第10話 釣れたものは

 昨日牛もどきを倒した場所まで行こうと洞窟を出て森の変化に気づく。明らかに静かだ。この森に足を踏み入れた時、生命のざわめきを感じた。しかし今や不気味な程に静かだ。間違いなく何かが起こった。テンも何かを感じているのか少し毛を逆立たせながらキョロキョロと周囲を観察している。


 ここでどうするかだ。とはいえするべきことは決まっている。この森で生きていく以上原因を知らなければいけない。


 予定通り牛もどきの死体がある場所へと歩みを進める。しかし歩みを進めるたびに嫌な雰囲気が重くなっていく。おそらくそこに何かがあるのだと直感で感じ取る。


 そして…目的地へと辿り着いたそこにいたのはおぞましい魔物だった。


 牛もどきよりもひと回りりほどでかい蜘蛛の魔物だった。後ろ姿しか見えないが脚が6本。更にはっきりとは見えないが顔付近から鎌のようなものが生えているのが見える。


 一目見て森の異変がこいつが原因だと感じ取れる。過去の捜索隊もこいつにやられた可能性が高そうだ。魔力を感じるから魔法を扱うのだろうが魔法を使わずともここら辺の動物なら簡単に狩ってしまいそうだ。


 テンの毛も尻尾も今までにないくらい逆立っている。恐怖を感じているのだろうが決してあの大蜘蛛から目を離さない。テンは勇敢だな。


 そしてなにより、僕がおぞましいと感じた原因。こいつから命の光がおびただしいほど見えるからだ。最も大きな命の光が1つ。そしてまるまるとした腹に小さな光がいくつも集まっている。


 そんな奴が一体牛もどきの死体に何をしているんだ…?


 っ!?


 「シャアァァァァァ!!」


 突然こちらを振り向き口の横に付いている鎌を開き威嚇してくる。


 おいおい、どんだけ索敵範囲が広いんだ。ここから20メートルは離れているぞ。それに後ろにいた僕を一瞬で見つけたあたり、牛もどきの死体に夢中になっていなかったらもっと索敵範囲が広そうだ。


 いつでも逃げれる準備をする。大蜘蛛も威嚇をするだけで今はまだこちらを襲う素振りはない。ならばと思い右手に持っていた剣を相手を刺激しないようにゆっくりと下ろし、敵意は無いとアピールする為に両手を上げる。


 「こちらにそちらを害するつもりは無い!その牛もどきを奪うつもりもない!そちらの住処を荒らしてしまったのなら申し訳ない!ここがそちらの住処なら2度と足を踏み入れないと約束する!」


 こちらの意思が全て伝わるとは思ってない。ただ僕も森に住むものとして、無駄な殺生で生態系を荒らしたり、むやみやたらに他の生物の住処を荒らすつもりもない。大蜘蛛が襲う素振りを見せずに威嚇にとどめているので、こちらもいつでも逃げれる体勢をとりつつ意思を伝える。


 少しの間大蜘蛛は威嚇の体勢のまま構えていたが、少なくともこちらに攻撃の意思が無いと伝わったのか威嚇の体制をやめる。


 そしてまだ警戒をしているのだろう。こちらに顔を向けたまま牛もどきを食べ始めた。


 8つある目の内、4つの目でこちらを警戒しつつ、残りの4つで周りを警戒している。恐ろしい見た目だがなんとも器用な事をするものだ。


 それにしてもどうして死体漁りのようなことをしているのだろうか。戦ったわけではないがこいつから感じる雰囲気からは、少なくとも僕が見た動物達は相手にならないだろう。それ程の雰囲気を感じる。


 それにこいつの生態系も分からない。蜘蛛は巣を張って獲物を捉える種類が大半だ。たまたまこいつは巣を張らないタイプなのか?


 色々と思考を巡らせ、堂々巡りとなってきた所で1つの可能性が思い当たる。


 こいつの命の光だ。こいつの命の光は大きな光が1つだがその光は、こいつの雰囲気から感じる強者感程強くない。はじめは自身の命をいくつも分けていたのかと思った。だからこそこいつを初めて見た時はおぞましいと感じた。


 ただ、もしかしたら体内にあるおびただしいほどの命の光は子供のか…?


 こいつはある程度子供が育つまで体内で育てるタイプなのか?


 もしそうだとしたら身重の状態で満足に狩りと食事が出来なかったのかもしれないな。そうなると最初に僕に気付いた時に威嚇だけだったのも、体力を使う戦闘はあまり行いたくなかったのかもな。


 もしかしたらあいつも子供を守る為に必死な母親なのかな。


 これも面白いキッカケだ。少し僕なりに行動を起こしてみよう。

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