第43話 『無月』
ハザードは既に騎士の首に刃を突き立てていた。もしこの状況から騎士を救えるものがいるとしたら、それこそ光よりも素早い人間ぐらいだろう。
皮膚に刃がめり込み、サクリ。と音を立てて死神を呼び覚ます─────はずだった。
”カチン”
音が止まった。音だけじゃなく光も、魔力も、全てが止まる。
感覚的な話ではなく、本当に。
そして後ろから足音が響く。人の居なくなったパーティ会場に、ゆっくりと足音が響き渡る。
この空間で、動いているのはただ一人……カルロンだけであった。
カルロンの左腰には刀があった。そしてそれはほんの少しだけ鞘から刃が引き抜かれていた。
少しだけ見える刃からは真っ黒な月の光が漏れだし、光無き世界でカルロンの足元を照らす道標となる。
カルロンは軽く刀の鞘でハザードを殴る。それは振り下ろしただけのただの一振。
それによりハザードははるか遠くに吹き飛ばされる。
”カチン”
刀を再び鞘に閉じて、刃から光が消えた途端世界に音が、光が、セリフが戻ってくる。
「ッ?!何ィ!!」
ハザードは理解できなかった。今何をされたのか、何が起きたのか。全てが理解不可能。
それだけでなくハザードの片腕から力が抜ける。
殴られた場所はまるで光を失ったかのように体からの反応を拒絶している。
「ッ!何をしたのか分からんが……先程とまるで異なる佇まい……貴様に何があったのだ?!」
無視してカルロンは騎士を抱き上げると、床に横たわらせる。
気絶している騎士の顔を叩き、目を覚まさせたあと騎士にカルロンは走って遠くに行くように促す。
「ッさせるか!!」
逃げる騎士の背後から影が襲いかかる、しかし。
「どこを見ている?──ハザードとやら、貴様が相手にすべきは……俺だろう?」
ハザードの腹部に柄を当て、吹き飛ばす。当然ハザードは即座に立て直しを図るが、そこにさらにカルロンの追撃が入る。
「ッ────『影掌……』」
「遅い、ぬるい」
鞘を空中で回転させて殴り返す。それを影による防御により防ごうとしたハザード。しかし──。
その一撃はハザードを影ごと破壊しながら地面にめり込ませたのだった。
◇
ハザードは焦る。先程までとは異なり攻勢は既に逆転していたし、何よりまるで相手にされていない。
それはハザードにとって初めての事。勝ちを確信したはずの彼は何処にも居なくなっていた。
即座に地面から影による攻撃を織り交ぜた暗殺技を繰り出そうとするも、軽々とかわされる。
それに合わせて柄による反撃をくらうハザード。カルロンは最小の動きでハザードを封殺していた。その動きは先程までのカルロンとは異なり、まるで熟練の剣豪のようですらあった。
四方八方から解き放つ影をかわして防いで、まるで遊んでいるかのように……。そしてその動きはハザードの冷静さをさらに失わせるには事足りた。
「くたばれ、ぬぅん!!ぜあ!……ぜりゃあ!、ハッ!……チッ!!」
もはや闇雲としか言えない程の無差別な影の攻撃。
それを回避していたカルロンの瞳には、真っ黒な月が浮かんでいることにハザードは気が付かなかった。
「────そろそろ良いかな」
刀が鞘から引き抜かれる。鍔の無い未来感のある刀。
機械的で異質なそれの刀身がゆっくりと鞘から引き抜かれていく。
カルロンはその刀身しか見ていなかった。ハザードはそれを見てさらに攻撃をしようと身体を動かそうとして───。
動かない。否──万象の全てが、止まっている。
ハザードはそれだけはわかった。しかしどうすることも出来なかったのだ。
「可哀想だから、見ることだけは許してあげるよ……じゃあね……」
真っ黒な刀に”光”が走る。
「───『
それが刀の名前なのか、何か言おうとしていたのかはハザードには最後まで分からなかった。
凍える程の光を浴びてハザードはその身を凍らせた。
しかしそれはただ凍ったのでは無い。
終の月あかりに照らされてしまっただけなのだ。
◇◇◇◇◇
カルロンが手にした武器の名は『
ブラックホールであり、『帰還』の根源『帰環』の内部より出でし刀。
ブラックホールの内部はきっと、途方もなく冷たいのだろう。
絶対零度に近しいそれはきっとカルロンには美しい月のように写ったのかもしれない。
『無月』は断片である。ブラックホールの断片にして、凍結、停止を意味する刀だ。
その温度は時すら凍らせてしまう……そんな刀。
それを起動できてしまった時点で、ハザードには勝ち目などなかったのだ。
◇◇◇◇◇
途方も無く虚しい月を見た。だけどそれに恐れは感じ無かった、ただ……そばに居てあげるべきだと思ったんだ。
刀の柄を握ったあと俺は見た。なぜ刀の形をしているのか、そして知った。
あの武器は一つの世界。つまりあの『原点回帰』には3つの世界が内包されている訳だ。
『原点回帰』には3つの世界、そう3つの世界である。
───人、町、国、星、惑星系体、銀河……そして宇宙。
そんなものが3つ。
カルロンはそれの使い方を知っただけである。別に完璧に使いこなせるかどうかでは無く……ただ使い方を知っただけでこれである。
もし完全に使いこなしてしまった時には、果たしてどうなってしまうのか。
それを知っているのは多分『帰還』という力だけなのだろう。
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