もうひとりの魔法少女
休みの日で、花見シーズンのせいか、どこもかしこも人通りが多い。
当然ながら、「キャアアアア!」という悲鳴と、「逃げろぉぉぉぉ!」という怒号も。そして空気を読まず安全圏をキープしてスマホを掲げるものも「なんか撮れない?」と首を傾げる人たちも、皆大勢いた。
闇妖精も妖精オーラのせいで、カメラも動画も使えないのは魔法少女とおんなじらしい。
「なにこれ、なんか怪獣映画みたいな大きさになってる!?」
「闇妖精を大きく強くしているのは、人の淀みです。おそらくは花見のせいで、飽食が刺激されてしまったのでしょう」
「なるほど……酒の入ったときのご飯っておいしいもんなあ」
魔法少女が言うべきことではない。
最近は火事対策でバーベキューセットや火種関連持ち込み禁止の公園も増えている中、それでも手を変え品を変え、酒と酒の宛をじゃんじゃん持ってきて花見を楽しむ人は多い。
そりゃ飽食が刺激されてしまうわ。お酒が入ると、本当になんでもおいしく感じるもの。
「でもこれ、この大きさじゃカレイドスコープオーラじゃ全然足りないし……」
「地道に殴り続けるしかございませんっ!」
「ですよねえ……」
幸いというべきか、皆が皆逃げてくれて、桜が舞う中、公園も人がいなくなってしまっている。
一方公園の外からスマホを向けられる程度には大きくなってしまった闇妖精。気のせいか真っ黒な象に見える……これいったいなんの闇妖精だ?
とにかく私はカレイドタクトを構えると、大きく跳躍した。
「いいから、大人しくしなさあああいっ!」
スパァンッ、と大きく殴りかかるけれど、闇妖精は「パオオオオオオンッ」と鳴くばかりで、全然弱ってはくれない。
むしろこちらをブルンッと大きく鼻を振って吹き飛ばしてきた。
「ギヤアアアアアア」
いつもはここまで大きく反撃を受けたことがないのに!
体が大き過ぎるし、これ本当にどうしよう!?
吹き飛ばされた先が公園の桜で、桜の花びらがブワッと舞い散る。
「イッタァ……、ああ、桜の木が折れてる!?」
私はなんとか梢に引っかかって無事だったものの、桜の木がバキンと折れていることに顔を青ざめさせる。
たしか桜って、ちゃんと切った部分を焼いておかないと、病気にかかっちゃうんだよね。どうしよう。花見をしに来た人だって残念だろうし……私のせいで桜が枯れてしまうのは申し訳ない。
私がオロオロとしてたら。
「なんでい。お前さん魔法少女は初心者かい?」
口調がやたらめったら気風溢れるべらんめい口調なのに、目をパチクリとさせた。
私の着ているカレイドナナのコスチュームは、白を基調としたレーシーな誰でも考えつく魔法少女のワンピースだけれど。
こちらは黒を基調としたタイトドレスの上に法被を着て、頭にはちまきを巻いている。
髪はバンギャルのように刈り上げている。
なによりも。この子は私のことがはっきりと見えている。他の人たちは私のことはなんかいるような気がするってだけだし、食べ歩きに出かけるお店の人たちもぼやぼやしているのに。
この子も……魔法少女?
