柔らかジューシーハンバーグ #2
「お待たせいたしました。ハンバーグです」
「おぉ」
運ばれてきた料理は、いかにも肉の塊といったものに褐色のソースがかけられたものだった。
楕円状にまとめられたそれは如何にも美味しそうな湯気をあげていて、更にそこから暴力的なまでに肉とソースの香りを撒き散らしている。
「ステーキと違って柔らかいので、そのまま切り分けながらお食べください。あ、それと恐らく熱くなっているのでお気をつけを」
「あ、あぁ。ありがとう」
目が釘付けになっていた。
気を取り直し、フォークを手に肉にさしいれてみる。
「これは凄いな……」
ミンチ肉を使っていると言っていたが、それにしても余りにも呆気ない手応え。
まるで抵抗を感じず、そのまま切り分けることが出来た。
「あむ……」
口に入れてみると、驚くほどに柔らかかった。
ミンチというからもっとボロボロとした肉を想像していたのだが、舌触りも滑らかで、肉汁がこれでもかと口の中に溢れていく。
熱いその肉汁に驚いて、口が開けてしまいそうになるほどだった。
「ん、ぐ……」
なんとか飲み込んだ後に水を一口。
熱い肉が喉を通っていくのが感じられる。
確かに熱いとは聞いていたが、なるほど熱々だった。
「おおう……」
驚かされはしたものの、これは凄い料理だと感じた。
熱々の肉をこうして頬張れる、ということ自体が素晴らしい体験であるし、その味も……。
「一瞬のことで驚いてしまったが、味も良かった気がする……」
もう一口、食べてみればわかることだ。
早速、今度は慎重に小さめの肉を口に入れてみる。
すると今度は、肉の味とそれを引き立てるソースの味が一体となるのがよく分かる。
恐る恐る噛んでみれば、その肉汁がまた肉を食べている満足感を加速させてくれる。
「熱い、だがそれがなぜだか良い」
今度は大口を開けて頬張ってみる。
それは得も言われぬ、今まで知らなかった快感だった。
温かい料理が美味いのは知っている。
寒い中で飲むスープが格別に感じられることも知っている。
だがこれほどまでに熱を保って、それも肉汁が溢れ出る程にジューシーで、噛む度に味わいに変化が加わる上にそれを口いっぱいに頬張ることが出来る。
間違いなく今まで口にしてきた食べ物で、最も美味いモノだった。
この店の客はこんな美味いものを皆して食べているというのか?
自分の知らない世界を垣間見た気分だった。
そうして無我夢中で食べ進めているうち。
「ねえ。アレと同じものを、野菜で作ることは出来る?」
「アレはミンチ肉を使った料理ですが……」
「わかってる。けどここの店主なら似たものは作れるでしょ?試しに聞いてみてほしいの」
そんな会話が聞こえて振り返るとカウンターの席に座った緑髪の女性が店員に話しかけていたらしい。
こちらをちらっと見た視線と目が合ったが、やがてあちらはフイと目をそらした。
あの髪色に長耳、それに野菜で、というリクエスト。
(エルフか……?)
驚きだった。エルフは人間と同じ食事を食べない。
それは常識のようなもので、彼ら彼女らは自分たちで食事を用意するのが常だという。
だが、そんな種族でさえこの店には出入りしているということなのか。
「面白い話だな……」
ボソリとつぶやく。これは同僚に良い土産話が出来たかもしれない。
「オートミールを使って作ることができるそうです。麦は大丈夫でしょうか?」
「そう。ならお願いするわ。大丈夫」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
(あんなリクエストでも受けられるのか……凄いな)
なんとなく違う世界を見た気がして、面白い。
あまり盗み聞きも良くないであろうし、折角の肉を冷めさせるのも勿体ない。
ジョンは再び肉の塊を胃に全て収めんと向かい合うのだった。
※ ※ ※
「旨かった……」
ジョンは満足そうに腹を擦り、幸福感に満ち溢れた気持ちで先程食べた料理のことを振り返る。
もう何も口にしたくない。
なんならば水さえも口にせず、このハンバーグなる料理の余韻が口の中に残ったまま帰りたいと思っていた。
(しかし、こうなると家族を連れてきてやりたいが……やはり難しいかもな)
店員に頼んでみても良いが、無理を通すのも忍びない。
これほど客が入っている店であるし、あまりに不調法があって出入り禁止にされてはたまったものではない。
大変な仕事の最中に見つけたオアシスのようなものなのだ。
またここにいつか来られると思えば、仕事も頑張れるような気がするし、出来るならその機会を積極的に潰したいとは思わない。
「ちょっと良いだろうか」
「はい」
ダメ元でと給仕に声をかける。
「ここは料理の持ち帰りはやっているのかな?」
「メニューは限定されますが、幾つかお土産でしたらございます」
聞いてみるものだ。
ジョンは期待しながら問うた。
「ハンバーグはどうだろうか? 家族にも食べてもらいたくてな」
「可能ですが、その日のうちにできるだけ食べていただきたいですね」
「うーん、できれば日持ちした方が良いか……?」
一つ持ち帰って、皆で分けてもらう。
それぐらいなら今の手持ちでもなんとかできそうだったが。
皆も今食事はとっているはずだ。
それを考えると悩ましくある。もう少し軽くつまめそうなものが良いのだろうか?
「料理を持ち帰る、ということもあって。あまり日持ちするメニューはないですからね……」
「それはそうだよな。すまん、無理を言った」
「いつかは魔導具の普及で実現するかもしれませんが」
「おいおい、だとしても俺みたいな衛兵には遠い話だ。魔導具なんて」
ジョンは肩を竦めた。最近でこそ魔導具のバリエーションは増えつつあるが、そのいずれも生活に必要なものとは言い難いし、そういう意味では贅沢品の一種だ。
そういえば最近旅人や冒険者なんかに評判の魔導具が出てきたとは聞いている。
食材の保存に便利だとか。それがあればもう少し話は楽なのかもしれないな。
「もし宜しければ明日いらして頂ければ、お持ち帰りだけでも持っていただけますが」
「お、良いのか?それなら助かる!……食事はしなくても大丈夫、ってことだよな?」
「はい。勿論お食べになって頂ければ嬉しく思いますが、無理強いはいたしませんよ」
「助かる。正直懐にも限度があってな」
苦笑する。
正直土産を買っていくだけでも少し無理をしているが、だからといってこんな美味しいものを独り占めするのもすわりが悪い。
欠片を分け合って食べるようなことにはなるかもしれないが、そこは我慢してもらうとしよう。
今度は自分の分も含めて持ち帰りにして、分けても良いかもしれないな。
家族には明日土産を買ってくることと、今日の出来事を話してやろう。
あぁ、それに同僚にも自慢話をしてやりたい。
ジョンはまたここで食事できるその日を、待ち遠しく感じた。
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