第2話 転生者

 それは、昼食時のころだった。


 本来なら商業都市外延部の警備任務後、昼休憩を楽しむはずだった俺は、肌が薄緑色の少女に手を引かれていた。


「ガーヤにい、気合入れて走れよ」


「アマリ、どうせちょっと遠くても見えるんだ。急ぐこともないだろう」


 俺の手を引いて走る赤髪の少女はアマリ・ラ・クンターゼ、俺と同様に、自治領最大の商業都市カンダガの住人だ。


 歳は俺よりも八つ下のまだ十四、身長は俺よりも頭一つ分小さい。飼いならした黒狼の群れを操って、モンスターや害獣、時に密猟者や野盗を狩るビーストテイマーを生業としている。

 地元の有力者であるラ・クンターゼ一族の出身で、お嬢様でもあった。

 

 火縄銃による狙撃も得意だが、身長を超える強弓と腕よりも長いナタを自在に使いこなすだけあって、力は強い。二十歳の大人である俺を引っ張って走れるほどだ。


 アマリに手を引かれるままに進むと、広場にいたった。


 カンダガの広場は、普段からイベントごとが多い。常に数千程度は人だかりができている場所だ。


 ところが、今回は規模が違った。


 広場どころか近くの高台まで人があふれていて、押し合いへし合いとなっていた。


「こりゃあ、万を超えるな」


「でしょお」


 アマリは鼻を鳴らして、大きな獲物を取った時のような笑みを浮かべた。


「で、なんのイベントか知ってて来たのか?」


「知らない」


 当たり前のように答えるアマリに呆れつつ、俺は広場を見渡す。


 見知った顔は多い。地元だから当然だが、地元どころかベクーロ自治領全体の顔役も勢ぞろいという点は、気になった。


 知らなぬ顔の中には、身なりが良く腰に剣を差している者が散見された。


 簡易な武具を装備した奉公人で、周囲を固めている者すらいた。


 事前に衛士団長から聞いていた情報とは、状況が違い過ぎる。ただの祭りとも思えない。胸騒ぎがする。


 嫌な予感にとらわれる俺を他所に、アマリが能天気な声を出す。


「なんかー、祭りか演劇の告知でもあるんかねー。知らんけど」


「よく見ろ。村長やら司祭やら近隣の有力者が何人もいるぞ」


「ガーヤにい、この辺りのチョウチョ―とかソンチョーとか、覚えてるんだ。衛士長って、ヒマなん?」


 俺の指摘を、アマリは短い言葉で切って捨てた。


 女の子ならそんなものかと思いつつ、俺は広場の中心部にいる者たちに

視線を移すし、驚きの声を上げる。


「職業柄だよ。いろんな人たちの会談に立ち会う機会が多くてな。警備担当だから話はしないけどな。ん? 村長だけじゃないぞ……御領主様! それに、騎士団長に衛士団長、教会の法衣戦士団長、アルカ、ノト、マルマクノンの町長……みんな、奉公人を武装させている。傭兵連中までいるぞ。名の知られた奴らばかりだ。きな臭いどころじゃあない」


 一帯を支配する自治領主とその家臣に騎士団長、教会の司祭周辺の町や村の長、いずれもこの辺りの有力者と側近ばかりだ。


 全身を鎧で固めた完全武装の騎士や数百人、さらに、武具を自弁できる戦士階層の者と、武家奉公人も視界に収まりきれないほどもいた。

 配下となる兵卒を集めれば、軍団を組織できる数の職能戦士が、広間が狭く感じるほど並んでいた。


 エルフ族の象徴である剣と弓と杖の紋章が描かれた旗も気になった。


 だが、有力者たちや見慣れぬ旗よりも、広場に設けられた演台の上で偉そうに胸を張る若い女に、俺の目は引き付けられた。


 見た目は良いが傲岸不遜で自惚れの強さで名高い領主よりも、輪をかけて偉そうな態度だった。


 若い女が腰に下げた剣の柄に施された装飾の豪華さと、立ち居振る舞いの優雅さに、俺は一瞬見惚れた。


 若い女が、即席の演台上で薄い胸とハスキーな声を張る。


「聞け! 余は、ティーオ・デ・トリア・オンブロン。八大公国が一つ、シェドン大公国のオンブロン公爵家の嫡子である。父の名代としてこちらへ参った」


 ティーオと名乗った者の耳は長かった。

 それもうっすらと肌に灰色が乗っているところから、真っ白なハイエルフでも褐色のダークエルフでもなく、エルフ族の中でも少数派のグリーザエルフだとわかった。


 過去、グリーザエルフと出会った経験のある俺には、判別できた。


 グリーザエルフは、中性的な美貌で知られるエルフ族に属する種族だ。

 

