旨みしみ出す絶品ダブル鶏鍋 #2

その話を受けた後のセリーヌの行動は早かった。

元よりこの世界、書籍などが普及しきっているわけでもなく、情報源となるのは人々の噂話だ。

それもあり、いわゆる宮廷、貴族たちがどんなものを食べているかということについて確証はもてなかったが、自身の実家が豪商で貴族と付き合いがあることが幸いした。


食材の仕入れの一端を担ってくれる商人マルクが言うには。

「庶民に比べると肉の種類は豊富だと思う。狩りで得たジビエなんかは貴族の特権だ。この辺じゃあ、ダンジョンがあるのもあって似たような食味の肉は珍しくはないが、それでもダンジョンのない地方じゃご馳走だよ」

「後は去勢鶏、特に雄鶏は肉の中でも最高級の評価を与えられる。それそのもの自体が、肉自体を食べるために飼育するという贅沢なものだし、去勢することであれらは肉付きが良くなる。健康にも良いなんて風聞もあるが、実際のところは知らないな」


自身の父であるレオナールが言うには。

「地方にもよると聞くが、やはりスパイスは贅沢品だし大量に使うのが財の誇り方、という文化があるな。うちは大鷹を使った空輸があるから現地からの調達も比較的楽だし仕入れ値も抑えられるが、料理への香りや刺激を加えるだけでなく、色味をつけるためにも重宝すると良く聞く」


それだけではない。贔屓にしてくれている冒険者ニコラとルイーズにも聞いてみれば。

「俺自身はお貴族様との付き合いは殆どないが、旅の途中や知り合いから聞いた話では一人、美食家の王女様が居るらしい。んで、その好みってのが一風変わっている上に舌も確かだってんで、宮廷料理がどんどん進化していってるとか。庶民には当たり前だった調理法がそうじゃなくなっていってるみたいな話だが詳細はわからん。……にしてもそんなことを聞くって、何かそういう機会でもありそうなのか?」

「ほらほら詮索なんかしない。けど師匠からも聞いたことがあるわ。貴族の料理なんてスパイスと食材が特別なぐらいで、基本的には質より量。これだけのものを用意して周りに振る舞うことが出来る、と誇示する文化もあって、それ以外は肉のバリエーションが豊富なのと氷と雪を運ばせて氷菓に舌鼓を打つ程度のもの……けど、それを異国からの料理文化を持ち込んでその王女様が少しずつ変えていってるとかなんとか」


これらの情報を聞いたセリーヌは、今の店でできる料理と用意できる食材について物思いに耽る。


(もしかすると、ローラン様がお連れする王女様というのは件の美食家の王女様? ……可能性は高いわね。わざわざ市井に降りてこようとするのだもの。料理に強い関心がありそう)

(そうすると宮廷料理に似た料理を目指すとがっかりされるかも。そもそもその方向性で上手くいっても、引き抜きの話になるだけか……)

(お父様から伺った依頼を鑑みると、馴染みのある要素でちょっとした新奇性を示しつつ、ただ引き抜かれるだけでは私はうまく期待に応えられない、という回答になる料理が望ましいよね。正直、ここで自由に料理ができれば私は幸せなわけだし)


「……良し!あんまり深く考えすぎてもいけないし、ある程度見えてきたわ!」


それから暫くは思いつきを実現できるか、食材の仕入れの相談や料理の試作、ダニエルを交えて試食して意見交換と励み。

あっという間に青い血のお客様方がやってくる日がやってきた。


※ ※ ※


アンヌ=マリー・デュシェフィーヌはその日が来るのを楽しみにしていた。

少年領主と揶揄されるシリル・ド・ローランだが、彼の家が治める地にはかのダンジョン都市「ペアリス」がある。

加えて、その都市を中心とした交易で領地は十分に潤い、その統治手腕も年齢の割に決して悪くない。

無論、その全てを彼が差配しているわけではないだろう。家臣団が優秀なだけという口さがない者も居る。

だが、その優秀な家臣たちにモチベーションを与えているのは誰か?

適切な形で人材を配置させ、手腕を発揮させているのは誰か?


