第34話

 ついに試験当日の朝、髪を解かしながら仁を起こすが例によってなかなか起きない。


 「ほら仁、朝飯食べる時間が無くなっちゃうよ」


 「朝飯より二度寝の方が大事に決まってんだろ…」


 こんな調子で中々動かない仁を物理的叩き起こして、実技もあるので動きやすい格好に準備させる。まったくこの前の自信はどこから出てくるのだろう。


 準備を済ませてカインと共に朝食を摂った後試験会場である学校へ向かうと、正門では下見の時と違って長い受付の列ができていた。


 いくつかの長テーブルに結構な数の受付のお姉さんが座って受験生の相手をしている。


 「それじゃ頑張ってこいよ」


 「うん、ありがとうございます」


 列を整理している人たちの「受験される学科ごとにお並び下さーい!」の声に従い、カインと別れて冒険者学科と受付に書いてある場所の列に並ぶ。


 程なく僕達の番が来て、受付で受験番号63と書かれた紙や受験教室、受験時の注意事項を伝えられる。受験人数が多いからか今回はあのピンバッジはないようだ。


 入試は午前中筆記、午後が実技の日程で行われるらしいので、眠くて文句を言う仁の背中を押しながら前回通った道をたどって試験会場のB棟へと向かう。


 B棟の教室に入ると試験会場特有の緊張感で張り詰めた空気が僕達を迎えてくれる。なるべく音を立てないように受付で渡された受験番号の机に座り、試験の準備をして待ってると、部屋の空気に当てられてこちらまで緊張してきてしまう。


 入試要項によれば一時間目国語、二時間目歴史、三時間目算術らしい。


 しばらく待つと予鈴が鳴り、試験官らしいおじさんが入って来てありふれた試験の注意事項なんかを伝え始める。


 真剣に聞いていても仕方ないが他にすることもないのでとりあえず注意事項を聞いておき、その後問題文が配られると教室の緊張はピークに達した。本鈴と共に試験が開始されて一斉に問題を開く音が響く。遂に入試開始だ。


 「疲れた〜」


 「所詮は子供向けの問題に緊張しすぎだろ」


 やっと筆記試験から解放され、受験生向けに解放されている食堂で仁と共に昼食を摂る。学内には他にもカフェのような物がいくつか入っているみたいだが、やっぱりここが一番盛況しているみたいだ。


 「子供騙しでもなんでも緊張するものは緊張するでしょ」


 「しねえよ、あんな問題で落ちてたら笑ってやるよ」


 そんな話をしながら軽めに昼食を食べておく。あんまり食べすぎてると実技試験で苦しくて動けなくなっても困るし。


 食べ終わったら混んでるので早めに席を空けてグラウンドに向かう。


 グラウンドは入試のためか十二個の四角形に区切られており、傍には受験生が準備するためかスペースが設けてあり、既に数名の先客が体を動かしている。


 食べてすぐ動くのはしんどいので少し時間を置いてから腹ごなしの運動をし、午後の入試に備える。他の受験生と比べると僕達の体格は小さい方になるようで周りで、周りで運動している人達はみんな大きい。歳は同じくらいのはずなのにどうなってるんだろう。


 午後の試験の時間になると受験生は実技がある学科ごとに集められ、入試の注意事項を伝えられる。


 「色々言いましたが特に大切なのは勝敗は必ずしも合否判定に直結する訳では無いこと、相手を必要以上に痛めつけない事、勝敗は我々の判断が絶対この三つです。肝に銘じておくように」 


 そう伝え終えると試験官がくじを引き受験が始まる。


 待っている間は観覧席で見学できるようで実技がある騎士科、冒険者科、魔法科で分けて座らされる。


 「呼ばれるまで暇だな、昼寝でもするか?」


 「呼ばれてすぐ起きられない癖に何言ってんの、大人しく起きて見ててよ」


 惚けた事を言ってる仁と下の試合を観戦しながら僕達の番を待つ。


 「えっと、アスカだよね?」


 「えっ、うんそうだけどってペロ!?」


 下の試合を観戦していたら突然後ろから名前を呼ばれ、振り返ってみるとそこには見慣れた耳を立てたペロが立っていた。


 「もしかしてペロも入試受けてるの?」


 「うん、お姉ちゃんに勧められてね。そしたら見慣れた二人組がいるからもしかしてと思って」


 「ペロって戦えたのか、意外だな」


 とりあえずペロにも座ってもらって一緒に観戦を始める。


 「それじゃペロは一人で受験しにきたの?」


 「うん、校門まではお父さんが着いてきてくれたんだけどそこからは一人」


 「相変わらずしっかりしてんのな」


 仁が感心している。そんな事ないよとペロは謙遜しているが、この男は良い歳こいて一人では受験できたかすら怪しかったんだから一度ペロの爪の垢を煎じて飲むべきだ。


 「なんだなんだ、ガキが三人集まって遠足気分か?」


 そんな会話をしていたら後ろから今度は野太い声で煽られる。声の主を見ると僕と三十cm以上差がありそうな大男が立っていた。


 「ガキって言っても歳は変わらないでしょ、それとも君は浪人でもしたの?」


 「大体お前が立ってると後ろが見えねえだろ、座ってろおっさん」


 僕が売り言葉に買い言葉で返すと仁もそれに乗って口撃する。ペロは怯えていたので手を繋いであげると少し震えが良くなった。


 「なんだとテメェら、痛い目見なきゃ力の差が分からねぇのか!」


 「そこ!過度な私語は慎みなさい!」


 観覧席にいた試験監督が騒ぎを聞きつけ注意に入る、流石にこの巨漢も試験監督の前では形無しだ。覚えてろよと吐き捨てると広く空いてる席にどっかりと腰を下ろし、こちらを睨みつけている。


 「こ、怖かった…二人ともよくあんな怖い人の相手できるね」


 「どうせ手出しはできないんだから大丈夫だって」


 そう言って怯えてるペロを宥めすかす。可哀想に、よっぽど怖かったのか耳も尻尾も項垂れてしまっている。


 その後、ペロを宥めながら観戦していると三人の内最初に僕の番号が呼ばれた。対戦相手は…


 「ようクソガキ、また会ったな」


 さっきの大男が試験用の木製の斧を片手にニタニタと笑っている。うん、そうだよね。そんな気がしてた。定員四十人に対して倍率は二倍を超えてるんだから、滅多な確率では当たらないはずなのにね。


 「だからガキはお互い様でしょ」


 始まる前から気圧されてたら話にならないので言い返す。とは言え、流石にこのマッチングは見た目にインパクトがあるからか注目の的になっているのが分かる。


 周りの心情としては心配半分、悲惨な期待半分ってところだろうか。


 「こんな格好だしあんまり目立ちたくないんだけど、もう手遅れだし仕方ないか」


 こちらも試験用の木剣を構える。勝敗が直結じゃないとは言え、負けてしまうと心象は良くないだろうし勝つしかない。

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