの?」
婚約破棄を告げられて、次の日には、ドレスが送られてきたのだ。あれは、本当に驚きだった。婚約者の家にレオナルドの使用人がいて、盗み聞きしていたとしても、ドレスが届くのが早すぎる。
「君に婚約破棄を伝えるよりもっと前に、僕に君の元ご婚約者様が、自慢しに来たのさ。運命の相手と結ばれることになったから、彼女とは別れるとな」
「あらそう…あの人、もしかして既に色々な人に言いまわっているのかしら」
「さぁな。ところで、君は新しい婚約者は見つけたのかい?」
「まだ正式に破棄を宣言してないんだから、新しい婚約者もないわよ」
「そうか…見つけるご予定は?」
「当分遠慮するわ。今回の婚約だって父の顔を立てただけだもの」
「そうか」
「さて、そろそろ戻りましょう。いつまでも婚約者がいる身で、友人とはいえ、別の男性と会っていることがバレたら、面倒だわ」
「友人か」
レオナルドの顔は、少し寂しそうだった。
気のせいかもしれないけど。この男、小さい頃は感情が表に出やすくて分かりやすかったのに大人になって、貴族としての教育を受け、感情を表に出さなくなった。いつも人を見下しているような笑顔か、私はとっても理性的ですみたいな無表情だったのに。
だから、今の表情は、少し珍しい。
「もしくは学友」
「どっちも同じだ」
「そうね」
「君にとって僕は同じということか」
「よく分からないけど、頼りにはしているわよ?」
私がそういうと、いつもの私は理性的ですって顔に戻る。
「そいつは結構。では、君が主役のショー、楽しみにしている」
「ええ。きっと楽しめると思うわ」
4
「そのドレス、本当に素敵ですわね。どこで仕立てましたの?」
「ありがとうございます。このドレスは貰い物でして、今度、どこのものか聞いてみますわ」
「そのリップ、とっても可愛いですわ」
「あぁ。これは、うちの新作ですの。よろしければ、今度、うちのお店にいらしてくださいな。新作の先行販売をしますの」
「まぁぜひ」
「わたくしも参加していいかしら」
「わたくしも」
自分が看板になるだなんて、あまり気が乗らないけれど、仕方ないわ。貴族の令嬢ほど、流行りに敏感なものはいない。お金もたくさん出してくれるし、宣伝効果もばっちりだ。金が金を呼ぶとは、まさにこのこと。費用対効果が非常に高い。
「あら。ごきげんよう。皆様、楽しそうですわね」
「… … …」
「あら?」
「まぁ。ごきげんよう。セドリック。それにアーニャ様も…お二人とも仲が良いのですね…」
声をかけてきたのは、私の元婚約者様セドリックとその新婚約者様アーニャだった。
令嬢たちが、きゃっきゃしてる輪に男の身で入るのは、さすがに気まずいと思っていることが、顔でわかる。
そして、貴族令嬢たちの輪の中心にいるのが、私だということに気づいた元婚約者と新婚約者の顔色が、変わった。後者は、あきらかに私が中心だということが気に喰わないんだという顔をしている。だめよ。貴族たるもの、表情をすぐに出しては。はしたないわ。
…ふふ。嫉妬の顔で、美しい顔が崩れるというのは、いつ見ても楽しい。ええ。私は趣味が悪いの。悪い?
セドリックは、この前、うちで仕立てたスーツをさも自分で仕立てましたという風に着ているが、とても面白い。婚約破棄した女の店で、その女が金を出して作ったスーツをよくまぁ着れますこと。確かにスーツに罪はありませんけどね。
私だったら、絶対にごめんですけどね。
アーニャは、いつものようにドレスの趣味が悪い。
デザイン次第ではいくらでも上品に美しく出来るだろうに、金も店もケチっているのか、子どもじみたドレスを恥ずかしげもなく、着れるのはある意味才能だと思う。
白のドレスは、黒のドレスと同じく公の場で着ていくには、少し勇気がいる。白は花嫁衣裳のイメージが強いからだ。
… …ま、まさか、もう私は、花嫁だという気持ちで、そのドレスを着ている…とか!?
