第21話

 水着を購入に連れて行かれてから数日、遂に水浴びをしに行く日がやってきた。カインが言うには涼しげな沢を知っているらしい。


 「それで、歩いて行くのか?列車で行くのか?」


 「歩いて行くには遠過ぎるし列車は通ってない、だから俺の竜に乗って行く」


 「俺の竜…ですか?」


 突然の告白に驚く、竜なんかもいるのかこの世界には。と言うかカインは竜騎士だったのか。


 「あれ、でも竜って列車に乗るんですか?」


 前にカルセオラリアに出兵した時は列車で出ていたはず。竜なんて乗れるのならわざわざ列車で出て行く意味は無さそうだけど。


 「乗る訳ないだろ、単純に列車で軍隊を動かすと言うことに意味があるんだ。いざとなれば呼べば竜は自分で飛んできてくれるしな」


 つまり軍隊を動かしたって事実が必要だったということ?スクランブル発進みたいな物だろうか?


 「それでその竜はどこにいるんだ?」


 「普段は馬なんかと一緒に厩舎にいるんだ。呼んでくるからお前達は庭で待っててくれ」


 そう言われて三人揃っていつもの庭で待つ。周りではいつもの騎士見習い達が陽が強くならないうちにと鍛錬を積んでいる。


 「なんか、ボク達だけ遊びに行くと思うと罪悪感があるね…」


 「そ、そうだね…」


 「まあ、騎士見習い達だって子供の頃は遊んでいたさ」

 仁が悪びれた風もなく嘯く。大体自分を子供の括りに入れてるけど、多くの騎士見習い達は元の僕達とあまり歳が変わらないはずだ。


 そんなことを言っていると一陣の風が庭を吹き抜け、葉や砂が宙を舞う。巨大な翼をはためかせ、大きなトカゲのような姿をした3メートルほどの大きさの竜が庭へと降り立つ。


 「やあ、待たせたな。こいつが俺の相棒ミルドラだ!」


 いつの間にか槍を携えているカインが竜の背から降りてきて紹介してくれる。


 「なんで槍持ってきてるんですか?」

 「今日はロバート様の護衛を兼ねてるからな、いざという時戦えないと困るだろ」


 言ってることはもっともなのだが、一緒に着替えと海パンが入ったバッグを持ってるせいで全然説得力が無い。


 「でっけー本物の竜だ!すっげえ!」


 仁は年甲斐もなくはしゃいでいる。いや、今の見た目だと年相応なのかもしれない。


 「ミルドラ、今日はよろしくね」


 ロバートがミルドラの頬を撫でる。どうやら会うのは初めてでは無いようで触れるのも慣れた手付きだ。


 「さ、それじゃ三人とも乗せるぞ」


 そう言うと1人づつ抱き上げられミルドラの背中に乗せられる。乗り心地は悪くないが、鱗が硬くて滑らかなので滑りそうでちょっと怖い。


 「それじゃ、しっかり捕まってろ。飛んでる間は話すなよ、舌噛むからな」


 一番後ろに座ったカインが手綱を引くと翼が動き、少しづつ地面が遠くなる。正直、飛行機の離陸なんかよりよっぽど怖い。


 高度がある程度まで上がると今度は前進し始める。速度自体はそこまででもないのは僕達のことを考えて制限しているのかもしれない。速度や高さ的に空飛ぶバイクとかに乗るとこういう感覚なのかな?


 下にバンクシアの街を見ながら飛行すると、次第に街の代わりに広大な丘陵が広がっているのが見え始める。


 そのまま街を通る川を遡上するように飛行すること一時間ほど、山の一部の開けた所にミルドラは着陸する。


 「お疲れ様、ここが目的地のオーデルの沢だ」


 広さはそこまででも無いが、透き通った水がキラキラと陽光を反射し、水底では湧き水が吹き出ているのが見える。水が透き通っている割に魚の姿はあまり見えない。水清ければ魚棲まずと言うのもあながち間違えでは無いのかも。


