第41話 舞踏会、終幕。その女性は……?

 食事は非常に豪華だったが、あまり味を楽しむ余裕は俺にはなかった。

 例えるならば世界全ての影が自分の敵になっているようなものであり、気を抜く暇すら無かったのだから。


 相手もまた的確に魔力探知から逃れる術を有しているようで、これまで1度も索敵できていない。


 とりわけ魔法の痕跡を消す力が高すぎて、逆に魔力探知を騙されている可能性すら否めないほどである。

 先程からわざと残した痕跡に引っ掛けられるパターンもちょくちょくあり……故に無駄に神経を使ってしまっていたのだ。


 ──ちなみにこの暗殺者はかつて伝説と呼ばれた程の存在であり、百年前に亡くなったとされた最強のアサシンである事をカルロンは知らない。


 と、どうやらお姫様が姿を見せるようで会場がより盛り上がりを見せ始める。

 当然人の移動に合わせてナイフ、それもかなり鋭く小型のものが飛んでくるがそれを弾く。

 端の方では既にお姫様と純魔の血筋のもの達が次々と挨拶を交わしており、俺もちらりとそちらを眺めたのだが──。


「わ、私はキエス=ハーディアスと申します!おおお!流石はゼディウスのお姫様……世界一美しく、そしてその優雅で甘美なる魔力!……お会いできて光栄でございます!」


 そう言ってハーディアスは手を無理やり取り、そこにキスをする。


「お、俺はキエス=スティス!か、可愛い……んんっ、素晴らしく美しいお姫様よ……ああお会いできて光栄です!」


 スティスはもう片方の手に指輪をはめ用としたが、手を滑らせてそれは叶わなかったようだ。


「ふーん良いねぇ!俺はクロノ=テンプス……アンタをいずれ落としてやるぜ?……まあ見てな?俺様の魔力に溺れさせてやるぜ?」


 そう言ってテンプスは王女様の顔を撫でる。


「くははははははっ!ああ君はまさにこの私に相応しい美しさだ!……このフラッシュベル・リュミエールの妃に相応しい!」


 リュミエールは腰に手を回してそう呟いた。


「その美しさ、絶え間ぬ微笑み……素晴らしいものだ……我がグラウス=ラントの名において貴殿を尊重しよう」


 ラントだけは離れた場所から会釈だけで済ませてはいたが。


「皆様方ありがとうございますわワタクシ『ゼディウス=パンドラ』ありがたく皆様の好意を承りますわ!!……ふふふ、皆様が私のいつかの旦那様ですのね……?逞しくて、そして素晴らしい強さ!……良いですわ!……んふふふ!」


 ──はっきりいって反吐が出るな。


 俺は思わず気持ちの悪さにドン引きした。と、ほかの純魔の女性陣は隣にいた王子『ゼディウス=アキレス』に群がっている。


 その表情等は、まあとても恋する乙女な感じで素晴らしいと思うよ。


 ちなみにこんな事を考えている間に攻撃はもちろん俺を狙ってきている。


 全く気楽な連中で羨ましいさ。──片方は恋する乙女や男ども。その傍らで一人全力で何者かと殴りあい……はあ全く……フルオートで迎撃するシステム魔法とか、作っておくべきだったな。


 ──いやそれすると、関係ない人すら巻き込むか。……難しいな全く魔法というのは。


 ◇◇


 俺は彼らから離れ、庭の方に赴く。建物内ではシャンデリアの明かりによって生まれた影から攻撃が来ていたが、こちらは光がほとんどないので当然すべての位置から攻撃が来る訳だが……。

 その代わり、全力で動いても問題が無い。


 凝り固まった身体を動かしながら、周囲の魔力に全神経を注いでいた……その時であった。



「──へぇ?……君何をしているのかな?」


 唐突に声をかけられた。そいつはまるで最初からそこに居たかのように椅子に腰かけていた。

 最も、俺が認識した限りではそこにはだと言うのに。


「誰でしょうか……すみません、僕はこういったダンスパーティは苦手でして……」


「あら?不思議な方ね?……私は……どこかの家の脇役よ?……ええ不思議ね、不思議。」


 そう言って微笑む。──俺はぞくりと、した。


 明らかに先程までの純魔よりもやばい奴だ。はっきり言えないが、魔力も……何故か認識が出来ない。

 見た目は地味で、確かに彼女の言う通り脇役とでも呼ぶべき服装。


「僕はキエス=カルロンと申します……それにしてもどこの家の従者なのでしょうか?とてもお強く見受けられますが……」


「ふぅん?……?……そう、間違いなくこの世界でも有数の実力者……多分転生者なのでしょう?……ええ素晴らしい判断、即座に私から離れるのはとても賢いですが、まあ落ち着きなさいな」


 まるで大したことないかのように、サラリと俺の実力をあてやがった。それだけじゃない……俺が転生者だと即座に見抜くとは……コイツ何者だ?