だとしたら、本当になんといったらいいのか…。厚顏無恥を地でいっているとしか思えない。面白過ぎる。それにその頭やらドレスやらについているいかにも安っぽい造花が面白すぎて(笑)。いえ、笑ってはいけないわ(笑)…耐えるのよ…(笑)(笑)(笑)。
その…頭の花はなんなの… …私の頭はお花畑っていう主張なの…?あぁだめ。私、やっぱりこの子、好きだわ。面白すぎる。関わり合いになるのは、厄介だから(実際、婚約者をとられてるし)ごめんこうむりたいのだけど、見ていて面白すぎるから、遠くから見ていたいわ。
他の令嬢は、驚きと困惑でざわついていた。それもそうだ。私の婚約者であるにも関わらず、他の令嬢と腕を組んでいるだなんて、信じらない行為だ。紳士の風上にもおけない。それが、上流貴族であるなら、なおさらだ。貴族社会は、品位だとかそういうものを殊更大事にする。紳士というものは、モラルの話なのだ。
公私混同は、一切しないというのが、常識であるこの世界において、二人の行動は悪い意味で、目立っていた。
二人とも周りの目が気にならないのかしら。
レオナルド含む男性陣の冷たい目線を。
結婚する前から、愛人を持つだなんて、よほどの例外でなければ許されないもの。
良かったわ。レオナルドに伝えていたから、他の殿方にも伝えていたのかと思っていたけど、違ったのね。良かったわ。本当に貴方が愚かで可愛いお坊ちゃんで。
私、これであなたからすべてを取り返すことが出来るんだもの。
5
「…セドリック」
私は、出来るだけ「その女はだれ?その方が運命の相手なの?」と思っているのが伝わるように、表情を作って、セドリックを見つめる。
男は、ただボケッとして私を見つめる。
…どこまで通じているか心配になる。
反応がない。なにを考えているの?この男。
私の表情が、少し芝居がかっているせいかしら?
「わざとらしすぎて、滑稽に見えますわお嬢様」という声がどこからか聞こえる。うるさいわね。私は女優じゃないのよ。お芝居の稽古なんて、貴族令嬢の教育に組み込まれていませんのよ。
「セドリック?」
黙り込んでいる隣の男を不審に思ったアーニャが、声をかけた。
そして、セドリックの口が動いた。
「きれいだ」
「「は?」」
「とってもきれいだよ。君の姿、まるで夜空を彩る星のようだ。このパーティの中でもひときわ輝く一等星だね」
「…はぁ。どうも」
すっかり楽しい気持ちだったのに、目の前の男の言葉で急に冷静になる。
「そのドレス僕、見たことないな」
「ええ。今日が、初めてのお披露目ですから」
「とっても似合ってるよ…すてきだ」
「どうもありがとうございます」
呆れて、言葉も出ないとはこのことかしら。
未だ惚けている婚約者に苛立ったのか、隣に立つパートナーとしての嫉妬からなのか、アーニャの顔は、まるで般若だ。
「ところで、今日は皆様にお伝えしたいことがありますの」
場を自分たちの空気に持っていくつもりなのか、強引に話に割り込んでくる。
良かったわ。もしかして、婚約破棄のことを忘れているのか、一瞬不安になってしまったじゃないの。アーニャさんたら、気が利くわ。
「え?」
「まぁ。なんですの?」
注目が、自分に集まっていることに自尊心や優越感がくすぐられるのか、先ほどまで浮かべていた般若の顔は、どこへやら今は、舞台に立つ大女優ばりの大仰なしぐさで、高らかに宣言してくださった。
「私たち、婚約します!」
場が凍る。
その空気に気づかないのか、彼女は続けて叫んだ。
「私、アーニャ・ストレトスは、セドリック・オーガストンとの婚約をここに発表します」
事態を把握できていない皆さんを助けるようにレオナルドが、代表して聞いてくる。
「どういうことだ?セドリックは、リリア嬢と婚約をしているはずだが」
「ですから、そこの二人は婚約破棄をしました」
「え」
また、空気が凍る。
アーニャさん…貴方…本当に…、本当に最高だわ。
これでは、貴方が婚約者を奪ったみたいな見方をされてもおかしくないわよ。どこに自信満々に私が、婚約したからあんたたちは婚約破棄よと叫ぶ女がいるんだ…ここにいますけど。
あぁ。本当に大好きよ。アーニャさん。私、あなたのファンになりそう。
