たまにはキッシュを焼いてみる
野菜は高いけれど、たまにはセールがあることもある。
近所のスーパーには定期的に産地直送の車がやってきて、スーパーの敷地内で野菜の大売り出しをしている。そこで「うわあ」と声を上げた。
ほうれん草。なんにでも使えるほうれん草。ほうれん草が安い。たくさん買っておいて、茹でて小分けに冷凍させておけばずっと食べることができる。
私はうきうきとほうれん草を買うと、ふと思いついて冷凍庫の近くに行ってみた。
「さすがに安くないかあ……」
折角ほうれん草を買うのだから、キッシュを焼いてみようかと思ったものの、本日はあまりパイ生地が安くない。どうしようとかなと思っていたら、冷凍庫近くのパンコーナーが命に入った。ちょうどパンが賞味期限切れ間近で半額になっている。
これだ。私はそう思い立つと、パンを買い、卵とベーコンも買って帰ることにした。
生クリームは高いから買わない。家にある牛乳で充分だ。
家に帰ると、早速ほうれん草のラベルをむしって根っこを落とすと、それを茹でて小分けに分けた。
味噌汁の浮き実、うどんやパスタの具、レンジでチンしてマスタードとマヨネーズと混ぜてパンに載せてオープンサンドでもいい。
久々の新鮮な野菜にうきうきしていたら、「ミュミュウ?」と困った顔でリリパスが顔を出してきた。
「あら、いらっしゃい」
「今日は麦茶じゃありませんの?」
「さすがにほうれん草と麦茶はちょっと合わないかな」
「ミュミュウ? 葉っぱ?」
「ほうれん草ね。今は今日使う分以外は茹でて冷凍させてるところ。ほい終わり」
これだけほうれん草あったら困らないだろう。しばらくは食べ放題だ、やったあ。
そう思いながら残ったほうれん草を見つめつつ、「よし」とベーコンを拍子切りに切りはじめた。リリパスは不思議そうな顔をしている。
「これはなんですの?」
「キッシュを焼こうかと。前に見たフレンチの先生がやってたパイ生地を使わない奴」
「きっしゅ?」
「フランスの郷土料理らしいよ。今だったら、三時のティータイムのおやつの中にひと切れくらい入ってるかなあ」
そんなことを言いながら、私はベーコンを炒めはじめた。香りがある程度出てきたら、茹でたほうれん草と混ぜて、塩胡椒で味を調える。
卵を溶いて牛乳と混ぜ、出来上がった卵液に、少し冷ましたベーコンとほうれん草を混ぜる。これで具ができた。
次は買ってきた半額セールの食パン。それの耳を落として、三枚くらいをフライパンに入るくらいの大きさに並べてから、ラップで挟んで麺棒で伸ばす。
それらを怪訝な顔でリリパスは眺めていた。
「ぺっしゃんこですけど……」
「こうしないと伸ばせないからねえ」
フライパンにクッキングペーパーを敷いたら、その上にパンを敷き詰めて、器上に形を整えてから、卵液を流しかけて焼く。卵液がある程度固まったら出来上がり。
パンの香ばしい匂いと卵液の中のベーコンの香りが、食欲をそそってきた。
「ミュミュウ……」
「今日は食べたい気分だったからだけど、普段こんなに手の込んだこと滅多にしないから」
元気がなかったらキッシュなんて焼けないし、食べられない。最近は魔法少女活動のおかげで胃の負担が大分薄まってきているから、ようやっと食べれそうなんだ。
焼き上がったキッシュをフライパンの中で包丁で切り分け、リリパスの分もお皿に入れてあげながら、私も昼ご飯分を持ってきた。
「うん。キッシュは本当はパイ生地が一番おいしいんだけど……やっぱりパン生地のもおいしい。ピザもなんだかんだいってパン生地のが一番おいしいもんなあ」
「そうなんですの? ……おいしいですぅ」
「そういうもんだよ。さすがに今日はピザ早く元気ないからつくらないけど」
余ったパンの耳は、まとめて取っておいて、おろし金で削ってフライにでもしようかなあ。お菓子もつくれるけど、つくりたい気分だったらつくろうかなあ。
のんびりとキッシュを食べ終え、残った分は今晩の夕食にしようとラップをしていたら、リリパスの耳がピクンと跳ねた。
「ナナ様! 闇妖精です!」
「最近多いね……なんだかんだ言ってブログも続けてるのになあ」
「飽食の影響なんでしょうね。場所はそこの住宅街です!」
「……休みの日の住宅街はまずいんじゃないかな」
私はベランダに出ると、リリパスの出してくれたカレイドタクトに手を伸ばす。
「カレイドスコープ、オープン!」
食後の運動として、こうして真昼に魔法少女に変身して出動することとなった。
今日は特に食べたいものがないから、財布はいいかと思いながら。
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