旨みしみ出す絶品ダブル鶏鍋 #1

ホーク商会の主、レオナール・ホークは一枚の手紙を手に悩んでいた。


「ふぅむ……」


悩みのタネは商売のことではない。

商いについては順調そのもので、悩むことなど殆どないし、レオナール自身が決断力に優れていることもあって、決裁が滞ることはここ数年まずなかった。

では何が彼を悩ませるかといえば。


「素直に話を持っていくかどうか、悩ましいな」


愛娘セリーヌと、その彼女が経営する料理屋に関することだった。

こればかりは身内の情もあって、即断即決とは中々行かずにレオナールの頭を頻繁に悩ませた。

それだけではない。

彼女の持つギフトと知識から生まれる料理は計り知れない価値を持っており、商人としての自分と親としての自分が対立することも少なくなかった。


茶を啜る。落ち着く香りが鼻を抜けていく。

思えば、この茶に用いるハーブについても言い出したのはセリーヌだった。

今では貴族相手にも売れるこのハーブティー。

ハーブティーそのものは古来よりあるものだが、この香り高いハーブとその煮出し方を見つけてきたのは彼女で、彼女の持つ祝福ギフト――『神の手』が真実有用であると示した例の一つでもあった。


レオナールにしてみれば、娘が才能と天才性――悪く言ってしまえば異常性――を見せたことには複雑な思いがある。

何もなければ普通に育ち普通に商人の娘として、普通に誰かに嫁いだだろう。……誰かの嫁になるということについて思うところはあるが。

あれほどのものを見せられては、家長としての選択肢は2つに1つで。

その才を守るか、或いは隠すか。随分と悩んだものだった。


「何に悩んでらっしゃるのですか?」

「あぁ、コレット」


随分と長く書斎に居たからだろう。

心配してか、愛妻が部屋にやってきた。

流れるような艶のある金髪が、部屋に入る陽の光に照らされているのを見て、思わず顔が綻ぶ。

愛娘もまたそれを継いで、美しい髪だったことを思い返しつつ、レオナールは疑問に答えた。


「いや何、お貴族様から少しばかり難儀な注文が来てな。どうするか悩んでいたところだ」

「あら、商売の話?」

「いや、娘の料理に関する話だ」


そう、貴族案件。且つ娘に関わる案件。

そうなると、レオナールとしても即断出来るものではなかった。


コレットは書斎に置いているスツールに座り込み、頬に手を当てた。


「そういえば、あの子が作ったシャーベットという氷菓をもっていったとか。その関係ですか?」

「あぁ、そうだ。魔導具の方がメイン――と言いつつ、布石のつもりだったんだが予想以上のものが釣れてしまってな……」


苦笑いする。

件のシャーベットは自分やコレットも勿論食したし、なるほど天上の美味ともいうべきものだった。

だが貴族にとってみてもそれは同じだったらしく、今回の申し出に繋がったというわけだ。


「それで、どういった申し出だったんですか?」

「実はな――」


※ ※ ※


「シリル・ド・ローラン様?が、王女様を連れてこの店に来る……?」

「あぁ、そうだ」


その翌日にレオナールは早速料理屋「テーベ」に足を運んだ。

そしてセリーヌとダニエルに詳しい話をすることにした。


「返事はまだしていない。お前たちに黙って決めるのも違うからな」

「旦那様。その様子ですと受けたほうが良いということでしょうか?」

「あぁ、そうだ」


レオナールの結論としては、この話は受けるべきだと考えた。

というより、断ることの不利益が大きすぎるし計算できないのだ。


「シリル・ド・ローラン様はこの街とも関係が深いご領主様だ。その御方からの要請は、断りづらいというのが理由の一つ」

「それだけではないと?」

「……セリーヌ、お前の料理を知ってもらうチャンスだとも思ったのだ」


そう。これは悪くない機会だ。

無論、リスキーな選択肢ではあるかもしれないが。

だが、あの少年領主とは短くない付き合いで、無体をする方ではないことを知っている。

レオナールやセリーヌの意向を汲んでくれる可能性は十分ある。

……勿論、王族ともあればそれ以上の権力者だ。

何をされるかはわからないが、それでも。


「何かあったとしても安心しろ。セリーヌ、おまえを一人売り飛ばすようなことはしない」

「それは……」

「うちには大鷹もあるしな、夜逃げするぐらいのことは問題ないさ」


従業員には迷惑をかけることになるが、家族より優先するべきものも存在しない。

そう言ってレオナールは笑った。


「幸い、金だけなら幾らかあるからな。迷惑をかける人たちにはそれぞれが生活に困らない程度に支援した上でどこか遠くで暮せば良い」

「勿論僕は着いていきますよ」

「ありがとう、ダニエル」


どちらにせよ僕はここに拾っていただいた身ですしね、とダニエルは肩を竦めた。

セリーヌは感謝するほかなかった。


「勿論、これは最悪の場合だ。出来ることならそんな無体はしたくないが、備えておく必要はあるということだな。先程言ったようにチャンスではあるんだ」


レオナールの言葉に、二人はこくりと頷いた。

セリーヌとしてはここで料理屋が出来れば――もっといえば自由に料理が出来れば、それで良いが。

お世話になっているイザベルやルイーズや父親が言うような、権力者から目をつけられるという事態の回避。

それが必要であることは、理解していた。

だからこそ、この提案を受けることには否やはなかった。


「そうなりますと、歓待の用意が要りますね。いつ頃いらっしゃるかはわかるのですか?」

「返事をしてみてにはなるが、相手が貴族であることを考えるとそこまで焦る必要はない。段取りを整えてこちらにやってくるまで、どう見積もっても半月はかかるだろう」

「なるほど……」


確かにそれなら時間が足りないということはないだろう。

欲しい食材があったとしても大鷹ライダーのパスカルや取引先の商人であるマルク、或いは冒険者に依頼すればある程度は見繕えるはずだ。


「ただ、どういう料理を出してもてなすか。それだけは考えておく必要があるな」

「そうですね。そこはちょっと考えてみます」


セリーヌは頷きつつも、どうするか考え始めたのだった。

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