6
「その話は、本当か」
「っ!はい。事実です。僕たちは真実の愛を見つけました」
運命の相手の次は、真実の愛ですか。
周囲の令嬢たちを見ると、皆さん、ここが永久凍土の地か?というほどの空気だ。口元は、笑っているが、目は絶対零度になっている。
皆さん、真実の愛だとか、運命の相手だとかそういう単語が、大好きだから、今回もてっきり二人を応援する令嬢が出てくるかもとか思ったら、案外現実的なお嬢様が多いらしい。
まぁ、二人の格好もそれに拍車をかけているもの。
片方は、まるで花の妖精… …舞台は舞台でも、まるでお遊戯ね。…。
… … …。
… … … … …だめ…私…もう…、… … … … …笑いをこらえきれない。
口元を覆い、下を向く。
「ああっ!リリア様!」
「しっかりなさって。お気を確かに」
「かわいそう。かわいそうだわ」
震える肩は、笑いをこらえるためだ。
それを勘違いして、慰めてくれるご令嬢の優しさが、申し訳ない。
申し訳ないけど、笑いは止まらない。笑ってはいけない時ってどうしてこう、笑えてきてしまうのかしら。ええい、ここはグッと我慢するの。
「だ、大丈夫ですわ…。みなさんご心配をかけてしまって申し訳ございません…セドリック」
「その方が、新しい婚約者なのね」
「ああ。彼女が、運命の相手だ。君には、申し訳ないが、婚約破棄をさせてもらう」
よっしゃああああああ!!!
言質とったどおおおおお!!!
…なんて、思っていることは意地でも見せない。
だって、私貴族令嬢ですもの☆
「そ、そうなのですね…わかりました。貴方の言葉通り、手続き諸々こちらでやらせていただきますわ」
「なっ!?」
顔色を変えたのは、そちらの両親だ。
当たり前だろう。
色々とお金を工面してもらったり、今でも何かとあれば、お金の催促がうるさいくらいなのだから、さぞかしお金に困っている生活をしているに違いない。
それなのにこちらが婚約破棄をしてしまえば、もうお金を貸す義理もなくなる。それが困るのだろう
しかも、婚約破棄の手続きをこちらでするということは、どんなことを要求されるのか、全く分からない。さぞかし、恐ろしいのだろう。
まぁ、そんなことこっちは知りたくもないが。
にやにやと笑いながら、こちらを勝ち誇った顔で、見つめてくるアーニャさんには、悪いけど貴方が今乗ったのは、泥船なのよ。きちんと調べればわかったでしょうに。変なところで、ずぼらよね。まぁ、貴方のドレスと髪型を見ればわかるわ。
私のやっかみもあったのでしょうか。
なにかと私に突っかかって来ては、マウントをとりたがっていたから。
どうして私だったのかしら。
他にも裕福な令嬢は、山ほどいるのに。…もしかして、私なら、容易く勝てると思ったのかしら。まぁいいわ。聞くこともないだろうし。
どうでもいいもの。
それよりこれから大変ね。やることがたくさんあるわ。あぁ、楽しみ。
7
「ねぇ…いま、どんな気持ちですの?」
「え?」
アーニャさんの言葉で、再び、周りの空気が凍る。
「私に婚約者とられてどんな気持ち?ねぇねぇ。いつもすました顔しちゃって、気持ち悪かったのよ。貴方」
「… … …」
これ、公の場で言うセリフではない。
もっと、こう裏とか、人がいないところで言うセリフだわ。
すごいわ。この子。本当に感情だけで生きているのね。
「か、悲しいですわ…」
「まぁ、仕方ないわよ。私の方が可愛くて魅力的だもの。ねぇ。セドリック」
「あ、あぁ…」
自分で言えるのか…すごい自信ね。
「そんなことはない。彼女だって、魅力的だ」
「え?」
「きゃー!レオナルド様!」
レオナルドが、隣に立っていた。
い、いつのまに…。
周りの令嬢は、色めき合って、騒いでいる。
レオナルドって、人気があったのね…。知らなかったわ。そんな様子見せたことないし。そういえば、彼のことで色々聞かれたことがあったわね。どうしてか分からなかったけど、そういうことだったのね。
「ア…あなたは…?」
「貴方に名乗るほどの者ではございません」
遠まわしにお前に名前を名乗りたくないと言っているようなものだけど、たぶんアーニャさんには伝わらないわよ。
