一ホールケーキとお茶
夜。私はなにを着ていくか迷っていた。
デートなんて大学以来だから、なにを着ていくのが正解かわからない。婚活用の甘いデザインのワンピースは、私の顔色だと服に負けて余計顔色が悪くなるから持ってない。カレイドナナの時のピチピチ女子高生体型だったら似合うとは思うけど。
だからと言って、仕事着はほぼパンススーツだ。だってパンツスーツ動きやすいし。スカートだと動きにくいし。でもこれは仕事着でいいんだろうか。
「……デートだと思って行ったら立川さんもその気がないのかもしれないし、いやいや」
そもそも他人の家にデートじゃないと思って行っていいんだろうか。それとも私の考え過ぎなんだろうか。
さんざん悩んだ結果、仕事着にしてはちょっと可愛過ぎるとあまりお目にかけなかったスカンツとシャツを合わせることで落ち着いた。
ケーキを持っていくだけだというのに。うん。
立川さんのことは嫌いではない。仲のいい先輩と後輩の関係だとは思ってる。でもなあ。
「……夜な夜な魔法少女活動して、闇妖精退治したあと打ち上げがてらご飯貪ってる女にときめかれたら、向こうも困るのでは」
ご飯おいしくて健康診断でも褒められる数字を叩き出しているというのに、ここに来て魔法少女活動が妨げになっていることに、今更ながら気が付いた。
もう寝よう。夜に考え事をすると本当に極端から極端に走るのだから。
****
翌日、私は朝にお粥を食べていたところで、リリパスがひょっこりと現れた。
この妖精、本当に神出鬼没だ。
「言っていたお出かけですか?」
「そう……会社の先輩の家にケーキを届けに」
「ミュミュウ……それはナナ様のお仕事ですから止めにくいのですが……」
「どうかしたの?」
リリパスは難しそうな顔をしている。
私は首を捻りながらお粥を食べる。
お粥はいい。前日に炊いたご飯を水に浸けてひと晩経ったら鍋でコトコトすればいいのだから。ひと晩水に浸けておくと糊みたいにベタベタにならないんだから不思議だよね。
私はそれを気分で麦茶に浸けて茶粥にしたり、中華だしの素を足して中華粥にしたりしている。
ちなみに今日はさらさらの白粥を、スーパーのくじ引きでもらった高菜の漬物と一緒に食べていた。
高菜の漬物は高菜の漬物というだけでポテンシャルあるのに、お粥と食べるとおいしいのは本当にやるなあ。そんなどうでもいいことを思いながら朝ご飯を食べていたら、リリパスはようやっと口を開いた。
「本日、なにかあるんでしょうか? 闇妖精の気配がそこかしこにありまして……」
「……ええ?」
魔法少女ものでは定番になっている。
休日にどこかに出かけた途端に、敵が現れて休日返上で戦わないといけない奴。私、あれが嫌いだった。
大人の休みは仕事で潰れて泣く泣く休日返上ですることだってあるが、中高生の休みなんて、大人の休みの十倍分は価値がある。あれを奪ってやるなよひどいなあと思っていたけれど。
大人が魔法少女で若返ってるからって、休日返上かあ……。
今までが上手くやっていたから、そこまで考えたことがなかったけど。
でも闇妖精って、飽食が原因で増えたとはリリパスが推測で言っていたけど。
「でも今日いきなり増えたって……なんだろう。ちょっと心当たりがないんだけど」
「ミュミュウ……わかりました。その辺りは調べておきますね」
そう言ってリリパスは「カレイドナナに出て欲しいときはきっちりと言いますからぁ」と言って消えていった。
行かなくって済むといいけど。でもまあ、立川さんとなにするかわからないから、中断できるカードを手に入れたのはよしとするか。
とりあえず私は、昨日用意した服に着替えると、ケーキに保冷剤を付けて、出かけることにした。待ち合わせしてる駅前まで出発だ。
****
休みの日のせいか、いつも見慣れている立川さんのスーツ姿はなりをひそめ、今日はラフなカラーシャツとカーゴパンツで立っていた。
私が「立川さん、こんにちは」と挨拶をすると、立川さんは笑顔で振り返った。
「一ノ瀬さん、こんにちはー。いやあ、仕事明けでテンションおかしかったとはいえ、無理なこと言って本当に悪かったね?」
「いえ。久々のケーキづくりは楽しかったんで。材料費もわざわざありがとうございました」
「だって最近果物高いでしょ?」
「まあ高いですよねえ」
ふたりでしゃべりながら、立川さんの家へと向かう。
立川さん、私と同じく食べるの好きなせいか、結構食べ物の値段知ってるよなあとぼんやりと思う。スーパーにしょっちゅう行かなかったら、果物の値段なんて知らないもんなあ。
私が素直に感心していたら、「ここ、うち」と指を差して教えてくれた。
てっきり独身だし婚活中だったからアパート住みだと思ってたのに、そこはマンションだった。
「マンション住まいって贅沢ですねえ」
「いや、マンションを賃貸で住まわせてもらってる。前住んでたアパートが立て直しになった際に追い出されたから、探したらこういうのしかなかったんだよ」
「はあ……」
なんでも金持ちの財テクのひとつで、マンションの一室の賃貸というものがあるらしい。
マンションのもろもろの経費は大家に当たる金持ちが持ってくれるから、家賃だけ払えばいいのだとか。金持ちって訳わかんないなあ。
そう思いながらオートロックのマンションに入れてもらうと、生活感ある家に到着した。
