第35話
「しかし嬢ちゃんが相手か、本当はあのいけすかねえ坊主を懲らしめてやりたかったんだがなあ」
試験用の木製の斧を片手に大男がニタニタ笑っている。どうやらこいつのハゲ頭の中では僕の負けは決まってるらしい。
「仁より僕の方が強いんだけど、そんな体格しといて趣味は弱い者イジメ?」
まぁ仁がいけすかないのは僕も同意見なんだけど、こんな奴と意見が合ったところで仕方が無い。
「そうかい、そりゃ良かった」
試合開始の合図と共に斧を振りかぶりながら大男が突っ込んでくる。
「そりゃ一石二鳥ってやつだぜ!」
ズドン!と思いっきり振り下ろされる斧の一撃を横へと受け流す。完璧に受け流したのに手がジンジン痺れてるあたり見た目通りパワーは凄いが、動き自体は鈍重で隙が多い。これならパワーは無くとも隙も無いロバートの方が遥かに強いだろう。
「まだまだ!」
振り下ろした姿勢から今度は大きく横薙ぎされる斧を今度は下から受け流すと、大男は僕に対して更に大きな隙を晒してしまう。
「甘いっての!」
受け流した時の手の痺れを我慢して、隙だらけの頭部に遠慮なく一撃を決めてやると、試験官の試合終了の合図と共に観覧席から大きな歓声が上がる。
「体格差は見えても力量差は見えなかったみたいだね」
頭部に一撃を受けた大男は何かを言い返すことも無く、その場でブツクサ言いながら崩れ落ち放心している。そのハゲ頭には僕の一撃の後の痛々しいタンコブが出来上がっていた。
大男の事は放っておき、借りた武器を返して観覧席に戻ると僕は注目の的になっていた。あちこちで噂されている様だが、少女服姿なんてあまり注目されたくないのでそそくさと元の席に戻る。
「凄かった〜、あんなの倒しちゃうなんて私感動しちゃった」
席に戻るとペロが尻尾をブンブン振りながら迎えてくれる。本人には悪いがその姿はまるっきり飼い主の帰りを待ってた犬みたいだ。
「お疲れさん、随分派手にやったな」
「派手にやる気は無かったんだけどね、絵面的にどうしても派手になっちゃった」
仁も相変わらずな態度だがどこか安心した風だ。こんな風でも一応心配してくれてたのだろう。
「私たちも頑張らなくっちゃね!」
「あ、ああそうだな」
興奮冷めやらぬと言った感じのペロが仁に食い付くのを宥めてると、今度は仁の番号が呼ばれる。
「それじゃ俺も一仕事行ってきますか」
「恥ずかしいから負けて帰ってこないでよ?」
仁は分かったよとこちらを振り向かず右手だけ挙げて去っていく。格好付けてるけど本当に大丈夫だろうか?
「アスカと同じようにジン君も剣を使うの?」
「いや、仁は魔法使い志望だから杖だよ」
「えっ、ジン君って魔法使えるの?初めて聞いた」
そう言えば前にシアンさんが魔法使えるのは百人に一人くらいって言ってたっけ?お城だと身近に魔法使える人が多くてイマイチそんな感じがしないんだよね。
そんな話をしていると下で仁の戦闘が始まる。
仁の相手はオーソドックスな剣士の少年みたいで、試合開始と共に剣を構えて距離を詰める。しかし距離が詰まったせいで仁お得意の風魔法をモロに受け、吹き飛ばされた挙句ズタズタにされてしまう。あれは痛そうだ。
あっという間に終戦した仁の戦闘に、隣の魔法科の席がどよめく。魔法科を受けてる人達から見ても仁の魔法練度は高い方なのだろう。
「凄いあっという間に終わっちゃったね」
「負けて帰ってくるなとは言ったけど、あれじゃなんか味気ないね」
小さい声だしまさか下に聞こえてはないと思うけど、仁がこちらに悪かったなとでも言いたげな顔を向けてくる。まさか心を読まれたのだろうか?
「二人とも凄かったし私も頑張らなくっちゃ!」
せっかく宥めてたペロのボルテージがまた上がり、尻尾も耳もピンと逆立っている。
「受験番号16番、25番準備しなさい」
「ハイ!」
そんな中で番号を呼ばれたものだから元気良く返事をしてペロが去っていく。周りの小さな笑い声のせいで残された僕が恥ずかしい。
「ただいま。あれ、ペロは呼ばれたか」
「うん、今さっき呼ばれて行ったよ」
帰ってきた仁と話しながらペロが出てくるのを待つ。
「そう言えば、仁はペロの武器なんだと思う?」
「そうだな、俺たちが言えた話じゃないけどペロも小さいからな。軽いレイピアとかじゃないか?」
「あーありそう」
そんな話をしていたら特に武器も構えないままのペロが出てくる。対戦相手は槍を構えた普通の少年だ。
「丸腰のまま出てきたちゃったけど、もしかして素手なのかな?あんな見た目で実は何かの拳法が使えたりして」
「いや、そんな立ち振る舞いには見えないけどな」
僕達の心配も他所に試合が始まると、槍使いの少年がジリジリと距離を詰めるがペロは立ったまま動かない。そのまま両者睨み合いながら槍使いの少年が少しづつ距離を詰めて行き、遂に間合いに入ったと見たのか少年が攻撃に移ろうとするその瞬間ー
パァンと乾いた音が響くと同時に槍使いの少年の腹部に赤い点ができ、スカートを翻したペロの手ではいつの間にか握られていた拳銃が白煙を上げていた。
「う、撃たれた…?」
勝負アリの判定が下されると撃たれた少年は項垂れて去っていく。どうやら試験用のペイント弾みたいだが、着弾点が赤いせいでハラハラする。
「ガンマンか、可愛い顔しておっかねぇな」
これまで試験を受けた中にガンマンがいなかった訳では無かったが、数は少なかったし早撃ちでもなかった。それに、まさかペロが拳銃を扱えるとは夢にも思わなかった。
「ただいま、私の戦い見ててくれた?」
ペロが席に帰ってくると、さっきの真剣だった表情もいつもの柔和な表情に戻っている。
「うん、凄かったよ早撃ち」
「そんな特技があるなんて意外だったけどな」
「早撃ちはね、お父さんとお姉ちゃんに教わったんだ」
年相応に自慢気な顔のペロ。お父さんはともかくシアンさんも早撃ちできるんだ、本当に一体何者なんだろう。
その後、最後の組まで戦闘が終わると入試は終了となる。三人とも無事勝利で入試を終えることができ、ほっと一安心するのだった。
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