「テンカ様ぁ……あまり怒らないでください。ナナ様もずっと魔法少女活動してましたので、タクトにオーラが溜まってませんの」
「ああ、なあるほど。しょっちゅう戦ってしょっちゅうその場で使ってたってぇ訳か。そりゃずっと使ってたならそうならぁなあ」
「あ、あのう……リリパス? この子は……」
「はい。ナナ様よりちょっと前から魔法少女をしてくださっています、カレイドテンカ様ですっ」
「テンカさん……ですか?」
「おうよ」
テンカさんはそう言った。そして肩に担いでいたタクトを構える。
「それにしても、桜が可哀想だ。さっさと済ませんぞ。普段どうやってる?」
「き、基本はタクトを使ってぶん殴って……闇オーラが溜まったらカレイドスコープオーラで戦ってました……」
「まあ、合ってるわなあ……だとしたら、妖精オーラが何色かっつうのもリリパスから聞いてねえんだわな?」
「はい?」
私は思わずリリパスを見ると、リリパスは「ミュミュウ……」と縮こまった。
「色によって、オーラも属性を変えるんだよ! ちなみに俺ぁ……赤。炎だ。カレイドスコープフレア!」
そう言った途端、テンカさんのタクトから大きく炎が巻き上がった。途端にあれだけ暴れていた闇妖精が一気に閉じ込められる。
「パオオオオオオオオンッ」
「今のうちに、ぶん殴って闇オーラ抜くぞ!」
「は、はい……!」
火に弱いのか、あれだけ暴れていたはずの闇妖精も、暑がってその場でジタバタするだけに留まった。
私たちはその間に闇妖精の背中に飛び乗ると、タクトでぶん殴って闇オーラを引っこ抜いて、タクトに収めたのだった。
「ふう……闇オーラも回収できたし。あとは、桜をちょっと焼いてやらんとなあ」
「あ、そうなんですけど……でもさっきみたいに闇妖精を巻き上げるくらいの炎だったら、桜燃えちゃうんじゃ」
「そんなの火加減考えりゃあいいだろう。料理と喧嘩は火加減だ」
「そ、そうなんですけど」
そう言いながら、テンカさんはさっさか桜の枝にタクトを押し当てた。ジュッ……と焦げた匂いがしたのも一瞬。すぐに火は消えた。
ぶら下がってしまっている枝は切り落としてやり、その箇所も焼いてやると、やっと桜は元気そうに花びらを散らせた。
「よかった……これで多分枯れずに済みますね」
「まあ、これだけ闇妖精が大暴れしてたんだったら、地元の連中も公園のお偉いさんに通報してるだろうさ。桜がまずいって思ったら動くだろ」
「そうですね……」
あとはちゃんと樹医さんが見てくれるといいと、私はそう思った。
それにしても。テンカさんは何者なんだろう。
私はテンカさんに何度もお礼を言ったあと、「いやあ、悪かったな」と逆に謝られた。
「普段稼ぎ時なせいで、リリパスから要請があってもなかなか動きが取れねえ」
「と、取れないんですか。でも私、残業上がりでも魔法少女活動参加できてますけど」
「むしろその時間帯たぁ、稼ぎ時だからなあ」
どうもテンカさん。本業が残業上がりのサラリーマンを目当てにしかなにからしい。
でも私も元がカフェインで胃をやったアラサーだし、互いに正体を知らせるのは野暮だし気まずいかも。
「わかりました。それじゃあ、お疲れ様です」
「おう、気を付けて帰りな」
その日は珍しく、なにも食べに行かないで真っ直ぐに家に帰った。
****
「はあ……」
その日は結局、冷凍庫の掃除をして、冷凍庫でしもやけになってしまっている食材をとりあえず全部麦茶で煮る麦茶煮込みを食べてお腹を誤魔化した。
麦茶煮込みはリリパスには意外と好評だった。
「……立川さんに明日どう言おう」
「なにかございましたか?」
「なにかあったようななかったようなだから困ってるのぉ」
「ミュミュウ……」
リリパスは首を捻って麦茶煮込みのスープをすすっていた。
立川さんは嫌いじゃないんだよ。本当に。ただ好きに傾くには「いや、この人婚活全敗のせいで誰でもよくなってないか」というのが邪魔して、素直に「うん」と言えないんだよなあ。
そりゃ食の趣味も近いし、先輩後輩で仲はそこそこいいと思うけど。
でもここで頷くのもなんか違うんだよなあ……。
「自分が大変面倒臭いと今思ってるところ」
「ミュミュウ……」
妖精には面倒臭い恋愛相談という概念はわからないらしく、リリパスはただ困ったような鳴き声を上げるだけだった。
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