イノーマスグリズリーの赤ワイン煮込み #1

魔導技師イザベルは天を仰いでいた。

今後の魔法関連の相談先。

手紙でやり取り自体は可能だが、どうせならとルイーズがツテを当たってみると請け負って暫く。

彼女の紹介だとして、やってきた魔女が問題だった。


「ルイーズの師匠のパウリーネだ。お前さんがイザベルだね?若いねえ」


明らかに妙齢の、イザベルとそう違わないであろう年格好の美女にそう言われてもムズムズとするものがあるが。

彼女の名のりを信じるならば、その齢はもう100を超えているはずの大先輩。

イザベルでさえよく知っている大魔女パウリーネであるはずだった。


(ルイーズ……もう)


一季節を共に頑張ってきたビジネスパートナーに、心中で悪態をつく。

その彼女はといえば、出立のために何かと忙しいらしく、この場には居ない。

その代わりというか、妙なことにというか。


「そう身構えなくても良いと思うわよ。この魔女、年甲斐にもなく活動的だし気さくなんだから。ちょっと魔法に詳しい人生の先達ぐらいに捉えておけば良いのよ」


そう横から口を挟む女性も問題だった。

キラキラと煌く不思議な銀髪を靡かせ、なんでもないように腕を組んで立つ彼女は只者ではなかった。

イザベルは魔導技師だ。魔導具の原型たる絡繰に魔法をもって息吹を吹き込むもの。

故に、人一倍魔力の取り扱いに優れていたし、同時にモノを見る眼をもっていた。

もしかしたら常人は気が付かないのかもしれないが、彼女を中心として得体のしれない力が渦巻いているのが、イザベルには視えていた・・・・・


「ん? どうかした?」

「おバカ。この子は魔導技師だよ。しかもルイーズから聞いた話じゃ腕利きだ。あんたの法力が眼に映ってるんだろうよ」

「あ、あー……。そっか。忘れてた。教会とか聖都じゃちゃんと抑えてるんだけれど」


フッとそんなやり取りと同時に銀髪の女性の周囲に渦巻いていた得体のしれない力が消えた。

いや、彼女の言を踏まえれば抑えてくれた、というべきなのだろう。


それにしても、聖都と法力。そのワードを繋げあわせるに。


「法力使いの方……ですか?」

「うん、まあ。でも大したものじゃないよ、わたしはマルガレータ。そこのパウリーネの知人……」

「何いってるんだい元教皇候補。あんたが大したものじゃなかったら世の法力使いは全員塵芥さね」

「教皇候補ぉ!?」


なんか凄いとんでもない言葉が飛び出した。

大魔女だけでもキャパオーバーだと言うのに、聖都の元教皇候補だなんて。

なんでそんな大物がここに居るというのだ。


「元よ。元。今はただのマルガレータ」

「聖女の肩書、捨てられてないだろう?」

「……今はそれ、忘れさせてよ」


イザベルはそのやり取りを耳で聞きつつ、頭をただただ傾げていた。

なんでルイーズは大魔女に繋ぎをつけちゃったのか、それとなんでこの聖女様?も来ているのか。


「あぁ、私はルイーズから話を聞いていてね。氷結の魔導書を送ったのも私なのさ。で、興味を持ってここに居るってところかねえ」

「わたしも似たようなものね。ここの料理屋と使ってる魔導具が気になって。パウリーネを問い詰めてみたら何か面白い魔導具を活用してるんだって? みてみたくってね」

「というわけで、この聖女は急にやってきた乱入者みたいなものだから気にしないで」

「そういうわけには行きませんよ!?」


経緯はわかった。だがまだキャパオーバーなのだ。

せめて落ち着く時間を設けさせて欲しい。


そんな頃合いで、セリーヌがいつも通り鍋を持ってやってきた。


「おや、皆さん自己紹介が済んだ感じですか?」

「セリーヌ……あなた、もしかしてこの2人のこと知らない……?」

「いや、存じてますよ。良くお店にきてくれてますよね? ルイーズさんの師匠と、教会の方だって」

「……うーん」


そんなものか。

まぁ、言われてみればパウリーネにしたって、魔道に関係ない人種にしてみたらあまり接点はないのかもしれない。

それでも噂ぐらいは耳にしたことがあっても良さそうなものだし、名前からピンときてもおかしくないと思うのだが。


「?」


この様子では本当に知らないのだろう。

イザベルはため息を一つつく。無理に共感してもらおうとは思っていない。

わざわざ変に意識させて常連になっているという2人と店主の関係を崩す原因になるなんてことはごめんだった。


「なんでもないわ。それで、魔導具の開発に――」

「ルイーズの代わり、というわけでもないが。ちょいと協力させてもらおうと思っていてね」

「わたしも手伝うわよー」


聖女様???


「有り難いですね。今ちょっと吸熱箱だけじゃなくて、他にも色々とあるといいなぁと思っているものもありますし」

「それに、一番の課題もあるものね」

「はい。吸熱箱をもっと手軽に、出来れば量産できないかなって」

「ほう?」


セリーヌの言葉に、パウリーネが興味深げな視線を投げかける。

それに対し、セリーヌは軽く苦笑した。


「ま、ともあれちょっと食べながらお話しましょう。実はこの前マルガレータさんが持ってきてくださった食材がいい具合になってまして。この場で食べませんか?」

「お、アレ調理できたんだ。良いわね、食べたい!」


マルガレータがぱあぁと顔を輝かせる。

それを見て、イザベルは「元教皇候補だっていう割にちょっと幼気な方というか素直な人だなあ……」と内心で益々首を傾げていた。


「なんだい、何か食材でも持ち込んでたのかい?」

「うん、この前ダンジョンでイノーマスグリズリーと遭遇してね。食べられないかなーって」

「えぇ……?」


グリズリー種で、イノーマス認定を受けるような個体?

それはつまり、尋常じゃないサイズ且つ強力凶悪なモンスターってことで……。

そんなの、ギルドに連絡がいった時点で討伐隊が組まれるレベルのやつじゃないだろうか。

それを食材にって……ことはこの人はそれを倒したってことよね……。


「はい!肉の一部をお持ちいただけたので、それをコトコトコトコトと赤ワインで煮込んでみました」

「どれぐらい?」

「下処理もあわせて……3日ぐらいかけてますね。実際に煮込んだのは5時間ぐらいですけど」

「そんなに!?」

「かなり量を頂けましたし、結構野性味が強そうでしたので下処理に時間をかけました」

「こだわりだねえ」


まさしく、パウリーネが呟いた通りこだわりの為せる技だろう、とイザベルは驚嘆した。

スープの元を作るために時間を使っていることも、その他の料理も手間暇をかけて仕込んでいることは知っていたが。

それにしてもただ持ち込まれた食材にそこまでかけるなんて。


「面白そうでしたし、これだけ量があればディナーで出すことも出来るかな、と」


だからそんなに苦でもありませんでした。

こともなげにいう彼女に、矜持というか、執念というか。

料理への情熱を思い知らされる。


「客に出せそうな出来になったってことね。楽しみ!」


実際のところ、そこまでした料理というのは、イザベルとしても楽しみではある。

あれこれ話す前に食事を楽しむところから、か。

思わぬ出会いがあって、混乱していたが、美味しい食事でもとれば少しは落ち着けるだろう。

そうイザベルは切り替えたのだった。

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