「私の名前は、アーニャです。アーニャ・ストレトスと申します」
ほら。名乗り出た。
「…私は、レオナルド…レオナルド・ダヴィッチです」
「まあ。レオナルド様。お名前もかっこいいんですね…」
「… … …」
いやいやいや。この子、目移りしすぎでしょう。
周りの顔を見て。ドン引きしてますよ。
「ごほん!それじゃあ、アーニャ。私たちもそろそろ行こうか」
「いやよ!」
「え」
「私、まだレオナルド様とお話ししたいわ!ねぇ。ご趣味は?好きな食べ物はなんですか?私、こう見えて料理が得意なんです。だからなんでも作れますよ」
「… … …」
凄い。
本当にこの子は、すごい。
「いえ。私は、結構」
「え?でも…」
当たり障りのない答えを返すレオナルドにしては、珍しく断ったわね。
まぁ、さすがにね…見知らぬ女性の手料理をふるまわれたところで、食べられるわけもないわよね…。
「私は、友人が心配で来ただけですから。私も彼女と失礼させてもらいます」
「彼女?」
「リリア。今日は、色々と疲れただろう。君の両親が心配していて、君を連れ出してくれと頼まれたんだ」
「まぁ。そうでしたのね」
「確かにリリア様は…お疲れでしょうね…」
「私たちのことは気にしなくてもいいですわ。早くお休みくださいまし」
「それではありがたく。みなさん、後でぜひうちの店に遊びに来てくださいね」
「ぜひ」
「喜んで」
「… … …」
あれだけ色々とあったからか、皆さんお優しい。
まぁ、婚約者の目の前に新しい婚約者を連れてくるだなんて、非常識ですものね。
優しく見送られる中、一人だけ般若みたいな顔が混じってる。
貴方…隣に貴方の運命の相手で、真実の愛を一緒に見つけた婚約者がいるでしょう…。
8
「ありがとう。レオナルド」
「礼には及ばないさ。しかし、…あんな規格外な令嬢がいるとは驚きだな」
「ええ。女性にも色々といらっしゃいますのよ。お勉強になりましたわね」
「世界は広いな…」
「貴方もこれから色々な女性と出会うこともありますし、大変でしょうね…」
私の場合、たまたま婚約者が厄介な女性を連れてきてしまったというだけだ。
女性に言い寄られる機会があるという点で、これから私よりも女性で苦労されることが多くなるだろう。顔が良くて、家柄が良いというのも苦労するわね…。と、私が憐れみの表情を浮かべているのが、癪なのか、気に障ったのか、レオナルドは少し拗ねているようだ。
「まるで他人ごとだな」
「面倒事はごめんです」
「君は、助けてくれないのか?」
「助けが必要で?」
「… …必要。と言ったら?」
「善処しましょう」
「例えば?」
「たとえば?…そうですねぇ…」
助けが必要になる事態というのは、どんな時だろう。
…レオナルドのことだから、複数の女性に言い寄られているところとか?…いつものことじゃない。
厄介な女性…今回のアーニャさんみたいな女性に絡まれていたら?…私が行ったら火に油を注いでしまうことになりますね。ふむ。なかなか難しい。
「難しいですわねぇ」
「なに。ずっと隣にいてくれればいいさ。それだけで僕の助けになる」
「ずっと隣に?」
それって、パーティーでずっと隣にいて、助けてろってこと?
「秘書になれと?」
「どちらかというとパートナーになってほしい」
「パートナーですか…」
… … …。
これは、私、もしかして…。
「あの」
「リリア!!!」
「…迎えが来たか」
「レオナルド君!ありがとう。まさかうちのリリアが婚約は…うっ!」
「お父様…」
先ほどの光景は、よほどショックだったのか胸に手を当てている。
当人より、よほど精神に来てるじゃない。婚約破棄の一つや二つ、そう珍しいことでもないでしょうに。
「私の役目も終わったようですね。それでは、私はこれにて失礼させていただきます。…リリア」
「は、はい?」
「良い返事を期待してる」
「は、あ、…え?」
去っていくレオナルドの後ろ姿を家族で見守る。
私は、婚約破棄を持ち出されたときやセドリック、アーニャさんと話したときより、混乱している。
レオナルドは、私にパートナーになってほしい?
仕事の?…いえ、隣に立っていてほしいということは…人生の?