「──私にとってはこの世界は有象無象が多すぎるの、はっきり言うわ……力不足な存在しか居ない……このままだといずれ魔法使いは最悪な形でこの世界から消えてしまう、そう思うの……貴方も同じでしょう?」


「──何者だ貴様ッ!……」


「あら安心して?あなたを狙う攻撃も、今は飛んでこないから……しておいたからこの空間ではあなたは気を張らなくていいわ……ええカルロン、いい名前ね」


 確かにこいつの言うことは事実だ。先程から攻撃が全く飛んでこない、一体こいつは本当になんなのだ?


「何者、そうね……私は……まあいずれ貴方とは深い縁が続きそうな予感がするから言ってもいいかしらね?……でも言わない事にするわ?……私は知っているもの、焦らせば焦らすほど……ネタばらしした時の楽しさは増すのだから」


「いい性格しているな、俺をここまで翻弄するとは」


「その口調の方が私は好きよ?……まああなたが私を信用しないのは自由、構わないわ。まあそれにしてもちょっと私も身体を動かしたいの……ぜひ踊ってくださるかしら?」


 自然と俺は手を取っていた。しかし曲が無いのに踊れるのだろうか?


「曲ね?──せっかくだし歌を私が歌いましょうか?……あら、安心なさい?今ここはあなたと私以外存在していないのだから」


 そう言って口を開く。


『───小鳥たちは安眠を誘い

 ──全てを包む優しい夜がやってくる

 ──歌姫の影は空を飛び

 ──月夜に魅せる言葉の鼓動

 ──さあ踊りましょ

 ──この果ての無い空に

 ──優しい夢のある希望を携えて』



 凛とした花弁が舞っている。美しさと、儚さ。全てをまとめあげた様な優しい歌。


 わずかな時間が永遠に感じる程、俺はただ一人彼女に支配されていた。


「──ふふふ、楽しかったね、貴方のこと私は忘れないわ……?いつの日かあなたが私のことを気がついたその時……私は貴方のそばに居るでしょうからね……それでは、良い夢を……これからあなたに降りかかる死闘に素晴らしい決着をつけれること、祈っているわ───……『無』に向き合うこと、忘れないでね」


 ◇◇◇






 いつの間にか彼女は消えていた。全ての感覚が突然戻って来るような、不思議な感覚が身体を貫く。


 ──いつまで踊っていたのだろうか、気がつくとあたりにいたはずの人間が誰一人として……いやあと片付けをしていた騎士達が少しだけ遠くに見える。それだけだった。


 ────闇夜がゆっくりと辺りを包む。



「何処にいたのだ?貴様……我の目を誤魔化すなど……流石は強きもの……いいだろう、おままごとはここまで。──我が名は『アズラ・ハザード』……冷たき夜の暗殺者、……貴様を殺すものだ」


 真っ黒な外套を纏う初老の男性。しかしそれが先程までの全ての『影』の主であることなど、俺にはすぐに理解出来た。


 月が隠れた夜、伝説の暗殺者との盛大なる死闘が……幕を開けるのだった。


 ◇◇◇


 城、その一角。王の間に五人ほどの人間が集まっていた。


「どうだった?パンドラ……奴らの中にお前の目に叶うやつはいたか?」


 初老の男性、時の『魔皇』たる『ゼディウス=ケラノス』帝が尋ねる。


「居ません!全く気色悪い奴らしか居なかったっての!!もー何ですあの人たち、女性の気持ち一切ガン無視、もーいや!」


「まあ……それは我の目にも見えていた……全く奴らの教育、どうなっておるのだ……お前はどうだ……?その顔、どうやら見つけたのか?」


「────ええ、一人。そう私の目に叶うたった一人のを見つけたよ。……」


「ほう?そいつの名前は……?教えてくれないかな?『ニクス』?」


 ────「『キエス=カルロン』……と名乗っている方でしたね……ええ彼は相応しいでしょう……私、の隣りに立つべき存在に……」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


『ゼディウス=ニクス』。……それはただひとり、正当なる魔皇の血筋の持ち主にして……この国の本当のお姫様。


 普段は絶対に外に出ない、全ての役割をパンドラに渡して引きこもっているだけのその人。


 そして後の───『カルロン』の妻の一人、策略バカと称された……そんな人との邂逅。


 ただ、カルロンはそんなことなど露知らずな訳であるが。







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