第14話

庭に木剣同士がぶつかり合う軽い音が響く。


 「そこっ!」



 打ち合いの一瞬の隙をついた一撃で、僕の手から木剣が弾き飛ばされ、喉元に相手の木剣が突きつけられる。


 修行を付けられ始めて三ヶ月程が経ち、最初は過ごしやすかった気候も段々暖かいを通り過ぎ暑いに変わった。


 その間、夢で見ることはあっても、都合よく元に戻るなんてことはなかった。元の僕らは一体どういう扱いになっているのか考えるのも恐ろしい…


 「ま、負けました…」


 「でもだいぶ動けてたね」


 今日の打ち合いの相手はロバートだった。特技が剣技と言うだけあってロバートは強い。並の騎士見習いとなら互角に打ち合えるだろう。


 当然、僕はまだそんなに強くない。筋はいいと言われたけど、打ち合いで勝てるかと言えばそうでもないしまだまだ修行が必要そうだ。


 「どれだけ動けてても負けは負けだけどな」


 「仁の方こそ、黙って埋まってないといつまでも魔法が上達しないよ」


 仁はまた首から下を埋められている。魔法の出力がなかなか上がらないのだ。


 カイン曰く、むしろ三日で出せただけ凄いそうだが、本人は不服そうだった。


 「ロバート様の言う通り大分動けてたぞ。まだ右足の意識が甘いがな。」


 右足が痛いとかは無いんだよな?とカインが心配してくるが、今痛い所なんて無いので単に僕の癖だろう。


 「カイン様、ジョン様がお呼びです」


 ボルドーがいつの間にかそばに立っている。最初こそ驚いたものだが、これも三ヶ月で慣れたものだ。


 「ジョン様が?分かったすぐ行く」


 「よろしくお願いします。それとロバート様、アスカ様、ジン様そろそろ勉強のお時間です」


 僕達が読み書きできないと分かってから、ロバート様の勉強に僕らも参加させてもらっている。まぁ、仁はともかく僕はまだ読み書きできないんだけど。


 「分かった、それじゃあ二人とも行こうか」


 「うん、ほら仁も埋まってないで早く」


 いつまでも埋まっている仁を急かす。


 「お前わざと言ってるだろ」


 さて、一体何のことやら。


 修行を終え、泥だらけの仁の身支度が整うと勉強が始まる。と言っても僕は筆記ができないから一人だけ別メニューだけど。


 「あ、ほらそこ間違えてるよ」


 「えっ、間違えてる?言われても分からないや」


 ロバートに文章のミスを指摘されるが、何を間違えてるのかすら分からない。


 子供相手に剣で負けて学で負けて挙句書き間違いすら指摘されて、最初のうちは自尊心がおろし金でガリガリ削られる気分だったけど、最近はそれすら気にならなくなってきた。自尊心が全部削れ切ったのかもしれない。


 「なぁボルドー、他国では騎士って廃れていってんだろ?なんでアルコーズ王国では未だに力持ってんだ?」


 「他国は国土が小さく、冒険者の仕事が少ないので傭兵になるものが多いのです。必要な時に必要な数雇えばいい傭兵が大勢いる以上、維持費がかかる騎士達の役割は大きく減っていきました。しかし、ここアルコーズ王国は国土が広く、ダンジョンも複数抱えてるので冒険者の仕事が多く、傭兵の成り手が少ないのです」


 また、銃火器や重火器の実用化で白兵戦のあり方自体見直されているのが現状です。と教えてくれるボルドー。


 ボルドーが教えてくれるのは読み書きやこの国の歴史、周辺諸国の情勢など多岐に渡る。算数や自然科学についても教えてくれるけど、これは文字が読めなくても元の知識でどうにかなるので助かる。


 もっとも最初から知ってるとおかしいので始めて知って、覚えたふりをすることにはなるけど。


 「じゃあお隣のデカいグレーワッケ帝国はどうなんだ?」


 「グレーワッケ帝国は近年急拡大した上、貴族制が形骸化して代わりに職業軍人で組織された常備軍が力を持っているからにございます」


 仁の質問にボルドーは適宜答えていく。


 この辺の情勢は僕達の世界の歴史とはちょっと違うようだと仁が言っていたが、世界史に興味がなかった僕には違いがよく分からない。そもそも騎士っていつまでいたんだろう?


 「さて、本日のお勉強はここまでに致しましょう。皆様、お疲れでしょうからお飲み物の準備を致しますね」


 一日の勉強時間は三、四時間ほど。終わるとボルドーが入れてくれたお茶を飲んで勉強が終わる。勉強が終わるといつも部屋にロバートが遊びにきて、夜遅くなったら帰る。大体これが一日のローテーションなんだけど…


 「僕達これでいいのかな?」


 「どうした急に?バカの考え休むに似たりだぞ」


 「僕達の今後のことだよ」


 人の話を聞く前から考えるだけ無駄扱いしてきた仁の頭を一発はつって続ける。


 「流されるままに修行つけられて勉強を教えられてるけど、このままの日常をただ続けてても元に戻れそうには無いし、何か変化が必要なんじゃ無いかと思ってね」


 「なんだ、お前もまだ元に戻ることを諦めてなかったのか。最近少女としても板に付いてきたし、諦めたもんだと思ってたぞ」


 僕の言葉に仁が驚く。聞き捨てならない言葉が混ざってたけど。


 「ちょっと、誰が少女として板に付いてきたって?それに僕としては仁の方が諦めてると思ってたよ。憧れの魔法のある世界だし」


 魔法狂いの仁が元の世界に戻ろうと考えていたのは意外だった。それに仮にも成人男性なんだから、この姿での生活が板に付いたら困る。


 「分かってねぇな、俺はこんなトンチキな世界じゃなくて元の日本で魔法が使いたいんだ。それに周りの人間も心配してるだろうしな」


 仁の口から意外な言葉が溢れる。こいつ人を気遣うということを知っていたのか。


 「でも仁も元に戻ろうと思ってるなら話が早いよ。一緒に戻る方法を考えよう」


 「それはいいが、お前は元に戻っていいのか?俺と違って今のお前なら相当モテるぞ?」


 「その言葉はそっくりそのままお返しするよ」


 少なくとも元の見た目でも仁よりはモテる自信がある。第一、男相手にモテたくもない。


 「それで、言い出したからには何か考えがあるのか?」


 「いや、それが全く。精々聖書で言ってた神器くらいしかアテが思いつかないよ」


 そもそもなんでこうなったのかもあやふやなのに、戻る方法なんて思いつくはずもない。


 「仁の方はどうなの?」


 「俺の方もサッパリだ。精々言えることはこの世界に飛ばされた時感じたのがこの世界でいう魔力だったんじゃないか?と思うことくらいだな」


 この世界で言う魔力を元の世界で感じたって言うのは大きい情報だ。何せあの時感じたのが魔力だとすると、何らかの魔法で戻れる可能性がある。


 「と言うかあの本一体何だったの?今なら何か分からない?」


 「いや分からん、開かない魔導書って見知らぬ古物商の兄ちゃんに聞いて買っただけだからなぁ」


 相変わらずどうしてその売り文句の商品を買おうと思ったのかが謎だが、それはとりあえず置いておく。


 「この世界にも同じ本が無いかな?」


 あれが魔導書と言うなら、魔法があるこの世界にも同じものがある可能性が無いかな?


 「あれば話が早いが、探し出すのは大変だな」


 「まぁそうだよね。でも他に当ても無いしなぁ」


 二人で頭を抱える。結局、その後も良い案が出ないまま夜だけが更けていった

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