「いい男だな。彼は」
「本当ね…セドリックのことは残念だったわね」
「全くだ!まさか頭にお花を乗っけているお嬢さんを連れてくるとは、思わなかった」
「ぶふっ!」
お父様の言葉に思わず、噴き出す。
あぁ。もうどうでもいいわ。
色々考えて、今日は疲れた。
少し休んで、また頑張りましょう。
そして、セドリックの件が片付いたら、考えればいいわ。
レオナルドもそれくらいは、待てるでしょう。
「お父様」
「うん?」
「私、頑張りますね!」
9
遠くで、誰かが叫んでいる。
ここまで届くなんて、よほどのことなのね。
…まだ寝ていたいのに。まったく。誰なのかしら。躾が行き届いていない…あとで、執事長に…。
… … …。
私は、二度寝をしてしまったらしい。
次に目が覚めるとお昼に近い時間だった。
―がちゃ。
「あら。お嬢様。お目覚めでしたか」
「今、起きたところよ」
「でしたら、ちょうどよかったですわね。お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
ふわぁ、とあくびが漏れる。
最近、連日で書類の作成や役所に届け出を出したりと、なにかと忙しかったから寝不足で朝起きるのがつらい。
「おはようございます。お嬢様」
「…おはよう」
「今日は、久しぶりにゆっくり出来そうですわね」
「ええ。一日予定がないなんて、久しぶりだわ…あぁ。そうだわ。今日の朝、なんだか騒がしかったけど何があったの?」
「…起きていらしたのですか」
「あまりにも騒がしいのだもの。そのあとすぐに二度寝してしまったのだけど…」
「そうでしたか。お嬢様が気にすることは何もありません。少し使用人の間でトラブルが起きまして…こちらで対処できる問題でしたので、わざわざ報告する必要はないかと思い…お休みの邪魔をしてしまい、申し訳ございません」
「そうだったの。貴方たちが、あんな大声を出すだなんてよほどのことだと思うけど」
「躾が行き届いていないものがおりまして、少し手こずりましたが、ご心配には及びません。今後は、こんなことがないよう徹底いたします」
「私は大丈夫だけど、手は貸せるわよ?」
「いえ。お嬢様をわずらわせることは、一切ございません」
「そう…」
彼女が、ここまで言うなら、問題ないか。
「今日は、久しぶりにあそこのカフェでお茶がしたいわ。ついてきてくれる」
「喜んで」
扉が叩かれた。
「どうぞ」
「お嬢様。おはようございます」
「おはよう」
「お話し中、申し訳ございません。少し、彼女をお借りしても?」
「構わないわ。じゃあ、3時にはつきたいから…そうね。2時に出発いたします」
「かしこまりました。それでは、この場を失礼させていただきます」
なにやら慌ただしく部屋を出ていく二人を見送る。もちろん、所作には出ていないが、表情がいつもより切羽詰まっている。
よほど、手のかかる新人が出来たらしい。
「彼女も大変ね。お父様に少しお給料の見直しをしてもらうように言おうかしら」
なにかと助けられることもある。
今更、お給料を上げて、向上心や忠誠心が上がるかもわからないが、楽にわかりやすい形で、感謝を伝えられるのが、お給料の額だと、私は思っている。
「今度、お父様に伝えてみましょう」
10
「今日は、本当にいい天気ね」
「そうですね」
「手続きも終わったし、これで後はのんびりすることが出来るわ」
「パーティには、出席されないのですか?色々な方から、お声がかかっているでしょう」
「ええ。まぁ。うちのお金目的の方がね…」
うちは、階級がそこまで上の方ではないから、声をかけやすいのだろう。階級が、自分の家と比べて、下であるかどうかを気にしている貴族というのは、少なくない。
階級は、あくまで家の階級だ。それなのに自分が偉いと勘違いしている人間がどれほど多いことか。代々受け継いできた土地や建物を売っていかなければ、立ち行かない状態であるにも関わらず、貴族としてのプライドは、あほみたいに高い人間が多い。
おかげで、こっちは、高貴な血筋の仲間入りをさせてやるから、お前たちの金をよこせと遠まわしに言ってくる殿方が多いのなんの。
「お金持ちって大変よね…」
「ないよりは、ましかと」
「それはそうね」
貴族の結婚というのは、色々と面倒だ。
