第26話
2月になったがまだまだ厳しい寒さが続くそんなある日、僕達は毎週恒例になっている日曜学校に来ていた。
今日の授業は文字の読み書き、流石にボルドーに教わり始めてそれなりに日が経ち、僕だって簡単な読み書きくらいはできるようになった。
「あ、ほらそこ間違えてる」
「あれ、本当だ」
ペロに間違いを指摘されて書き直す。読み書きできると言っても簡単な物に限るのだからこういう事もある。
仁の方は逆にこんな簡単な読み書きは修めてしまって退屈なのか、立てた本を壁にして二度寝している。
「ありがとう助かったよペロ、仁は先に終わらせて寝ちゃうしさあ」
「ううん、私読み書きは得意だから。それよりジン君も寝てるし一つ聞いていい?」
ペロが急に真面目な顔になって聞いてくる。仁が聞いてたら何かマズいのかな?
「え、別にいいけどどうしたの急に?」
「ずっと気になってたんだけど、ジン君とアスカってどういう関係なの?」
真剣な顔をしたペロが切り出す。僕と仁の関係かぁ。
「一言で言うなら…幼馴染かな?」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
正確には腐れ縁の幼馴染かも知れないけどまぁ、幼馴染である事には変わり無いし。
「じゃあさじゃあさ、もし私がバレンタインでジン君にチョコあげるって言ったら止めない?」
ペロがこちらに身を乗り出しながら聞いてくる、小さい子とはいえ女の子の顔が間近にあるとドキドキする。
「ぺ、ペロが仁にチョコを?ペロ、ジンのこと苦手じゃなかったっけ?」
「苦手じゃないけど…その…」
ペロにしては歯切れが悪い、もごもご言ってるうちに顔を段々赤くなっていく。
「と、とにかく、私がジン君にチョコをあげても問題ないのよね!?」
「えっ、う、うんあげたら良いと思うよ。きっと喜ぶと思うから」
「そこ、授業中ですよ。静かにしてくださいね」
『は、はーい』
ペロがヒートアップしたせいで先生に怒られてしまった。ペロの尻尾と耳も項垂れている。
「ごめんねアスカ、私のせいで」
「ううん、良いよ。いつも勉強手伝ってくれてるから」
それにしてもこの世界にもバレンタインが存在するらしい。もしかしてクリスマスも僕達と縁がなかっただけで存在したのかな?
その後授業も終わり、顔が赤いままのペロと別れ帰路に着く。
「それにしても仁も罪な男だね〜、あんなに小さい子を落とすなんて」
「話が見えないんだが、一体なんの話だ?」
「バレンタインになったら分かるよ」
僕の言葉にこの世界にもバレンタインがあるのかと仁が驚いている。やっぱりそこ気になるよね。
元の僕達には残念ながら全く縁がなかったイベントだし、渡す側になってしまった以上、男に興味が無い僕には今でも縁がないイベントだ。
「いっそロバートやペロ達に友チョコでも買ってあげようかな?」
せっかくのイベントなのに何もしないのは勿体無いし、友チョコなら簡単に渡せるだろう。
「買うのは止めとけ、どうせおまえには用意する予算が無いだろ」
言われてみればそれもそうか。チョコを買おうにも今の僕達にはお金が無い。カインに言えばもらえるかもしれないけど、そんな事のためにお金をもらうのは申し訳ない。
「じゃあやっぱり僕には縁無しか〜、チョコがもらえる仁が羨ましいよ」
ペロちゃんは子供と言えどシアンさんに似て充分可愛らしい。そんな子からチョコをもらえるなんて贅沢者め。
「キッチンで材料借りてクッキーでも自分で作ればいいんじゃないか?お前料理はできただろ」
「料理はできるけど大丈夫かなそれ、邪魔になりそうだけど」
「聞くだけタダなんだし帰って聞いてみればいいだろ」
まぁそうか、どうせダメならやれるだけやって見とくのもいいよね。言い訳にもなるし。
帰り道にそんな話をしたので、帰ったら真っ直ぐキッチンへと向かってみる。と言っても場所を貸せ、材料もくれじゃあ取り合ってはもらえないだろうけど。
扉を軽くノックしキッチンの中に入る。中には調理服を着た数人が皿洗いや晩飯の下準備をしていた。
「突然すみません、ちょっとお願いがあってきたんですけど」
そう言うと奥からヒゲどころか髪の毛すら一本も無い50代程の男性が出てきた。一際長いコック棒を被っているのでこの人がここの責任者なのだろう。
「どうしたんだい?夕飯のメニューの希望かい」見た目によらず優しい声で尋ねてくるシェフに、キッチンを借りられないか聞いてみる。
「土曜日にクッキーを作りたいからキッチンを使いたい?」
「はい、バレンタインが近いので日曜学校にクッキーを焼いて持って行こうかと思って」
う〜んと唸りながらシェフが頭を捻る。
「貸してはやりたいんだが子供一人でって訳にもタダでって訳にもいかないな」
「と言うと、僕は何をすれば良いのでしょう?」
「洗い物が増えるんだ、一週間皿洗いを手伝ってくれればそれで良い。それとシャント、この子が料理する間お前が面倒を見てやりなさい」
シャントと呼ばれた背の高い一人のメイドがこちらにきてよろしくお願いしますと頭を下げる。シアン達のように獣人のようだがシャントは猫の獣人らしく生えているのが猫耳に猫の尻尾だ。
その後一週間毎朝毎晩2時間づつほど皿洗いを手伝い、その際周りから「エプロンが可愛い」とか「花嫁修行かい?」とか揶揄われながらもキッチンの使い方と軽い料理も教えてもらった。
そして翌土曜日の夜。僕達の部屋には焼けたクッキーの甘い匂いが充満していた。
「凄い、アスカがこれ作ったの?」
「うん、料理の仕方は覚えてたからね。シャントには手伝ってもらったけど」
機械文明に慣れた僕からすればどうしても不慣れなキッチンでの料理になったので、シャントからはそれなりに手伝ってもらうことが多かった。
「ま、生地が緩々のクッキーにならなくてよかったな」
人が焼いたクッキーを勝手に試食しながら仁が言う。
「もう、だめだよジン。せっかくアスカが焼いてくれたのにそんなこと言っちゃ」
そう言いながらロバートも一枚食べる。一応先に大丈夫か確認を取ったのだが、どこからともなく出てきたボルドーが毒味をして許可していった。
「ごめんね、手作りだから普段のお菓子ほど美味しく無いだろうけど」
「そんなことないよ、世界で唯一の味だよ」
ロバートは目を細めながら褒めてるのか慰めてるのか判断に困るコメントをくれた。あれ、なんか失敗しちゃったかな?
「明日はこれをみんなに配るの?」
「うん、友チョコ代わりにしようと思って」
おかげでかなりの枚数になったし、持って運ぶ時は仁にも手伝ってもらおう。
良いな〜とどこか遠くの世界でも見るようにロバートが言う。いや、実際ロバートからしたら遠くの出来事なのかも知れない。
「ほら、二人とももっと食べない?明日の分は充分あるからさ」
その後ロバートは嬉しそうに、仁はぶつくさ文句を垂れながらもクッキーを食べた。
翌日、僕達の部屋には、僕のクッキーの代わりに仁がもらってきたチョコが散乱することになるのだった。
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