赤ワインとフルーツソースのジビエ

 その日、本当に久し振りにワインが飲みたくなった。

 アルコールは体によくなく、胃にも肝臓にもよろしくないから、飲むなら一日一杯までだけれど。ワインはアルコール度数が高い代わりに一杯で満足度が高い。ビールは気泡のおかげでやや軽過ぎて、リキュールやカクテルは重過ぎる。度数が高けりゃいいってもんでもないし、低けりゃいいってもんでもない。


「久々の定時なんだから、ワインおいしい店に行きたいぞぉ……」


 そう呟いていたら、最近できたイタリアンの店が目に付いた。

 まだ出来立てなせいなのか、店はまだ空いているようだった。普段だったら魔法少女の姿で食べに行くけれど、魔法少女姿でワインを飲むのもなあ。そう思いながら中に入っていった。


「いらっしゃいませ。メニューはこちらをどうぞ」

「ありがとうございます」


 お冷やを飲みながら、メニューを眺める。

 今日のおすすめは黒板にチョークで書かれていて、ジビエステーキと書いてあった。最近はジビエがなにかと持て囃されてはいるけれど、実はそこまで食べたことがない。

 猪も鹿も熊だって食べたことないんだよなあ。


「すみません。こちらのジビエステーキって、お肉はなんですか?」

「本日は鹿のステーキになりますよ。ジビエステーキだけですと割高になりますし、ディナーのおすすめコースでご注文したほうがいいですよ」

「ありがとうございます。それじゃあおすすめコースで」

「飲み物はどうされますか?」

「ワインで。赤」

「かしこまりました」


 そう言うと、ウェイターさんはさっさと帰って行った。

 最初に出てきたのはサラダで、ルッコラとサーモン、レタスのマリネ風だった。さっぱりしていておいしく、「お待たせしました。ワインです」と出された赤ワインとも意外と合った。

 赤ワインは渋みがきついから肉との相性がいいとは言われているけれど、渋みがそこまでないのだったら魚料理とのほうが相性がいいし、逆に渋みを旨味に変えるほどに熟成しているものは、デザートワインとして飲んだほうがいい。

 ワインの名前はあんまり覚えてないほうだけれど、このワインはオードブルから一杯でゆっくり全部のメニューを堪能できるようなものを選んでるんだなあと感心しながらちまちま飲む。

 次に出されたスープはレンズ豆のスープで、豆の味が濃い。とろみがついているのは形が溶けるまで豆を溶かしたせいだなあ。こういうのは、家でつくれる! というレシピでもなかなかつくれない。ミキサーで攪拌させるのとはまた違うもんなあ。

 そこまでのんびりと食べていたところで、プンと甘い匂いが漂ってきた。


「お待たせしました。ジビエステーキになります」

「わあ……?」


 それを見て私はかなり困惑した。

 葡萄がこんもりと乗っている中に鹿肉が存在しているのだ。フルーツソースで食べるの? 鹿は初めて食べる私にとって、どれが正解かわからないまま、恐る恐るナイフとフォークを突き立てた。

 食べてみると葡萄は程よく果汁と肉汁がブレンドされた極上のソースになっているし、肉と一緒に食べると、甘み以上に旨味が際立つ。

 酢豚に入っているパイナップルって賛否両論あるけれど、これは意外とありな食べ応えだ。私はそれを夢中で食べている中。


「ナナ様ぁー!」


 いきなりリリパスが飛んできて、私はぎょっとした。


「ちょっとリリパス……今食事中で……」

「おいしそうなもの食べてらっしゃいますね! だからこそ闇妖精が現れましたよ!」

「えっ……」


 私はジビエの肉を見る。

 ……まだ半分しか食べてないんだから、これを丸々残すのはあまりに忍びない。私は仕方なく、肉を半分に切って、半分を有無を言わさずリリパスの口の中に突っ込んだ。

 残りの半分は口の中に無理矢理放り込み、赤ワインを一気飲みして流し込む……体に大変に悪い飲み方だし、肉汁と赤ワインは美味いなあと、喉苦しいが同時に責め立てた。

 私は「お支払いします!」と声をかけてお金を現金払いで済ませると、慌てて走って行った。


「カレイドスコープ。オープン!」


 そのまま駆け出す。


「それにしても、最近本当に闇妖精出過ぎじゃない? しかもなんか凶暴化しているし」

「飽食もですが、なにやら荒れている事情があるのかもしれません」

「荒れてる事情……」

「食べたいって食欲が凶悪化したことも一因かと……」

「……なあるほど」


 それは少しわかるような気がする。

 残業三昧でカフェインドリンクをがぶ飲みしまくって体を壊した私みたいなのもいるし、仕事に疲れて食事をつくる気力がなくなって栄養剤とサプリメントだけで済ませる人だっている。

