ソーセージ入りのコールズッペ #2
火起こしの準備を終え、鍋に水を張る。
その中に出来るだけ小さくちぎったキャベツを入れて、更に保存用のザワークラウトも一緒に入れる。
昨日買ったばかりのキャベツは今のうちに多く使ってしまうことにし、ザワークラウトの量は少し控えてやる。この塩分と酸味がスープの味にアクセントを加えてくれる。
父から教わったレシピの肝だ。
そしてこれに塩漬け肉の欠片を数個入れてグツグツと煮込み始める。
ソーセージはというと、ある程度煮込んだあとに入れる。
元々そのままでも食べられる食品である、最初から入れなくても良いだろうと思うのだ。
――お高いものだが、折角だ、3本を半分ずつに千切るか。俺と護衛が2人で計3人。一人二口入れば上等だろうさ。
そう考え、パキリと割ってみる。
火を通していないからまだ食感はやや柔らかいが――。
(ほう、中には香草が入って……脂身の感じもいい具合だ。流石に高い金を取るだけはある、か?)
食べてみないとわかりはしないが、それでも劣悪なソーセージは見ればわかる。
肉がスカスカだったり、色味が悪いと思ったら単なるブラッドソーセージだったり(アレはアレで意外と美味しく食べられるものなのだが)、混ぜものが良くなかったり。詰めている腸自体が良くなくて破けてしまったり、そもそも腸詰といえる代物じゃなかったり。まぁ色々ある。
そういうのを見極めて買うのも商人の資質であり、商談のときにも確認はさせてもらっていたが、実際にこうして中を割って覗いてみると相当丁寧に作られていることがわかる。
ドミニクは思わず頬を緩ませた。
「こいつぁ楽しみだな」
※ ※ ※
旅先で食べる食事など、そう期待するものではない。
ドミニクも、護衛の冒険者2人でさえ、そういう認識だった。
このスープにしても素材の味とその塩気だけで食べるようなものであるし、それでもご馳走なぐらいだ。
出立初日の景気づけ。これからの仕事を円滑に進めるための食事。
それぐらいの位置づけだ。
だから、スープを啜ってみた時に思ったよりも良い味が出ていれば、驚きの声も上がるというものだろう。
「おぉ、思ったよりいい味になってるな……」
塩漬け肉とザワークラウトの塩気と酸味、そしてソーセージの味に頼ったスープであるが、これが思ったよりもいける。
ドミニクにとっては定番のレシピだったのだが、それにしても今日のは上出来といえた。
(仕入れた食材が良かったか……?それとも、例のソーセージのおかげかね?)
それでもそれほど数を入れたわけでもないのに、これほど味に影響するものなのだろうか。
首を傾げながらも、ふやけたキャベツを口に入れる。
新鮮な野菜の甘みが美味しい。これを味わえるのは食材の調達直後だけであるから、今のうちにしっかりと味わっておきたい。
「ドミニクさん、このスープうまいっすね……。ちょっと酸っぱいキャベツが入っているのもいい味出てるっす」
「良かった。喜んでくれたなら嬉しい」
塩気があるから乾パンに浸しても良いですね、ともう一人の冒険者が口にする。
どうやら味には満足してくれたらしい。 「あ、塩漬け肉だ」と喜ぶ声も聞こえた。
「さて、あとはソーセージだが……」
楽しみとしてとっておいたソーセージ。見た目は特に何の変哲もない。
特別、と言っていたが、さて……。
「あむ……む?」
口に含むと、なるほど。お高い理由がよくわかった。
これでも行商の身、各地の保存食などは食べてきた。
その中にはもちろん、その地域で評判とされる食べ物も幾つかあった。
だがそれらがしている工夫というのはちょっと変わった食材が入っているとかその程度。
ソーセージにしたって、良いやつは香草が入れられてたり、スパイスで味付けられていたり、肉の質がちょっと良かったり。その程度の認識だったのだ。
だがこれは違う。完成度が端から段違いだ。
「使っている腸の質も良いな。簡単に噛み切れて、歯触りも良い」
ムグムグと、ドミニクはソーセージを味わう。
中に詰められている肉も良い肉だ。いい意味で臭みがなく、香草の組み合わせも良い。
以前食べた香草入りソーセージは香草の味がゴチャゴチャとして肉の味が全くしないぐらいで、美味しいとは思えなかったが、これはちゃんと肉の味と香草の味がうまいこと溶け合ってくれる。
脂の塩梅も良い。茹でているのもあるが、くどさを感じずサッパリとしているぐらいだ。
何より、この奥深い複雑な味。これはどう作っているのだろうか。
香草の味だけで組み立てられるものではなさそうだし、この力強い味がスープの完成度にまで影響していたことは、容易に想像がつく。
「このソーセージ凄くない?」
「うん、美味い。というかこんな美味いソーセージ初めて食った……。ドミニクさん! これどこで……!」
「あの商店通りにあるホーネット商会でね。新商品だとかで勧められて買ったんだ。ちょっとお高いやつだったんだが……」
「それでですか……!」
3人でソーセージを食べながら頷き合う。
――これは美味い。
「ど、ドミニクさん。ちなみにこれ幾らで……。というか何本か売ってもらうことって出来ます……?」
「結構高いぞ。ペアリス銀貨でこれぐらいなら売っても良い」
「う。それはちょっと高すぎません?」
「元々の仕入れ値も結構高かったからな。それに私もこれは気に入った」
「んー、ちょっと考えさせてください」
「もちろんだとも」
ドミニクは苦笑する。
この様子ならばもう少し仕入れて商品として使うことも考えても良かったのかもしれない。
とはいえ、あの場でそれを決断するのはリスキーであったし、今回偶々当たりだっただけだ。
であれば、こうして知り合った相手に多少の手数料で恩と一緒に売ってしまうぐらいで丁度いい。
ちょっとだけ意地悪をしたくなった。ある情報を付け加えよう。
「あぁ、そういえば。件の料理屋……「テーベ」とか言ったか?あそこと共同開発したやつらしい」
「あそこの……!?うわ、それは納得ですわ。俺たちもあんまり行けなかったけど凄かったもんな」
「あぁ、あそこの料理は絶品だったな。いや、このスープだってご馳走になって申し訳ないぐらいなんですが」
「ははは、分かっているさ。まあ、護衛の役得ってことにしておいてくれ。毎回の食事を用意は出来んが、折に触れてこういう形で食事を伴にしようじゃないか」
「いや、有り難いっすわ。味気ない食べ物だけで移動するのも中々堪えますからね……」
結局。
2人とも少量ではあるが、ソーセージを買うことにしたようだった。
毎度あり。
少々惜しくはあったが護衛にしっかり仕事をしてもらうための手間賃だと思えばそれほど悪いものではない。
ドミニクはそう思ったのだった。
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