金銭感覚や貴族ゆえの感覚やマナーの違いで、そこらへんから適当に平民とくっつくというわけにもいかない。
もちろん、平民と結婚する貴族はいる。
ただ、女性の場合、お茶会の出席だの用意だのを教えられてこなかった人が、急に出来るわけもなく、苦労することがあるとは聞いている。
「おい!!!どういうつもりだ!!!」
「…セドリック?」
どこから現れたのか、セドリックがそこに立っていた。
「何の御用ですか?」
「僕は、彼女に用があるんだ。そこをどけ」
「無理です。貴方はお嬢様に接近禁止命令が出されています。お嬢様と会わせるわけにはいけません」
「ただのメイド風情が!僕は貴族だぞ!伯爵だぞ!」
「これは、命令であり、法律で決まったことです。貴方は自身の主に逆らう気ですか」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!おい!なんで僕の屋敷を取り上げた!?」
「貴方の所有物ではありませんから」
「僕の屋敷だ!僕に君の両親がプレゼントしてくれた!それなのに奪うなんておかしいだろ!君の家は、屋敷を奪わないといけないほど貧乏なのか!?」
「あら」
朝、聞いた叫び声はこれだったのね。
ずいぶんとぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるじゃない。
奪われてから、初めて自分が立っている場所に気が付くなんて、全てはもう遅いというのに。
「君は嫉妬してるんだな!怒っているんだろ!僕と結婚したかったのに、僕が違う人と結婚したから!だから、こんなことをするんだ」
「違います」
それより人の目が多くなってきた。
ここで争うのは、あまりよろしくない。
「セドリック。貴方とは、また別の日にお話しします。ですから、今は帰ってください」
「そういって、逃げるつもりだろ!そうはいかない。ここで僕にお金を渡すって言うまで、絶対にここを動かない」
「警察を呼びますよ」
「ぼ、僕は伯爵だぞ」
「ルールに従えない人間は、どんな人でも裁けるんですよ。ご存じありません?」
「くそっ!覚えてろ!絶対に取り戻して見せるからな!!!」
なんという捨て台詞。
見事なまでに三流に落ちましたわね。
11
あのカフェでの出会いの後、セドリックを会うことになった。本当に渋々だけど。
そもそも、婚約破棄の際に請求したお金は、すでにそちらの合意のサインをもらった上での取引である。どう言われても書類も手続きも通ってしまった。
すでに何もかもが遅いというのに。今更、何を言うのだろうか。
「来たぞ」
「あら。ずいぶんと大勢いらっしゃって。どうぞ、こちらへ」
セドリックだけではなく、家族総出ときたか。
これは、また…。
両親と一緒じゃないと、何も出来ない、どこにも行けない子どもじゃないんだから。と少し呆れてしまう。こんな人が私の夫になったかもしれなかったと思うと、少しだけホッとする。あぁ。本当に婚約破棄して、良かったわ、なんてそんなこと思う女そうそういないわよ。そう思われる男もだけど。
「それで話って?」
「とぼけるつもりか?」
「なにを?」
「あの高額な請求についてだ!」
「あら。その話?」
「それ以外に君と話すことなんて、何もないだろうが!」
「寂しいこと言って下さるのね。私と貴方はお金だけの関係だったという事ね。…しょせんは」
「う」
なに、後ろめたいみたいな顔してるのかしら。本当のことでしょうが。
「ぼ、僕は…」
「あの。ミラ様、少し私からもよいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「わ、私たちが住んでいた屋敷まで、奪うことはなかったのではないでしょうか」
奪うだなんて、人聞きが悪い。
自分の所有物を返してもらっただけなのに。
「そもそもあの屋敷の名義の名前は、私の父の物でした」
「でも、僕たちの門出を祝うためのものだろう!」
「ええ。そうです。私たちが、結婚したら、名義を貴方に変えるつもりでした。ですが、私たちは結婚しなかった。だから、貴方たち家族は出ていってもらったのです」
「でも、あげたものを返してくれだなんて、虫が良すぎるだろ!!!」