「家具も貸してもらえたから。汚したり壊したりしたら弁償だから、怖々使ってる」
「はあ……でも綺麗ですよ、ここ」
「ありがとう。急いで片付けたから。じゃあお茶用意するから」
「あ、立川さん。私カフェインはちょっと……」
「あー……たしか一ノ瀬さん胃が荒れてるんだっけ? 一緒に仕事してるのに、そこまでカフェインドリンク飲まなくっても」
「いえ。私も最初は栄養ドリンク飲んでるつもりで買ってたんですけど、途中でなんか変だと気付いたらカフェインドリンクだったんですよ。ノンカフェインの栄養ドリンクだったら、ここまで胃も壊れてませんから」
「うん、そこまで無理しなくていいから」
私のボケナスっぷりに臆することなく話してくれる立川さんは優しい。そうじんわりと思ってたら、「ならもらい物あるけど、俺ひとりだとこれどうしようと思ってて」とパッケージを見せてくれた。
「【ローズ&シナモン】? ハーブティーですか?」
「うん。普段行く輸入食品店でサンプルでもらった。こんなんどうするんだと思って放ってたけど。カフェイン入ってないとなったら、あとは白湯くらいしか……」
「あははは」
立川さん要領いいから、カフェインドリンクなしで仕事バリバリこなしてるもんなあ。私は「ならそのハーブティー飲みましょう」と提案し、私は私でケーキを開けていた。
「これ一ホールありますけど、どれだけ食べます?」
「とりあえず四分の一は。一ノ瀬さんは?」
「そこまで入りませんよ。八分の一で。包丁ありますか?」
ふたりでわいわいとケーキを食べはじめるのに、色気なんてものは本当にない。そこに私はほっとする。
出してくれたローズシナモンティーは、たしかにバラの濃い匂いをシナモンのスパイシーな香りが締めてくれる不思議な飲み物だった。ただ漢方っぽい味がするし、意外と生クリームのケーキとの相性もよかった。
「……美味っ。すごいな一ノ瀬さん。これ」
「友達が料理関係の子が多くって。その子らに教えてもらったんですよ」
「店出せるんじゃないか?」
「友達の話聞いてるだけでお腹いっぱいですから、いいですよぉ。それにしてもこのお茶おいしいですね」
「もらい物だけどよかったよかった」
本当にケーキ食べてるだけで、ケーキは半分以上は残ったものの、それは立川さんが「明日の朝ご飯」と冷蔵庫にしまい込んだ。
「でも本当にありがとう。本当にこのところ店とか行けなくって」
「いえいえ……でも今日なんて日曜ですのに、ケーキ屋なんていくらでも空いてるじゃないですかあ」
「いや、今の時期って花見があるだろ」
「花見……ああー」
そういえば。
このところ都市開発計画とかで公園が再整備され、桜の木がどこからともなく移植されて以降、春の時期になったら花見客で町の混雑が著しい。
なにがあれかというと、花見なんてものはござを敷いて桜の木の下で直接やるのは実はそこまでいない。寒いし。定員決まってるし。
でも桜を眺められる店となったら稼ぎ時だから、何ヶ月も前から桜を見られる席の予約が完了してしまっている。この時期のカフェとかなんて、もう花見目当ての客でごった返していて、たしかに入りづらい。
ケーキを買いに来ただけでも、人が多過ぎて買い物諦めるレベルだもの。
立川さんは苦笑した。
「正直一ノ瀬さんに無茶なこと言って、パワハラだって駆け込まれるんじゃと心配になったよ」
「いや、言いませんって」
「うん。ありがとう」
そう言ってへにゃりと笑い、私も「それじゃあ、私もそろそろ帰りますね」と立ち上がったときだった。
「あ、一ノ瀬さん。帰りは送るけど」
「はい」
「……もし、よかったらだけど、花見シーズン終わって店ももうちょっと通常営業になったら、またどこか食べに行かないか? 一ノ瀬さんの体調次第だけど」
「あ、ああー」
これは。さすがにこれは。
デートだ。デートのお誘いだ。どうしよう。
正直、この人のことは本当に嫌いじゃない。むしろ食べるの好きで、つくるのも食べに行くのも好きって、まあ趣味も近いと思う。
でも。これ普通に「いいですよ」と言っていいのかな。立川さんの婚活上手く行ってなさに私が巻き込まれてない?
なにをどう答えようと、一瞬で大量に出てきた脳内の言葉に頭を痛めていたら。
「ナナ様! 闇妖精が現れました!」
「はあ!?」
いきなり扉からぴょっこりと透けて出てきたリリパスに、私はびっくりする。立川さんは私が明後日の方向を見て叫んでいるのを戸惑っている。
「あの、一ノ瀬さん、なに見て叫んで……」
「ちょ、ちょっと待ってリリパス。ここ立川さん家で……」
「大変ですの。お花たくさん咲いてる場所で、暴れはじめまして……」
「ええ?」
今の時期、花見で人が混雑している。
そんな中で闇妖精が暴れたら……逃げるときに玉突き事故で二次被害が出るんじゃあ。
私は立川さんに頭を下げた。
「すみません、考えさせてください! 私、急に用事ができましたので!」
「ちょ。一ノ瀬さん!?」
「ごめんなさい、すぐ行きますから!」
立川さんに頭を下げ続けて走り出していた。
「カレイドスコープ、オープン!!」
走りながら変身する。
変身した途端に、ツンと鼻の奥が痛くなった。
……いろいろ考えないといけないけれど、今は闇妖精を鎮めないといけない。
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