天才王子のお世話係をしております
深夜翔
お世話日記01 : 天才王子の世話係
――私は、どうなってしまったのでしょうか。
――いえ、そもそも私は、
残された最後の記憶と言えば、会社帰りに歩道橋で子どもを見かけて……、小さな子どもが階段から落ちそうになって……それで…………。庇って私が落ちた。
もう一つは、実験だと言って木登りをした――様を助けようとして、落ちてきた枝にぶつかって……あれ?
「
私は奇妙な記憶が
「……痛いです」
ジンジンとした痛みを頬に感じ、同時に私が今、雲の上に寝ていることを認識しました。
「私は生きて……はないですよね。ここは一体どこなのでしょう。天国?」
あまりに現実味のない状況に、私はとても落ち着いていました。歩ける雲、それ以外には何もありません。
恐る恐る立ち上がってみると、足元からは安心する確かな反発を感じます。どうやら歩けるようです。ゆっくりと1歩を踏み出して、また1歩……また1歩と、少しづつ慣れていきました。
ふわふわとしているのに沈まない不思議な感覚に、私は楽しくなっていつの間にか走り回っていました。
走って、回って、跳ねて、踊ってみたり。身体がとても軽くなったようで、どれだけはしゃいでも疲れません。
「ふふ、なんだか天使になったみたい」
背中に羽が生えていると勘違いしてしまいます。
私はしばらくその状況を楽しみました。ずっと遊んでいても良かったのですが、ふと目の前に、
ドッペルゲンガーでしょうか。それにしては、とても暖かで安心する、この気持ちは何故でしょう。
気になった私は、ゆっくりともう一人の私に近づいて行きます。相手もこちらに気がついたようで、驚きながらも近くに寄ってきました。
「あなたは、誰ですか?」
「私はミユキです。ソフィア・ミユキ。あなたは?」
「私は
「同じ名前ですね!!えっと……私たちはどうしてここにいるのでしょう?」
「私は、たぶん死んでしまったのだと……。何故か記憶が二つあって」
私そっくりのミユキに、私はここに来るまでの話をしました。驚いたことに、ミユキも私と同じように記憶が混在していたのです。それも、朧気な記憶ながら、片方は私の記憶……のようです。はっきりと断言はできませんけど。
なので、私の記憶にあった、木から落ちた少年を助けようとして枝に下敷きにされてしまったのは事実だったようです。
「不思議なことがあるのですね。あなたと居ると、どこか心地よい気持ちになります」
「私もです。姿も声も、名前も同じ。偶然……では無さそうですけど」
『――それについては、ワシから説明させておくれ』
「ひゃっ」「へ?」
どこからともなく聴こえてきた声に、私たちは慌てて空を見上げました。どこにも姿は見えませんが、その声は間違いなく聴こえてくるのです。
「誰……ですか?」
『ワシはお主たちが"神"と呼ぶ存在の一部じゃ。そして、お主たちがここへ来てしまった原因もワシにある』
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする自称神様に、現在の状況に対する理由を尋ねました。
『ワシら神の役目は、肉体と別れた魂を導き、正しい輪廻へと送り出すこと。そうして全ての世界、全ての生命を護っている』
「では……やはり私たちは死んでしまったのですね」
そう、悲しい表情で口にするミユキ。
同じ記憶を持っているからこそ、私にも理解出来ました。彼女は、仕えていた少年の身を案じているのです。
彼の幼い頃から近くで見守って来た、――様のことを。
『実は、お主たちの肉体はまだ生きておるのじゃ』
「え?!」
『正確には生きておるだけじゃ。致命的な肉体の損傷に耐えきれず、魂のみがこちらへと来てしまった』
「それは……死んでいる、とは違うのでしょうか」
『そうじゃな。まだ生きる術がある。そのためにワシはここにいる』
神様にとっても異例な事のようです。
「直ぐに戻ることは……出来ないのですか?」
『戻すことは可能じゃ。しかし、説明した通り主らの肉体は崩壊寸前。このまま送り返しては、魂そのものに影響が出てしまう』
「……では、どうしたら」
『お主たちの魂を入れ替えるのじゃ。異なる世界を渡ることは本来不可能じゃが、限りなく性質の近い主らであれば可能であろう』
「魂を入れ替える……って、私が異なる世界に行くと言うことですか?!」
『そうなるの。崩壊する肉体を止めるには、新たな魔力が必要なのじゃ。本来の世界にとは別の、異なる魔力を有した魂を入れ込む』
「そ、それでは……」
ミユキが大切にしている――様には、もう会えないでは無いですか。……そんな、そんなの。
『離れた魂をここへ導いたのはワシじゃ。そして、元いた肉体へ戻すことが出来ないことも、ワシの不手際が招いてしまった。お詫びにはならぬかもしれないが、ワシの魔力を使い、主らの魂を繋ぎ止めておく。主らが互いに望んだ時、再び会うことができるように』
「良いのですか?私のような者を……」
『そう悲観するでない。お主たちの優しい心は、その記憶からよく分かる。ワシは主たちに生きていて欲しい』
記憶……。この記憶は、神様に伝わっているのですね。魂の性質が近いというのは、この混在した記憶やそっくりな見た目と関係があるのでしょうか?