…虫が良すぎるのは、どちらなのかしら。
面倒なことになるとは、思ったけど、こうも面倒だとは思わなかった。
ふう。
少し、息抜きをするために入れてもらったお茶を飲む。
…あら、おいしいわね。最近、よく話すようになった令嬢におすすめされて、買ったけど、これは当たりね。
「少なくとも私の父は、正式に貴方にあげたわけではありません」
「僕にあげる予定だった屋敷なんだから、実質、僕にあげたものだろう。よって、あの屋敷は、僕たち家族のものだ」
うんうん、とセドリックの家族が頷き合っている。
ええ。貴方たちの中では、そういう結論に至ってるみたいですね。
こちらは違いますけど。
「まさか購入した翌日に、私たちに一言もなく、貴方がた家族全員が移り住むだなんて考えてもいなかったので、今の今まで何も言えなかっただけです」
「… … …」
そう。新婚の門出で、購入した屋敷。
本来なら、私とセドリックだけが住むことを想定していたのに、購入した翌日には、彼ら家族がすでに移り住んでいて、驚いたことはまだ記憶に新しい。
こういうところは、耳が早い上に行動が早い。
私たちが、結婚した時に渡すつもりだった父にとっても、これは少し意外だったのだろう。今、住んでも、後から住んでも同じことだからと言われたときは、それをお前らが言うのかと心の中で、叫んだ。
お金も出さないくせに一丁前に偉そうなのは、セドリック家全員に受け継がれたものだったらしい。
万が一のことがあっては、ということで、名義は私の父の名前にしておいて、正解だったわ。
どうせ、結婚するんだから…と、かなり渋られたものの、一応は納得してもらって、その場は収まった。
まだこれは貴方のものではないのよ。という言葉にハイハイ返事してたけど、本当に聞いてなかったね。
「というわけで、あの屋敷は、本来の持ち主である父のもとに戻りました」
「でも…おかしいだろ…」
「本来なら、不法侵入者扱いされてもおかしくはなかったんですよ」
「でも、僕は君の婚約者だ!」
「元、です。そして、仮に婚約者であっても、相手の婚約者の家族が購入した屋敷に勝手に引っ越す権利はありません」
「でも…」
「これ以上の話は、無駄です。まだ続けるというならば、出ていってもらいます」
「… … …」
いい年した大人が3人、黙り込んでいる。
解決策など、何もないでしょうに。
と、思ったらセドリックが何か「ひらめきました!」みたいな顔をして、こちらを見た。
「つまり、君が僕の愛人になればいいんだ」
「… … …は?」
12
君が、僕の愛人になればいいんだ?ですって?
この男、本当に頭おかしいんじゃないのかしら。
「意味が…」
「それはいい!名案だ!そうすれば、私たちも安泰だな」
「素敵なアイデアね。セドリック。さすがは私の息子」
「へへ」
「… … …」
私の意志は?
はしゃぐ馬鹿家族を怒りも悲しみも通り越して、呆れて見つめる。婚約破棄の時も思ったけど、この男、本当に相手の気持ちなんて考えもしてないのね。自分の意見だけ通して、なにかあれば騒ぎ立てる。これが、由緒ある名門伯爵家の姿だなんて、本当に頭が痛い。
この人、道徳の時間とかで、共感性を養ってこなかったのかしら。
…婚約破棄された女が、わざわざ愛人になりたいと思うわけないだろ。本当に愛していたのならともかく…私に愛はない。しかも、私から、愛人になりたいと懇願するならともかく、向こうから言ってくる男がいるなんて…。
「この恥知らず」
「なっ!?」
「小娘の分際で、無礼な!」
「私たちを誰だと思っているの!?謝りなさい」
「御託は結構。もううんざりです。私に貴方がた家族と話す時間は、もうありません。お引き取り下さい。あぁ。そうそう。きちんとご返済よろしくお願いしますね。伯爵家ですもの。蓄えもありますでしょう?」
「… … …そもそも!」
ずらりと、屈強な使用人たちが彼らを取り囲む。
私たちの話を聞いていたからか、みなさんやる気十分で、よろしい。早くこいつらを追い出さなければという使命感が漲っているようです。
取り押さえようとする使用人の手を振り払い、セドリックは叫んだ。
「まだなにか?」
「そもそもなんで僕が慰謝料を払わないといけないんだ!」
「は?」
この人、本当に伯爵家の男なの?
