第9話

僕は調べ終わったこの世界の自宅を出て駅に向かった。その後も覚えている限りの記憶と照らし合わせ、この世界での異変を探して回ったが、そのようなものは見つけられず、僕の記憶通りの駅前や駅ビルだった。日が暮れ始めたころ携帯が震えだす。マナーモードだが帰宅のアラームを設定していた。僕は既にバス停に到着していた巡回バスに乗り込むとそこには既に初絵と雪が乗っていた。


「みんな、おつかれさまー。収穫はどうだった?」


僕がそう言いながら二人の一個前の席に座ると、二人の間で一瞬どちらが先に話すかの沈黙があり、先に初絵から話し始めた。


「私からは図書館で色々調べてみた結果分かったことあったから、話さなきゃいけない情報があるんだけど、二山君もまだ来てないし、他に客はいないけど万が一があるから家に帰ってから話すよ」


そう少し声を潜めるようにして話すと初絵は隣に仏頂面で座っていた雪の方に視線を向けた。雪は初絵から向けられた視線により一層深く顔を顰めると、ため息をつきながら短く答えた。


「必要なものは揃えた。それからこちらでも分かったことはあるが、おそらくこれは初絵の図書館で得た確度の高い情報を裏付ける程度の内容だろうな、ここから先は家で話す」


二人の軽い報告を受け、うん、と頷きながら僕は二人が今回の行動で得たであろう情報がどんな驚くべき内容かと想像を膨らましていた。すると隣から手が伸びてきて僕の太ももを小さくペシッっと叩かれた。


「そういえばルカ君はどこ見てきたの?」


雪に訝し気な視線を向けられ、僕はあの家で見たものを思い出した。


「僕は特に収穫は無かったかな。っていっても目に見える範囲でだけど」


隣に座る雪は小さく「そっか」と小さく返事をすると。黙ってしまった。初絵は俯いていて眠っているのか考え事をしているのか分からなかった。僕は今日の調査を黙ってプライベートな用事に消費してしまったことに今更になって罪悪感を感じ始め、少しでも何か情報を集めようと視線を窓の外に向けた。窓に映る景色はやはり何の変哲もない街並みだった歩く人も少なく、ゆっくりと法定速度で景色は流れていく。空の彼方に目を向けてみると既に日は落ちる寸前だった、その境界線は赤くなっていて青空は水色からより青く深くなっている。そこで僕はやっと大事なことに気づいた。



肩に軽い衝撃を受け僕の意識は覚醒した。どうやらバスに揺られて眠ってしまっていたようだ。


「ルカ君、もうすぐ着くよ」


隣から雪が肩を優しくたたいている。雪も疲労が溜まっているの声に力が無かった。乗った時よりも煌々とバスの中で照明が働いていた。冬の夜から切り取ったような明るく温かいバスの中に、窓から伝わる冬の夜の冷たい空気が意識の覚醒と共に徐々に這い出てきて、そんなナニカの邂逅に浮足立つ心を自覚する。


「おーっと!寝てないぜ!俺は起きてたぜ!ようやく起きたか寝坊助め!」


エモーショナルに浸っているところに飛び抜けた明るい声が前の方から聞こえてきた。


「おー、二山拾えたんだ。迷子になってるか、時刻表を確認し忘れて乗り遅れるのかと思ってたけど」


前の席から後ろに振り返ってくる二山はいつもと変わらない様子でまったく疲れや憔悴が見て取れなかった。二山糺はずっと前から変わらない。初絵のカメレオン具合と比べるなら二山は亀かハシビロコウだ。彼らほど静かでも穏やかでもないが無いが鈍感で少し間が抜けている様な性質は似ている部分がある。


次は折田医院前~折田医院前~。骨が折れたとき、心が折れたときは折田医院までー。

車内に最寄りのバス停のアナウンスとツッコミどころのある謎の宣伝が流れてきた。

いつの間にかまたウトウトとしていた雪と初絵に合図してバス停に降りる。

人も車も早々に引き上げたそんな街で街灯の光を頼りに帰路を辿る。空には仄明るい半月と星々が輝いていた。


「「ただいまー」」


先頭をきってまえを歩く二山と初絵が誰も居ないまっくらな家の中に向けて元気な声を響かせた。これは彼女が昔から偶に行う”おまじない”で人の留守に入り込むナニカを追っ払うために必要らしい、ほっておくと隠れて身を潜めていることがあるという。初絵は昔からオカルトが好きで割と本気で”居る派”を貫いていた。彼女は人に造られた存在で誰よりも聡明でまさに人類の至上的な存在で、僕は当然のように彼女は”目に見えない物、観測する方法がない物は存在しない”という科学者然とした主張を持っていると思っていたので、初めて彼女が本気でそれらの存在を信じていると聞いたとき少し驚かされた記憶がある。それとその事実の裏を返すと少し怖い部分を見てしまう気がしてこの件はあまり踏み込んで聞かないようにしている。それと当然、二山の”ただいま”発言にはそこまで深い意味が含まれていないのは明白だった。

