春~

魔女と春のアヒージョ #1

春の陽気が少しずつやってきたと思えてきたある日、魔法使いの冒険者ルイーズはソワソワしていた。

今日は冒険もお休みだ。ニコラは珍しく釣りでもしてくると口にしていた。

ニコラもルイーズも、元々はある鄙びた農村の出身だ。

そういう時間を過ごしたくなる気持ちはわかるが、食料調達でなく趣味の時間として釣りに行くのは珍しいことだった。


ルイーズもついていっても良かったのだが、如何せん今日はタイミングが悪い。

今日は人が訪ねてくるのだ。それも、ルイーズにとっては恩師も恩師。


「久しぶりだね、ルイーズ」

「はい、ご無沙汰しています――師匠」


100を超える齢の大魔女。

人の身でありながら魔導の秘奥を見たともいわれる、今生きる魔法使い全てにとって尊敬すべき先達。

国家に属さぬアンタッチャブル。

『何にも属さぬ』パウリーネが、あいも変わらず年齢に見合わぬ容姿――妙齢の女性の姿でやってくる日だったのだ。


「冒険者稼業の調子はどうだい」

「ボチボチってところですかね……」

「ふむ。まあ悪くないなら良いさね」


町中を歩きながら会話を交わす。

パウリーネは魔女の中でも放浪の旅を好む珍しい魔女だ。

魔女ソーサレスの号を戴くほどの魔法使いともなると、理由こそ様々だが自分の領域に引きこもりがちなものだが、彼女は年を取れば取るほど行動的になっていったという。


そんな彼女は旅の合間に幾人もの弟子をとっており、ルイーズもその一人。

実力からすれば弟子を名乗るのもおこがましい、とルイーズは思っているが、彼女は気にせずこうして弟子として気にかけてくれる。


少し前に氷結の魔導書について問い合わせたときも、間髪入れずに彼女の使い魔が魔導書を寄越してきて驚いたものだった。


「そういえば、ニコラとはどうだい」

「そっちも、ぼちぼちですね」

「なんだい煮えきらないねえ」


パウリーネはくふふ、と含み笑いをするが、直ぐに真剣な顔で言った。


「言うまでも無いだろうが、あの子との縁は大事にしないといけないよ、ルイーズ。あんたにとって幼少からの縁で、最早あんたを構成する一部といっていい。どんな関係になるにせよ、関係を断ち切ることだけはやってはいけない」


それは、自分を切り落とすことに等しいからね。

そう言った師匠の言葉にルイーズは深く頷いた。


「よろしい」


師匠もまた、満足気に頷いた。

そして、暫くの間あちこちを見て回りながら、お互いの近況を話し合った後。


「さて、町もある程度見て回れた。宿に入ってもいいが――」

「が?」

「この前魔導具の製作に手を貸したと言っていたね。それも、料理屋に納品すると」

「あぁ、そうですね」


話の流れは読めてきた。

今の時間なら昼営業中であるし、少し早い昼食にしても良い時間だ。

それに、この師匠があそこで食事をしてどういう反応をするか、少し気になった。


「そこに行ってみようかねえ」


予想通りに、共に食事に行くことになった。


※ ※ ※


「なるほど、繁盛してるねえ」


パウリーネは席に着き、辺りを見回した。

ルイーズからしても、今日はそれなりに客が入っているようだった。

元よりいつでも多くの客が居るものだが、やはり少しずつ暖かくなってきたのも大きいだろう。

出かける足が軽やかになる、というのは馬鹿にしたものではないのだ。


「ほう、メニュー表があるのか」

「そうなんです。珍しいですよね」

「しかし、よくわからない名前のものもあるねえ」

「説明は書いてあるんですが、店主のセンスみたいですよ」


アレからニコラが気に入っている洋風おでんも、何が洋風で何がおでんなのかわからない。

魚のすり身が入っているから海洋風、とかで略しているのだろうか。

かと思えばジビエシチューとかはそのままでわかりやすいし、基準が謎だった。


「へえ」

「何か気になるものがありましたか?」

「見てみな。春のアヒージョだと。春というにはちょっと早いような気がするがねえ」


見たことのないメニューだった。見れば春の野菜や山菜を入れた料理らしい。

この店は時々こうしてメニューが頻繁に追加されるのも特徴的だ。

普通の食事処にはそもそもこんなメニュー表などないし、変わっても具材の違う煮込みやスープが精々。

それだって単にその日使う食材が違うというだけで基本的には同じ味のもので提供されがちだ。

良い評判のところでも、その時々で食材に合わせて日替わりの料理があるぐらいで、それでもかなり上等な部類のはずなのだ。


「アヒージョ、というのはよくわかりませんが」

「オイル煮だそうだよ。油で煮る、か。そういうことをする地域もあるとは聞かなくはないが……」


ルイーズには馴染みのない概念だったが、師匠は心当たりがあるらしい。

だが、聞く限りではそう美味しかった記憶はないのだろうか。


「それに何やら海鮮まで入っているそうじゃないか。この辺りで海なんてないのに」

「あぁ、その為の魔導具なんですよ」

「この為に……」


吸熱箱。魔導技師イザベルの発明は、既に徐々に噂に上り始めていた。

ホーク商会により巧みな販売戦略を取られているそれは、腕利きの冒険者たちの間では既に広がり始めている。

セリーヌが漏らしていたように食材輸送や料理に使う、というところまでは正直至っていないが。

旅人に向けた新たな食料保存手段としては少しずつその波が来ていると言える。

結果的に今イザベルは相当に忙しくしているようだが……。


「食材を凍らせて運ぶため、或いは保存するため、か」

「はい。最初聞いた時は驚きましたが……」

「そりゃそうだろうさね。氷室を使って食べ物を保存するのは寒い地方の習慣だ。話には聞いたことがあっても馴染みはないだろうし、発想として出てこないだろうさ」


パウリーネは少し考え込むようにしていた。

折角であるし件の魔導具が活かされた料理を食べたいと思っているのだろうか。

それであれば他にも幾つかあるが、折角話題に上がったことであるし、春のアヒージョでも良いような気がする。

以前セリーヌから聞いた限りでは、このメニューは確か海鮮だけじゃなく野菜にもその技術の恩恵があったはずだ。


「ここの料理はどれもハズレ無しですよ。それに、私が手伝った魔導具のお陰で作れるメニューだと、店主も言ってました」

「へぇ……それなら頼んでみるのもアリかね。あんたはどうする?」

「私は……そうですね。同じものを頼んでみましょうか」


新メニューであるなら試さない道理はない。

すっかり常連となっているルイーズは、ここの料理を心底気に入っていたのだった。

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