第38話

 庭の爆発騒動から一日、一週間振りにカインが庭へと顔を出してきたが、その顔には明らかに疲労の色が見える。


 「よう、昨日は一騒動起こしたそうじゃないか。どうだ進捗の方は?」


 口調はいつも通りの感じで話しかけてくるが、明らかに普段より元気がない。


 「全然だな、あの障壁を突破できる気しねぇわ」


 「僕も弾かれてばっかりです」


 「一週間じゃそんなもんだ、ただ遠慮なく攻撃することはできただろう?」


 クマだらけの顔でカインがヘラヘラと聞いてくる。ええ、そりゃもう遠慮なく攻撃できたし攻撃されましたとも。


 「攻撃に慣れるだけならゴーレムは動かなくても良かったんじゃないか?」


 「いや、慣れて欲しかったのはあくまで命のやり取りをする戦いだ。動かないゴーレムを攻撃したところで緊張感もクソもないだろ?」


 「そのせいで僕、何度か本当に死にかけましたけど…」


 でも死んでないだろ?そのくらいで丁度いいとカインが笑う。いや、僕にとっては笑い事じゃないんだけど。


 「丁度いい訳あるかい!子供相手に無茶させおってからに」


 そんな話を傍で話を聞いていたのであろうワーナーが血相変えて怒鳴り込んでくる。


 「あ、ワーナー先生、この一週間お世話になりました」


 「お世話になりましたじゃあるかい、戦闘用ゴーレムなんて召喚して子供にどんだけ無茶させるつもりじゃ!」


 平身低頭のカインの上からワーナーが叱りつける。いいぞいいぞもっと言ってやって。


 その後しこたま叱り終わったワーナーは医務室へプンプンしたまま帰っていった。


 「いや〜長かった、で話の続きだが、俺の仕事も一段落着いたし今日からはもっと冒険者らしいメニューをしてもらう」


 どう見ても一段落ついたと言うより無理やりつけてきた顔をしているのは聞かない方がいいのだろうか?


 「もっと冒険者らしいメニューって具体的に何するんだ?」


 「山籠りだ、これから少しづつ山の中で自給自足の生活をしてもらう」


 昼前には出るから急げよとカインに準備を急かされる。着替えの準備や着ていく服も「フリフリしたのは止めとけよ、長ズボンを履いておけ」と釘を刺されたのでズボンに履き替える。


 準備ができるとミルドラに乗ってしばらく飛び、着いた場所は前に水浴びにきた水源だった。相変わらず透き通った綺麗な水を湛えている。


 「それで今度は何をさせられるんだ?」


 「そんなに身構えなくても良い。今回は山籠りって言っても初めてだからな、半分キャンプみたいなもんだ」


 ミルドラから降りるとその言葉の通り、まずはテントの建て方や食べられる野草、薪の選び方なんかを教えてくれる。野草はともかく薪にもしていい木としてはいけない木があるらしい。この辺は回数を重ねて覚えていくしかないだろう。


 「よし、キャンプの準備はできたし本題を始めるか」


 「本題って何をすればいいんですか?」


 「それはな、日暮れまでにお前達が食べられそうだと思う動物を一匹狩ってくることだ」


 ここ一週間酷い目に遭ってきたのでどんな難題が出されるかと身構えたが、言われたのはそれだけだった。てっきり熊でも狩ってこいと言われるかと思っていたので拍子抜けだ。


 「なんだ、それだけでいいのか?」


 「それだけとはなんだ、結構大変な課題だぞ」


 カインは大真面目な顔でそう言うが、食べられる動物ってウサギ一匹獲ってくれば済む話ではないのだろうか?


 「お前達ウサギ一匹でも狩ればいいとか思ってるな?まぁいい、ほら言ってこい」


 一匹も獲れなかった奴は夕飯抜きだからなとカインに背中を押されて山の中に入る。日暮れまでは後三時間と言ったところだろうか?ともかく野鳥かウサギでも一匹獲って帰ろう。


 「それで、ものの見事にボウズだったって訳だ」


 二人バラバラに山を散策すること三時間ほど、結局僕と仁は一匹の獲物も獲れずにテントに戻り正座するハメになった。


 「いや、こいつと違って俺は一匹獲ってきたぞ」


 そう言って仁が勝ち誇ったように黄色と黒の縞模様というみるからにヤバそうな色の蛇を手にしている。別に蛇が特段苦手な訳ではないが、その蛇はこちらに向けないで欲しい。


 「だからそいつは毒蛇だって言っただろう?危ないから逃してこい」


 仁が舌打ちしながら蛇を逃しに行く、こいつはあの蛇を食べられると思ったのだろうか?


 「今日で分かったと思うが素人が山で獲物を獲るという事はかなり難しい。だが、冒険者としてはこんなの初歩中の初歩だ」


 これからは戦いや知識だけじゃなくこういう技能も磨いていかないとな、と言っているカインの後ろでは何か良い匂いがする鍋がグツグツと言っている。


 「じゃあこれからそういう訓練になるんですか?」


 「いや、前から言っているが命のやり取りをしてもらうのが目的だ。だが、命を持っているのは人だけじゃないだろ?」


 要するに、野生生物を狩っていく中で覚えろという事だろうか?視界の端では昼間集めた薪が火の中でパチパチと音を立てている上に、鍋から噴き出た液体がかかってシュ〜と音を立てている。っていかんいかん、思考が段々食べ物に侵食されている。


 「さて、今日の説教はこのくらいで良いか。みんなで夕飯にしよう」


 「あれ?夕飯食べても良いんですか?」


 「そうだ、俺は一匹獲ってきたけどこいつはボウズだったんだぞ?」


 見るからに食べられない蛇を獲って来ておいて生意気にも仁が抗議する。


 「前にも言っただろ、お前達くらいのうちは食べるのも修行のうちだ。でも罰がなきゃ本気で探さないだろ?」


 大体あんな蛇獲って来ておいてよく言うわとカインが笑う。つまり、夕飯抜きってのは僕達をやる気にさせるための嘘だったって事だろう。


 「しっかり食って明日からまた頑張るんだな」


 そう言われて二人ともカインが持ってきていた鹿肉の熱々スープにありつく。山狩した後の星空の下で食べるそれは独特な匂いながら特別だった。

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