 残業以外にも家事を教わってない子が、共働きでも外で食事を買いに行けないとか。

 そもそも最近物価が上がり過ぎて買えないとか。そりゃもういろいろ。


「それじゃあたしかに、闇妖精だって凶悪化するよね……」

「はい……」

「可哀想だけど、でも倒すよ」

「それはもちろんです」


 お腹が空いて悲しい気持ちはわかるけれど、それで人を襲っていいことではないから。

 見えてきたのは、闇オーラのせいで毛が逆立って狼のようになってしまった犬……まるでフェンリルみたいな強大な闇妖精だ。


「ガルルルルルルルルッ!」


 バチンッ! と尻尾を振るった途端に電気が弾ける。

 途端に周りから悲鳴が上がる。最近はどこも電柱は地面に埋められているとはいえど、こんなにバッチンバッチンと電気を暴走させていたら、その内どこかのビルに当たる。

 病院とかに当たったら大惨事だ。


「いい加減に、しなさあい……!!」


 私はひとまずカレイドタクトを振り上げて、脳天目掛けて殴りかかろうとするけれど、フェンリルが嘶くと、途端に雷光がほとばしる。

 こんなものいちいち当たってたらこちらだって身が持たない。


「もう! なんなのあのフェンリルは!」

「雷は厄介ですね……あれは当たればひとたまりもございません」

「リリパス、飛び道具で攻撃は……」

「雷より速く到達しなければ意味がないかと」

「それって無理ゲーじゃない?」


 雷より速く走れる魔法少女って、どんな魔法を使えばいいんだ。

 たしかに私の魔力の色は風だけれど。風をどれだけ使えば、雷より速く走れるのか。私がさんざん悩んでいたら。


「なんでぇ、今日はずいぶんデカい狼がいるじゃねえか」


 こちらに飛んできたのは、テンカさんだった。立ち方が仁王立ちで勇ましい。


「テンカさん……」

「はい、テンカ様! 雷を落としてくるため、攻めあぐねているんです!」

「なるほど。あんなもんにいちいち当たってたらキリがねえもんなあ」

「どうしましょう……。私の魔法は風なんで、風を纏って雷を避けて攻撃ってのも考えたんですが……」

「そりゃ無理だろうな。風だと雷光より速く走れない」


 光のほうが風より速いのは自明の理だ。でもどうしよう。

 私がうーんと腕を組んでいると、テンカさんが腕を組んだ。


「んじゃあ、俺が囮を買って出て、その間に狼のドタマぶち抜くってぇのはどうだい?」

「ええ……でも、囮って……」


 そもそもテンカさんの魔法は火で、どう考えたってフェンリルをどうこうできるもんじゃない。でもテンカさんは怯まない。


「火の玉ぶつけてやって風でうろうろされたら、さすがにやっこさんも集中力切らすだろうさ。その間にドタマぶち抜きゃいい」

「言い方ぁ……でも、わかりました」


 たしかにひとりで対処するより、どちらも誘導しまくって気が散ってくれたら、その間に闇オーラを吸収することができる。

 なによりこれ以上町に被害を出さなくっていいだろう。


「それじゃあ、よろしくお願いします」

「おうよ、そっちも頑張りな」

「はいっ」


 私は風を足に纏わせて、そのままビュンッと飛びはじめた。普段も魔法少女になったおかげで体は軽くて走りやすいけれど、魔法の補助を受けたらもう体が雲になったかのように軽やかだ。

 そのままビュンビュン飛び回っている間に、テンカさんはカレイドタクトを銃のように持ち替えてフェンリルを狙いはじめた。


「ガウゥゥゥゥ!」

「おっと、そっちにゃ行かせねえよっ!」


 火の玉がタクトからゴウンゴウンと放たれる。

 ぶすつく匂いの中、私はフェンリルがテンカさんに向けて雷を放とうとする。その一瞬をついて頭にタクトを振り上げた。


「だから、雷落とすの、やめなっさああああい!!」


 足に纏わせた風の魔法をタクトに回し、タクトに風圧を込めて、一気に叩き下ろす。


「カレイドウィンディーアタック!!」


 要は、ものすっごい風圧でぶん殴って、なんとかフェンリルから闇オーラを吸収して終わったのだった。

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