初めはドッペルゲンガーかと思いましたが、こうしてお話していると双子の姉妹のようです。
「えっと、美由紀!」
「え、は、はい」
「私の身体を、お願いします」
「…………えぇ?!い、良いのですか?その……――様は、えと、あなたが……」
「いいんです。私の望みは、あのお方の成長を見守って、立派なお姿を見ることでした。私を救ってくれたあの方に、恩返しがしたかったのです。……こんな形になってしまいましたが、私の代わりにあの方を、――様を、お願いします」
寂しそうで、辛そうで……満足そうな表情。
彼女が私に望む願いには、私が得ることの出来なかった全てがこもっていました。
「その、ミユキ。代わりに……何の変哲もない、普通の私ですが、どうか私の体もよろしくお願いします」
「もちろんです。それに、不謹慎かも知れませんが、少しワクワクしている私がいます。私の世界とは全く違う、不思議な世界です。美由紀は、どうですか?」
「私……私も、楽しみです。それと、少し……少しだけ、不安です」
ミユキ。あなたが救いたいと願った、――愛した者を、託された想いを、私はその信頼に答えることが出来るのか。
あなたの優しさに見合うだけの価値が、私にあるのでしょうか。
……他人を愛せず、愛されなかった私に。
「大丈夫です、美由紀。同じ記憶を持つ私が断言するのですから、間違いありません。あなたには、幸せになる権利があります。――幸せにする想いがあります」
「……幸せ」
「そうです!一つ、約束をしましょう美由希!!私はあなたを幸せにします。そして、美由紀は私を幸せにしてください!次に会う時は、幸せがたくさん詰まったお話を、たくさん、、たーっくさん、共有しましょう」
「――っ!!はいっ!!」
彼女の、私の、心からの笑顔に、不思議と救われた気がしました。同じ状況のはずなのに、彼女はどこか大人びていて。まるで――
「お姉ちゃん…………、へ?あ、いや、違っ」
「ふふ、私もそう思っていたところです。私に妹がいたら、美由紀のような可愛い妹なんだろうと」
「わ、私が?可愛いなんて……」
「あ、それは私が可愛くないと言いたいのですか!」
「違います!!」
「良かったです。なら私たちは今から可愛い姉妹です。家族よりも強い繋がりを持つ、
ミユキの手が、私の肩を掴んで。
近づいてきたおでことおでこがぶつかって。胸の中が暖かく、輝き出したような気がして。
『ふぉっふぉっ。結論は出たようじゃな。ではそろそろ、始めるとしようかの』
「はじめる?」
『魂入れ替えの儀式じゃ。そう身構えずとも、お主たちは目を閉じていればいい』
頭の中の声に促され、私たちはその場に座り込んで目を閉じます。私の右手は、ミユキの左手側重なっています。確かな温もりをその手に感じて、心配性な私の心に不安はありませんでした。
「ミユキ!」
「はい」
「
「はいっ!」
『では行くぞ――』
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天気の良い早朝。
もはや慣れた日常に、今日も感謝して
「失礼します。起きていますか――
「ミユキか。僕はとっくに起きている。なんと言っても今日は、父上に許された
扉を開けると、既に私服姿――決して王族の着るような服装では無いですが――のレイド様が起きていらっしゃいました。凛々しい立ち振る舞いですが、実験の楽しみが隠せていませんよ。
いつもの事です。私は脱ぎ捨てられた寝間着を拾い上げ、乱れたベットを整えます。これだけ広い部屋ですと掃除機が欲しくなりますが、残念ながらここにはありません。
「ミユキ。僕はこれからヘルティアの森に行ってくる。剣の訓練は帰ってきてからだ」
「……お出ししていた宿題はどうしましたか?」
「既に終えている。では、父上への誤魔化しを頼んだぞ!!」
「あ、お待ちくだ――相変わらず、風のような速さです」
開け放たれた窓から飛び出していく王子を目で追いかけて、あっという間に見えなくなった姿に笑みを浮かべます。
あの方、――アルカナス・フォルティ・レイド様は、この国の第三王子です。他の追随を許さない圧倒的な魔法の知識を持ち、魔法のことになると誰も止めることが出来ない、天才と言って差し支えありません。
その探究心は計り知れず、5歳の時には全属性の魔法を扱い、魔法の実験のために王位継承権を放棄しました。
この国の国王であり、レイド様の父君はあの方の自由奔放ぶりに呆れていますが、その行動を許しているところからもレイド様が大好きなのがよく読み取れます。
決して口には出せませんが、親バカなのですね。
「帰ってくる頃には昼食の時間でしょうか。朝食はいらないと報告しておかなければなりませんね」
そして私。
草野美由紀。現在の名を――ソフィア・ミユキ。
――自由奔放な天才王子のお世話係をしております。
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