第3話 不安か興奮か
俺が異世界に転生したのは、二十二年前のことだ。
生まれは、多数の大陸や島々に囲まれた中央大陸。
竜都よりはるか西に位置する辺境の自治領生まれで、領域の警備を担当する衛士団に属していた。
衛士団では、衛士組長を務めている。
衛士組長は、四十人から百人程度の衛士を率いる現代で言えば小隊長だ。
数百人から千人前後を率いる衛士隊長、千人から三千人を率いる衛士群長、一万数千人の衛士をまとめる衛士番長、数万の衛士を統括する衛士団のトップ・衛士団長などとは、比較にならない下っ端だ。
ただし俺には、前世の知識、特に歴史関係の知識という強みがある。中国の春秋戦国時代や三国志、ヨーロッパのフス戦争にナポレオン戦争、日本の戦国幕末史はなど大好物だ。
当然、政治の体制や軍事思想・組織など、関連する様々な知識も無駄に蓄えていた。
異世界では、情報の公開や共有に対する意識は皆無であり教育制度も整っていない。現代の知識を持つ俺を、ただの下っ端にしておくのは、世界にとって損失というものだ。
うだつの上がらない転生人生に、歴史を動かしてしまいそうなカリスマが急遽登場だ。
歴史マニアとしてはワクワクしていた。
同時に、不安も覚える。カリスマが登場してもてはやされる時代は、大体乱世だ。
遊興にふける権力者の陰で、佞臣邪臣が権勢をふるう。
大臣や代官は、民衆が死の淵に立つほどの重税や労役を課し、商人と結託した役人がワイロを取って私腹を肥やして高笑い。
憂国の士は、家族親族、ついでに友人知人もろとも虐殺されて、世の絶望を深化させる有力な材料と化す。
山賊盗賊が跋扈して、村も街もなく荒らしまわる。
良民は逃げ惑い天に祈りながら奪われ殺され犯されて、ついには飢えて病んでいく。
乱れた世に野心を抱く者たち――市井無頼の輩から貴族までを含む英雄志望者――が決起し、知恵者や軍師が策を争う。
説客が他国の王や群臣を説き伏せて外交戦を有利に進め、豪傑が決死の士を率いて縦横無尽に暴れ回る世界だ。
後世の歴史家が資料をまとめて、時系列を整備した上で、物語形式でまとめたなら、さぞ面白い群像劇ができあがることだろう。
ただし、激動の歴史、その真っただ中にいる者は、面白がってはいられない。不幸になるケースが多いからだ。
しかも、ただ悲惨な人生を送る程度では済まないときていた。
活躍したが褒められるどころか恩賞をケチった主君に罪を着せられて殺されたり、妬みや利害関係から同僚からの讒言で殺されたり、主君を見限って殺したら自分も殺されたり、主君から謀反を疑われて殺されたり……歴史において、名のある人物に降りかかる災難については、ロクでも事例が数えきれないほど多かった。
多くの歴史上の人物、それも英雄と言って差し支えないような大人物でさえ残酷かつ喜劇的、ついでに寓話的な彩を添えられた最期を迎えていた。
それも、家族親族共々拷問の後に処刑されるような悲惨な事例は、無数に記録があった。
市井で静かに慎ましやかに暮らして、政治や戦争に無関係な者であっても、安全ではない。処刑や粛清、敗死した者の周囲に、偶然でも居合わせた日には、ついでに殺されてしまう。
突然、自身が住む町や都市、あるいは国に、戦争や疫病、飢えに自然災害、政治闘争などの恐ろしくも理不尽なモノが、スクラムを組んで襲い掛かってくる世界。
乱世とは、ダモクレスの剣が空を覆うような時代なのだ。
ティーオが戦乱を呼び寄せようとしているのか、すでに起きている戦乱がティーオを呼び寄せたのか。それは分からない。ただ、預言者でもないのに、俺は不吉な予感にとらわれていた。
この商業都市を含んだ自治領周辺の政治勢力、その幹部や知識階層から下男や奴隷まで、あらゆる者が乱世という混乱のるつぼに投げ込まれるのだ。
乱世において、確実に生き残れる方法を知る者は、どこにもいない。選択肢は限られているか多すぎるかで、しかも正解があるとも限らず、天候や人間関係の変化一つで、正解も不正解に変化してしまう。
理不尽な難問が唐突に突き付けられて、選択をられる。おまけに、考慮時間の少ない中で決断を下さなければならないナイトメア・モードがデフォルト設定だ。
逡巡は停滞を引き起こし、停滞は組織や個人の発想や行動の進化を阻害して、劣勢に追い込む。劣勢からはゆっくりと、あるいは突然に破滅がやってくる。悲劇は、定食屋の小皿(漬物がの乗っている奴)のように必ず付く時代が来るに、違いなかった。
俺の内部で、興味と興奮が混交し、不安で不吉な予感が胸に渦巻いた。
こいつは、えらいことになるな。
でも、少し楽しみだ。
俺は不安や不吉よりも、観客のような興味と興奮を覚えていた。
そう観客、気楽な立場にいられるのならば、きっと単純に楽しめるのだろう。
ならば、観客ではなく当事者であったなら、どれだけの興奮が味わえるのか。
想像もできないほどに、違いなかった。
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