その点を考えれば彼が無能であるなどということはないし、年嵩がいっていないからと侮ることに意味はないのだ。

アンヌ=マリーはそれを良く知っていたし、だからこそ彼のもとに嫁ぐ話を了承していた。

王にも認められる教養を持つアンヌ=マリーだが、それでも自分は数いる王女の一人と自覚していたし、この国は貴賤結婚も認められている。

王族が嫁ぐということは重要な貴族と見られるということでもあり、自分の婚姻によって彼の存在に重みを与えられるならそれは悪くないとさえ思っていた。


「今日もまた美味な食事でした。甘味として出されたシャルバートもいつも通り素晴らしく……」

「ふふ、そう言って頂けると嬉しいですわ」

「あぁ、アンヌ様。そういえばこの前興味深いものを口にする機会がありまして――」


だからこそ、自らの関心を惹く話であったそれに食いついたし。それを口実に出かけようなどと提案もしたのだった。


王族にのみ許されるペガサスを走らせて2日。

シリル様の領地に着いてからまた同様に半日。


アンヌ=マリーは初めて、市井の料理屋なるものに足を運ぶことになったのだった。


「……なるほど」


シリル様のエスコートのもと、馬車を降りれば、そこには3人の人間が平伏する姿があった。

1人は壮年の男性。平民にしては大柄で、顔つきも厳格そうだ。正装もしっかりと着こなしている。

事前にシリル様から聞いていた情報から、彼がこの店のバックに居るホーク商会の主、レオナールだろう、とあたりをつける。

そしてその横に控える少年と少女。彼らがこの店の従業員、ということだろう。

彼らもまた服装に気を払い、平民にしては身だしなみに気を使っているようだがまだ若さと未熟が垣間見える。


「発言を許します」

「ホーク商会のレオナールと申します。この度はローラン様及び――」

「そのまま姓を呼んでいただいて構いませんよ」

「光栄です。デュシェフィーヌ様にお越しいただき、誠に感謝の念に堪えません。小さな店ではございますが、どうかごゆるりとお過ごしください」


非公式の訪問だ。使用人もそれほど連れてきていないし、礼など略式で良い。

そう思い、アンヌ=マリーは直接声をかけた。


「入っても?」

「勿論でございます。こちらのダニエルと共にご案内させていただきます」

「そう。任せるわ」


正直なところ、こういうやり取りは苦手だ。

抑えるべきことも、王族として振る舞うべき理由も知っているが。

アンヌ=マリーは彼ら平民にも学ぶべきことや尊重すべきことがあることも知っていた。

故に、もう少し軽くても良いのだが……婚約者の前ということもある。あまり態度は崩せないだろう。


「そちらの娘は?」

「私の娘であり、この店の店主であるセリーヌと申します。発言を許していただいても?」

「許します」

「せ、セリーヌです。本日はお越し頂き誠に有難うございます……!」


こちらこそ急な訪問ごめんなさいね――そう言いかけて、口を噤む。

それは思っていても言ってはいけない言葉だ。

王族が来てくれることを光栄に思ってもらう。そうでなければならない。


「……? そういえば店主ということは、料理は彼女が?」

「はい。当店での料理は全て彼女が担当しております」

「それは……なんとも」


シリル様が仰っていた天上の菓子。それもまた、彼女の手によるものということか。

こんな女の子が……。

そんな驚きもつかの間。


「アンヌ様。お手を」

「シリル様。感謝いたしますわ」


彼に手を引かれ、そしてレオナールとダニエルに案内されて店の奥、個室に連れられる。

いつの間にかセリーヌの姿はなく、恐らく厨房へと向かったのだろう。

しかし個室があるとは驚きだった。それも内装はかなり整えられている。

これならば、騎士階級や小さな領地の貴族なら問題なくそのまま迎えられるだろう。


(元より、特別なゲストを想定して建てられていた、ということ。それだけ腕に自信があったのね……)


それでも家格でいえば王族どころかローラン家を饗すのにもやや物足りないが。

そこは仕方のないところではあるのだろう。平民は平民なのだ。

正直なところ、どんなところに連れられるかと少しの恐怖と好奇心があった分、安堵する気持ちだった。

シリル様もまた同じような感想だったのだろう。少し頬を緩めてレオナールに話しかけていた。


「このような個室まであるとはな、レオナール」

「我ながら慧眼であったと思っております。勿論、高貴なお二方を饗すには全く不足しておりますが――」

「良い。無理におしかけたのはこちらだ。本来ならば料理を献上してもらうため、我が館に来てもらうべきところだったがアンヌ様の要望でな。このような形となった次第だ」


謝罪まではしないが、気にしないでいいと。そのようなニュアンスで語るシリル様。

そしてこちらに合図のようにウィンクをしてくださった。

わたくしが感じていたほんの少しの罪悪感を汲み取ってくれていたのだろう。

そのフォローのようだった。


やはり、この方は信がおける。

自分が将来嫁ぐことになる年下の少年に、私は大きく頷いたのだった。

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