「貴方が原因の婚約破棄ですもの。そりゃあ慰謝料を要求しますよ」
「そんなの話が違う!」
「何の話ですか?」
「離婚したら、女が男に慰謝料を払うんだろ!」
「… … …?」
言っている意味が全然分からない。
どういうこと?離婚したら、理由がどうあれ問答無用で、女が払うとか意味が分からない。
「僕は、君から高額な慰謝料をもらえると思ったから、婚約破棄したのに…」
「意味が分からない」
「慰謝料ってそういうもんだろ!お金があるやつがないやつに払うもんだろ」
「意味が分からない」
「なんで、お前のほうがお金を持ってるじゃないか!なのになんで僕の家から、お金を奪うんだ!お前がやってることは犯罪だ!」
「意味が分からない」
「そんなにお金が大事か!お金が好きか!これだから成金は嫌いなんだ!品位もなにもかも欠けている野蛮人め!同じ貴族だと思われているなんて、虫唾が走る!」
「まぁ」
本音かしら?ずっとそう思われていたのね。私。
穏やかだとは思っていたけど、一皮むけば、こんななのね。
「追い出して」
「!…は、はなせ!僕に触るな!僕は、貴族なんだぞ!」
「おい!やめろ!離さんか!!!貴様の顔は覚えたからな…絶対に牢獄に落としてやる。俺は大臣と知り合いなんだぞ!!!」
「やめて!変態!痴漢!よしてええええ!!!」
最後までうるさい彼らに合掌。
そして、息を吸い、思いっきり叫ぶ。
「もう二度と来るなああああああ!!!」
13
あの後、セドリックたちは自分たちが持っている家財や建物を売ることになったらしい。今では、美術館や博物館の建物として、使われて、新聞に載っていた時は、驚いた。その紙面に偉そうな顔をしたセドリックが載っていて、思わず笑ってしまったけど。
そのおかげで、私が請求した慰謝料も払うことが出来たようだ。
「僕は、より多くの市民たちが芸術と携われるように協力した」「名誉館長なんだ。すごいことなんだ」と自分に言い聞かせるように、周りにもそう言っているらしい。
自分たちの建物を売ることが、どういうことなのか。よく知っている自分たちからしてみれば、なんだか哀れな姿に見えてしまう。
それでもセドリックもその両親もプライドだけは、超一流で、今でも偉そうにしているらしいのだから、これはもう死ぬまで直らないわね。
あの後、私に対して何かをいう事も家に突撃することもなかった。
ただ、私を見つけると、親の仇でも見つけたような顔をして、すごい顔で、睨みつけてくる。…私のせいで、私財を売ることになったとでも思っているのだろう。でも、元々は、貴方が婚約破棄をしたからなのよ。
これで、全てが解決したかのように思えた…。しかし、それはつかの間の安息だったらしい。
最近は、
「レオナルド様ぁああ♡」
「助けてくれ」
アーニャさんは、セドリックと、とっくに別れたらしい。
最近では、レオナルドを追いかけまわしている。
セドリックは、アーニャに慰謝料を請求しなかったのかしら。
彼女、男爵令嬢だし、家もお金がないと人づてで、聞いているから、もしかしたら配慮したのかしら。セドリックも一応は、優しさというものがあるのかしら。それとも見栄なのかもしれないわね。
まぁ、婚約者と別れてまで、婚約したのに、早々と破棄されるなんて、彼もまたついていない。私を見つけると睨んでくるが、アーニャを見つけると、逃げるように去っていくから、もしかしたら、バトルがあったのかもしれない。
「レオナルド様。私と今度お茶しませんか。私の屋敷で」
「い、いや…。君はセドリックの婚約者だろう?そんな女性の家にお邪魔することは出来ないよ」
「私、セドリック様に婚約破棄されてしまったんです…」
「え!?」
「だから、寂しくて…」
くぅん。
という効果音が聞こえてきそうだ。
セドリックの家を傾けた原因の一人でもあるのに、このずうずうしさは、本当に素晴らしいわね。
レオナルドは、助けを求めるように周りを見渡したが、皆顔を背けている。
当たり前だ。
こんな女性に関わりたくもないのだろう。
「レオナルド様がかわいそう…」
「なんとか出来ませんか?」
なぜ私なのかしら?
「だって、貴方ならアーニャさんをなんとか出来そうなんですもの」
うんうんとうなずいている令嬢たち。
ため息をこぼし、私は未だに助けを求めるレオナルドとアーニャさんの元へと歩いていく。
私に気づいたレオナルドが、ぱっとアーニャさんから離れた。
な、なにかしら。
「私には、好きな人がいるので、諦めてください」
私は、またアーニャさんと戦うことになるらしい。
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