 実際、ティーオも美しい見た目をしている。長い灰色の髪は陽を浴びると銀色に光り、顔つきは力強くも目には可愛らしい丸みがあった。


 髪をなびかせながら細身の体を直立させる姿は、力強くも優美で、頼もしさを感じさせた。


 エルフ族の治めるシュドン大公国は、白エルフが大公を務めている。他のエルフ族は傍流だが、グリーザエルフは富裕層が多く、影響力は強い。

 見た目だけの存在ではなかった。


 アマリが目を輝かせて、感嘆の声を上げる。


「うわー、キレーな女の子だね」


「グリーザエルフだぞ」


「へぇー初めて見たよ」


 アマリの視線には、美に対する強い好意と、より強い好奇の色が含まれていた。


 周囲といえば戸惑いの視線を投げかけるものが多い。


「グリーザエルフのお貴族様か。金持ちかな」


「種族的には、裕福で当然だけど、例外は常に存在するぞ」


「ふーん、ま、美人じゃん」


「でも、ついてるんだろ」


「強いかな」


「グリーザエルフでもエルフはエルフだ。剣と弓、あとは魔術も使えるだろうよ」


「他二つはともかくとして、剣のほうは、道場剣術だろう。ここじゃあ役に立たねえよ」


 容易く好意を勝ち得そうな優れた外見を持つ割に、グリーザエルフの他種族からの人気は、安定していなかった。


 同じエルフ族でありながら、二大エルフ族、すなわち傲慢なイメージのハイエルフや、血を好むなダークエルフよりも、人気において大きく優ることも大きく劣ることもあった。


 理由は、はっきりしている。グリーザエルフは両性具有の種族だからだ。


 つまり壇上の人物は、彼であり彼女でもあるわけだ。


 性に保守的な田舎だったり、あるいは一神教系宗教勢力が主流を占める地域では、グリーザエルフに対する嫌悪の感情は強いとされる。


 ただし、様々な種族が混じり合うグリーロ自治領の商業都市では、エルフ族ですらワン・オブ・ゼムに過ぎない。中でも、商業都市を仕切る商人や役人は、金があるかどうか、あるいはや政治力や武力、人脈など、なんらかの影響力を持っているかどうかで評価する。


 好意と興味だけで人を見る者は、アマリのような子供、あるいは地位の低い者――商家の下男や豪農に使われる作男――だけだ。


 住民たちが様々な反応を見せる中、堂々たる態度のままでティーオの演説は続く。


「みな、大陸の現状をどう思うか。貴族と官僚が役職を巡って争い、国政は乱れている。そんな中、重臣たちは重税を課しワイロの要求、宮殿建設に対する人民の動員以外は、何もしていない。北方の蛮族に対する防衛策、経済政策の更新、疫病対策、あらゆる問題は放置されている」


 ティーオの声質と仕草に熱がこもった。途端、エルフ族特有の優美さに、野性味が加わった。


 まとう雰囲気には、ハイエルフのような峻烈な面も含まれてながら、ダークエルフが常にまとっている粗野な雰囲気はなかった。


「聞け! 余は、乱れた世を立て直すために立ち上がった。竜王陛下の周囲に侍る逆臣どもを排除して、大陸に変革をもたらすのだ!」


 外見年齢は俺と同じ二十歳程度程度と思われるティーオの声は良く通り、聴衆の耳から入って脳をシビレさせるような力強さがあった。


「カリスマだな。アレは」


 多くの聴衆がティーオの声に聞きほれる中、俺は一人危機感を持って呟いた。


 アマリを含む聴衆たちのティーオを見る眼差しには、早くも狂信の色があった。


 俺の前世でみたアイドルのコンサートよりも強い熱狂が見て取れた。


 歌って踊る〝アイドル〟の存在を知る俺は、もともとこの世界の住人ではない。俺ことガーヤ・フォットは、チート能力を授かってもいなければ、貴族に生まれたわけでもなく、なんならスローライフを求めてもいない。 しかし、異世界転生者だった。

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