僕たちは昨日皆で雑魚寝をした部屋に集まった。部屋の中は雪が買ってきた懐中電灯のおかげで昨日よりもはっきりとお互いの姿が見えるようになっていた。


「あー疲れたわあ。誰から発表するー?あ、私は最後がいいなー、図書館で調べた内容と皆なの情報照らし合わせてからまとめ的な発表をするよ」


初絵が最初にそう言って皆の顔を見渡した。もちろん誰からも異論は出なかった。数舜の間が空き雪が小さく手を挙げて発言した。


「じゃあ、私から言っていい?まず問題点のおさらいだけど、そもそも今私たちの置かれている状況ってかなりサバイバル状態に近いのよ。食料も光も水も火もない。トイレは外に”ぼっとん”式のがあるけど、私たち現代人からすると正直いい気はしないわね。それに加えて風呂とシャワーも機能していない。そこでまず、食料なんだけど。これは火の項目と被るんだけど、まず暖房と光源として石油ストーブを買ったわ。この上の部分にヤカンを乗せてお湯の確保、また、アルミホイルで食材の包み焼きや、小さめのスキレット(鉄のフライパン)でも簡易な料理は出来る。ただ何があるか分からないから基本は食費は抑えるようにするので、缶詰と最安値のカップ麺で食いつなぎます]


「意義あり!裁判長!田中被告の発言に不当な供述が混ざっています。たまにはちゃんとした食事を摂らないとストレスで寿命が縮まり、直近においても栄養失調による病気などのリスクが高まります。ここは週五日間はレトルト以外の食事を提案します」


雪の話している途中に二山が割り込んできた。そこにすかさず言葉尻に被せるように、雪が無慈悲な言葉をいい放った。


「たった20万、寄る辺ない四人でどれくらい生き残れると思うの?帰る方法が見つかればいいけど、いくら初さんとルカ君が居るからといって、そもそも帰る方法が無い可能性だってあるのよ。それにこの世界の私たちに会わずに、知り合いや友達にも会わないように、そんな状況で無駄使いなんて出来ないわ。だから週二日。土日はこの世界の私たちと出会う確率が高くなるから外出は出来ないわ。そこで私たちも息抜きとして、しっかりとご飯を食べましょう。もちろん予算を決めてだよ、贅沢は出来ないから。もともと、そのつもりで最低限の食器や調理器具を揃えてあるから」


「雪ちゃんの案に私は賛成だよ。どうせ土日は暇だし、料理は皆でしたら楽しそうじゃない?」


初絵が雪側に付いて、二山は僕の方に必死な表情で目線を向けてきた。当然僕も雪の意見に賛成なので、二山の視線から顔を逸らす。


「わかったよ!まあ、実際俺は金持ってきてないから皆に養ってもらってる状態だし、でもあんまり悲観しなくてもいいぞ?絶対俺が帰る方法を見つけ出してやるから。まずは富士山のどこかにあるらしい、宇宙人の秘密基地の情報から探ってみるわ」


二山がようやく静かになったところで、雪が再び話し始める。


「で、火と食料はそんなとこ。週末に備えてあとで七輪でも買ってこよう、たしか三千円くらいで手に入るから。それから電気に関してはこれは無理ね。サバイバル電源はホームセンターに売ってたのは8万以上の高額、それに発電用のソーラーシートも必要だから無理ね。必要なのは携帯の充電だけど、乾電池式のモバイルバッテリーを四つ買ったよ」


そういうと、雪は近くに置いてあったレジ袋の中から小さい白いモバイルバッテリーと短い充電コードを皆に配った。既に電池は入れられてあるみたいだった。


「あらかじめ、みんなの機種は聞いてあったからそれ用のコード買ったけど、もし違っても買いなおせないからね。それで最後に水の確保なんだけど、これはショッピングモールのスーパーに2Lの専用ボトルを買うとミネラルウォーターが汲み放題になるサービスがあるから、長期的に見て一番コスパいいからこれにした。ただ、重たいから次に汲みに行くときは二山よろしく。今、一本しか買ってないけど次は四本くらい一気にとってきちゃってね。で、水と言えば目下最優先事項であったシャワーだけど、これは考えたんだけど、近くに小さい公園あるじゃない?あそこの砂場の近くに手を洗う用の水道あるからそこから、夜の人の目が完全に無い時にポリタンクに入れてきちゃおう。簡易シャワーヘッド取り付ければ多分使えるし、使うときにヤカンの熱湯を混ぜればぬるま湯くらいには出来るから、以上!私からの報告ね。ちなみに見て分かる通り手ぶらだから私。買ったのも絶対持って帰れない量だし、ちょっとお金かかるけど、ほとんど郵送にしてもらったから。明日の夕方には届くよ。今日の夜ご飯は総菜パンとおにぎり買ってきてあるから。皆テキトーに食べれそうなの選んで」


そう言って雪が近くに置いてあったレジ袋を指さした。みんなそれぞれが自分の食べたいものを手に取りお腹が空いていた僕達は報告会を中断してもくもくと食べ上げてしまった。雪がプラスチックのコップに水を注いで配ってくれた。そうして皆、一息を付いたのちに今度は二山がゆっくりと手を挙げた。


「次、俺からも報告いいか?」


僕は内心しまったと思った。僕の報告など本当に何もないのだから先に言って一言謝ればよかった。内心歯噛みする僕を尻目に二山はまるで重大なネタを持って居るかの如く勿体ぶって間を空けた。


「俺、気づいたんだけど。もしかしたら、身分を明かさずにお金の確保が出来るかもしれない」

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