冷たく甘酸っぱい完熟さくらんぼスムージー
冒険者ギルド受付嬢のマリエルは町中を爆走していた。
忙しい最中、ようやく取れた休憩時間。かつてならば休憩室に引っ込んで机に突っ伏していただろう時間。
だがそれも今では違って。あるものを求めに行く時間に変わっていた。
目的の店が見える。いつもながら片翼のペガサスがよく目立っていた。
「ぜぇ、はぁ……ふう、ふう」
店の前で息を整える。
流石に店中で見苦しい息切れを見せるのは躊躇する、そんな最低限の乙女心。
――とはいえ、通りであることは変わりないので見られる時は見られてしまうわけだが。
「あれ、マリエルじゃない」
「あ……先輩」
マリエルは恥ずかしさのあまり顔を赤くした。
自分の尊敬する先輩に、膝に手をついて息を整えている姿を見られてしまった。
「休憩時間?」
「は、はい……」
「……急いでいるからといっても、少しは気をつけたほうが良いわよ。早歩きぐらいになさいな」
「返す言葉もありません」
苦笑いする先輩に、マリエルは頬を掻きながら目を逸らした。
休憩時間が限られているというのも理由だったが、待ち遠しくて仕方なく、足早に駆けてしまったというのもあったから。
恥ずかしさで穴に埋まりたくなってしまった。
「先輩は――こちらでお食事ですか?」
「えぇ。少し遅めの昼食。あなたは?」
「私は食事は摂ったんですが、目当てのものが有りまして」
たはは……とマリエルは笑った。
ここで食事を摂るほどまでの余裕は中々取れない。
それでも、あるものが
或いは、その回数を減らせばもっとちゃんとした食事もしにこれるのかもしれないが、それは無理だろうなと自分でも思っている。
「なるほど……。ずばり、スムージー?」
「はい!この夏から販売され始めたやつです!」
「ふふ、ギルドでも評判だものねえ」
最初は、随分と変わった立地に料理屋が出来たという噂だった。
それからあの有力な
今はかの一党は街を離れているが、それでもそれなりに稼ぐ冒険者なら誰もが知っていて、誰もが行きたがるお店となった、小料理屋「テーベ」。
そしてその店がこの夏から始めた新メニューが。
「あぁ、魅惑のフルーツスムージー……じゅるり」
「顔を緩めてはしたないわよ」
「わわ、すみません!」
「別に良いけれど……」
呆れたようにため息をつき、顔に手をあてる先輩。
やはり一つ一つの所作が絵になる。
マリエルは良いなあ、ああなりたいなあと願望を抱く。
「先輩は何を食べられたんですか?」
「最近噂の冷製パスタってやつをね。食べに来たのよ。で、最後に貴女と同じスムージーを貰ったの」
冷たくて美味しかったわ。仕事休憩であれだけの味覚を楽しめるのは贅沢ね。
そう言って肩を竦めた。
「んー、あたしも早く頼まないとですね。先輩は何を飲まれたんです?」
「私はラズベリーのスムージーね。サッパリとした酸味と甘味が最高だったわ」
「おぉ……良いですね」
「でしょ?」
自分はどうしようか……とマリエルは考える。
先輩のものと一緒にしても良いが、今日の気分はというと……。
「よし、決めた!」
「そう。良かったわ。じゃあまたギルドでね」
「はい、先輩もお気をつけて!」
手を振り、すれ違うようにしてマリエルは店に入った。
「いらっしゃいませ」
「あ、ダニエルくん!今日はさくらんぼスムージーを一つ!」
「かしこまりました。お席に座ってお待ちいただけますか」
「はーい」
マリエルは元気よく、いつもどおりに少年給仕に注文をした。
ギルドの受付嬢は忙しいが、こうして少し遅めの休憩時間というのが功を奏すこともある。
この料理屋の昼営業が終わろうという時間帯にちょうど被ることが多いので、注文が直ぐに通りやすい。
その点はマリエルにとって、都合の良い点だった。
もう一つ。あまり盛況であると飲み物だけのつもりで来たのに、周囲を見ていると何か食べたくなってしまうのも難点である。だから少し空いているぐらいがちょうどよい。
とはいえ、いつでもここは食べ物の美味しい匂いが充満していて、また見た目も色とりどりだったり美味しそうだったりしてズルいのだ。
……今のところは、欲望に負けてお金を使いすぎたことはない。断じて。まだ。未遂である。
ブラブラと足を動かして遊んでいる間に、飲み物が入った容器が手渡された。
「お待たせいたしました」
「待っていたわ! いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそ。いつもご贔屓にして頂きありがとうございます」
「こう暑い日はこれがないとねぇ……」
「あはは、わかります。ではごゆっくり」
丁寧な礼をし、去っていく少年の背を視線で軽く見送る。
その後は早速お目当ての容器の中身を覗き込む。
(さあて……)
そこには鮮やかな赤色の液体。極上のスムージーがなみなみと注がれていた。
(初めて飲んだときのあの衝撃……忘れられずもう何日も通ってしまっている)
ごくり。喉を思わず鳴らしてしまう。
この時ばかりははしたないと言われても敢えて言わせてもらいたい。
こんな美味しいもの! 目の前にしたら! 喉も鳴ります!!!
マリエルは意を決し、喉にスムージーを流し込んだ。
「ごくっごく……ごくっ……」
そして半分ほど飲んだ後に容器を机に置き、頭を抱えた。
「ん~~~!美味しい!冷たい!痛い!けど幸せ!」
以前思わず大声を出して怒られてしまったので、あくまで小声で叫ぶ。
この疲れた後に流し込む冷たく甘いスムージーがたまらなく美味しいのだ。
こういう飲み方をすると頭が痛くなる。それはわかっているが、やめられないのだ。
さくらんぼの甘酸っぱくて爽やかなお味……!
冷たくシャリシャリとした食感の液体が喉元を過ぎ通る快感……!
後味に残るフルーティーな芳醇な香り……!
あぁ、なんと甘美なことか。
これを受付仕事が落ち着いた後の休憩時間に飲んでリフレッシュし、また書類仕事に取り掛かり、日が落ちるまで仕事する。
それがこの夏のマリエルのルーティンとなっていた。
何度となく飲んだが、その度に幸せを感じられる。
味もその時にあるフルーツの数だけあるのだから、飽きも来ないしやめられない。
暑さに苦しみながら机に横たわる休憩時間ではなく、こうして冷たい果実ジュースを飲み干し身体を冷やす快感を覚えてしまっては、もう後戻りは出来ない。
本気でマリエルはそう考えてしまっていた。
「あと半分は……大事に大事に飲もう」
最初に勢いよく飲み、その後にちまちまと飲む。それがマリエル流だった。
はじめは勢いよく飲むことで冷たさと甘さの奔流を味わい、そして次にちょっとずつ飲むことで果実感のある食感とその味合いをゆっくりと楽しむ。
スムージーの最高の楽しみ方はこれだと信じて疑わなかった。
何度も何度も通い詰めた自分だからこそ、こういう飲み方を見出したのだと胸を張りたいぐらいであった。
(明日も仕事。……次は何を飲もうかしらね)
不思議なもので。日々に楽しみがあると、大変な仕事の日々もどこか楽しんで過ごすことが出来る。
スムージーの力は誠に偉大なのであった。
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