 「中々綺麗な所ですね」


 「だろう、この辺を上から見てから気になってたんだ」


 「ここにいるだけでも涼しげだね」


 「良いからさっさと着替えて泳ごうぜ!」


 実はもう下にきてきたんだと服を脱いですぐに飛び込む仁。


 「ひゃ〜気持ち〜!」


 「あ、ずるいボクたちまだ着替えてもないのに」


 仁につられてロバートも急いで着替え始める。


 「ぼ、僕はあっちで着替えてくるね」


 流石に着替える時は裸になるので僕1人だけミルドラの裏に回って、もう一度女児用水着を着る覚悟を決めて着替える。


 やっぱり股やお尻周りのフィット感や胸元まで布地で締め付けられるのが気持ち悪い。ついでに帽子はないので髪の毛を後ろで結び直す。


 「お、お待たせ…」


 僕が着替え終えてミルドラの裏から顔を出すと、既に着替え終えたロバートも水の中に入っていた。カインは少し離れた所に焚き火の用意を始めている。


 「いつまで着替えてんだよ」


 「先に入ってるよー!」


 水の中から二人が呼んでくる、ロバートもすっかり上機嫌だ。


 「待ってよ、僕もすぐ行くから」


 久しぶりに入る冷たい水の感覚。水風呂とは違い流れがあるから、常に一方から圧力がかかる独特な感触にどぎまぎしながらも二人の元まで急ぐ。


 深さは腰くらいまででそこまで深くはないが、元々水が綺麗だったから歩くたびに底で砂が舞うのが見える。


 あんまり遠くには行くなよとカインが岸から声をかけてくるが、そんなに広い沢でもないのでその心配も無さそうだ。


 「ようアスカ、水着似合ってんじゃん」


 「うん、とっても似合ってるよ」


 同じ言葉でも意味は全然違うセリフを二人が返してくる。ムカつくので仁の顔には水をぶっかけてやった。


 その後大人気ない水の掛け合いや、泳げない僕達への仁の水泳講座でまた一悶着起こしながら時間が過ぎていく。


 「そろそろ帰るぞー!」


 陽も傾き出して周囲が段々赤みを帯び始めた頃、一人で楽しんでたカインが呼んできた。どうやら楽しい水浴びもここまでらしい。


 「だって、そろそろ戻ろうか」


 「そうだな、カナヅチ二人も矯正できた事たし。どうだロバート、楽しかったか?」


 仁はどこか誇らしげだ。結局仁に習う羽目になってしまったのは悔しいが、泳げないままでいるよりはマシだろう。 


 「う、うん、とっても楽しかった…」


 さっきまで元気だったのにロバートにまた少し陰りが見える。


 「どうした、名残惜しいのか?」


 「ううん、そうじゃなくて…二人にはどうしても聞いておきたい事があるんだ」


 海パン姿のまま、いつになく真剣な表情のロバート。始めて部屋に来た時でさえこんな顔はしていなかった。


 大きく息を吐き、一泊置いてロバートが口を開く。


 「二人が冒険者に興味持ってるって本当?」


 「どうしたの突然?」


 突然の質問に驚きながらもなるべく平静を装って答える。ロバートには冒険者のこと話したこと無かったはずなのにどこで聞いてきたのだろうか?


 「ボルドーがね、最近二人が冒険者に関する情報を集めているようですって言ってたの」


 そうか、ボルドー経由なら話を聞くのも有り得るか。何せ、今の僕達の情報源はカインかボルドーの授業しかないのだ。


 「それで、俺たちが冒険者を目指してたら何かマズいのか?」


 「べ、別に何かマズい訳じゃないけど…」


 仁からの言葉にロバートが口籠る。どう聞いても何もない口調ではない。


 「僕達が冒険者になるかどうかはまだ決まってないけど、近いうちには結論を出すつもりだよ」


 入試もあるらしいしいつまでもなぁなぁでいる訳にはいかない。来年は受験だと考えれば決断は早い方がいいだろう。


 「そっか、まだ決まってる訳じゃないんだね」


 ロバートは最初こそ安堵していたが、覚悟が決まったのか一転してまた真剣な表情になる。


 「ぼ、ボクは二人に冒険者にはなって欲しくない!騎士として、ずっとボクと一緒にいて欲しい!」


 さっきよりも一層真剣な表情のロバート。いつも押しが強かったが、今回は押しではなくキッパリと断ってきた。


 「…それは一つの意見として聞いておく。だが、俺たちの人生は俺たちの物だ。最終的には俺たちが決める」


 「アスカも同じ意見なの?」


 「ごめんね、そもそも冒険者の話を始めたのは僕なんだ。僕は冒険者になってどうしても取り戻したい物がある」


 そっか、それでもとロバートが食い下がる。


 「僕はやっぱり二人と一緒にいたい。二人には騎士になって欲しい」


 「ごめんね、これだけはいつものように流されてはあげられない」


 この問題は僕だけの話じゃない、仁にだって関係がある話だし、元の体に戻るチャンスは騎士より冒険者の方がずっと多いはずだ。


 「話し合いは決裂だな。それじゃ決闘でもして決めるか?」


 けっとう?けっとうって決闘のこと?


 「決闘、ボクとアスカでって事?」


 「ちょ、ちょっと仁!仁はそれでいいの?」


 「いいさ、俺が言い出した事だし、取り付く島もないよりいいだろ。後はお前とロバート次第だ」


 それじゃ先に上がるぞと仁は上がって行ってしまう。


 「ボクとアスカで決闘…」


 ぶつぶつ言いながらロバートも仁の後を追って上がって行く。着替えに一番時間かかるのにいつまでも入っている訳にはいかないので、僕もすぐに上がって着替える。


 急いで着替えてミルドラの裏に回ると、着替え終わったみんなが待っていた。


 「ごめん、お待たせ」


 「相変わらず口の割に悪びれてる感がないな、もっと反省したらどうだ?」


 「こらこら、女の子にそう言うこと言うもんじゃないぞ」


 悪態を吐く仁をカインが嗜めてくれる。ロバートの方は俯いたままだ。


 「さ、それじゃあ名残惜しいだろうが帰るとするか」


 行きと同じように1人づつ抱き上げられてミルドラに乗せられる。


 楽しい思い出になるはずが一転、重苦しい空気の中帰路に就くのだった。

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