魅惑のオレンジシャーベット(とミートパイ)#1

とある日の昼下がりに魔法使いの冒険者ルイーズは料理屋「テーベ」を訪れた。

昼営業と夜営業の合間となるこの時間、普段であればダンジョン素材を卸しに行くのだがこの日の目的は少し違った。

魔導技師イザベルと共にテーブルに座り、店主のセリーヌが饗してくれる。


「おまたせしました。特別メニューのミートパイです」

「待ってました!」

「これが楽しみなのよね」


出された料理をまずは味わう。いつしかお決まりとなった流れだ。

魔法について、或いは魔導具について相談させてほしいとセリーヌが依頼したのが切っ掛けで始まった集まり。この集まりはもう随分と続いている。


セリーヌが要望を口にし、それを2人が叶える。その為の報酬は勿論金銭でも支払われるが、それだけでなくこうしてまだメニューに出していない料理を食べさせてもらうことになっている。

ルイーズは何度か冒険者仲間に羨ましがられたが、仲間内で魔法使いは自分ぐらいなので仕方ないと役得にあずかっている。

お土産もきちんと包んでもらって渡しているのだからそれで我慢してほしい。


ミートパイを口に頬張る。

まず驚くのはパイ生地のサクリとした食感。

その直後にジュワッと口の中に汁気が広がり、詰められた具材の味が奔流のように流れ込んでくる。

肉の味が全面に現れた美味しさと熱さに、ルイーズは思わず目を白黒させた。

更にトロッとしたチーズが後を引いてたまらない。


「うっわ、これとんでもなく美味しいんだけど!」

「うちの自慢のシチューを織り込んでますからね。良い味でしょう?」

「チーズも入ってトロットロなのが最高よねえ」


イザベルもまた、実に美味そうにパイを頬張っている。

2人が美味しそうにパイを齧る姿に、セリーヌは嬉しそうに笑う。


「これは今後出す予定はあるの?」

「シチューも基本的に人気ですからねえ……」


セリーヌは調理場の方を見やった。

シチューが収められた寸胴鍋を見て考えているのだろう。


「パイ生地を焼く手間もありますし、出すとしても注文を受けてから作る特別メニューですね。その間待ってくださるなら出せますよ」

「そっかー。ニコラ達にも食べさせたいんだけれど、いつも通りお土産には出来るかしら」


これだけ美味しいものは是非仲間と共有したい。

それに、また恨み節を言われるのはゴメンだった。食べ物の恨みは恐ろしい。

セリーヌはわかってますよ、と頷いた。


「勿論です。今お土産の分も焼いていますから、気にせず食べちゃってください」

「あたしの分も?」

「もちろん、イザベルさんの分もご用意してますとも」


誇らしげに胸を張るセリーヌに2人は苦笑する。

普段は丁寧な接客を心がけているようで、年若いナリの割にしっかりしている印象を受けるのだが、時間をかけて付き合っていくにつれて茶目っ気のあるところも見えてきた。

料理に対する真摯な姿勢は本物だが、こうして年頃の娘らしいところを見せてくれると中々どうして親しみやすい。


(最初は凄腕の料理人、次にその腕はどこで身につけたのか気になり、こうして付き合ってみると年相応の顔も見せる努力家って感じの印象なのよね)


彼女は常々、祝福ギフトの恩恵あっての自分と口にするがそれだけでは片付かない不思議なところが沢山ある。

食材の扱いが巧いのはそこから来ているとしても、料理にこれだけ精通しているのは何故か。

それだけではない。魔導具や魔法の活用法は画期的なものばかり。

料理にせよ、魔導具や魔法にせよ。それらは勿論、いずれは誰かが発明したものであるのかもしれないが、それは複数人が、或いは異なる場所で生み出されていくものだろう。

こんな風に幾度も幾つも一人の少女から生み出されるものではないはずだ。


(けどまあ、それを一々指摘するのも野暮ってもので)


再びミートパイを口にする。

やはり美味しい。

シチューを折り込んでると言っていたが、恐らくこれはミートパイにするにあたって味を調整しているはずだ。

そうでなければこうまで絶妙な味にはなっていないだろう。

チーズまで入れているというのにしょっぱすぎず、かといってシチューの味を感じないということもない。

程よいバランスで成り立たせている。


(美味しいものを作る凄い女の子。それで良い。それが良いのよね)


ルイーズはそう思い至り、頭を振った。


「さて、宿題を1つ解決してきたわよ」


イザベルが鞄の中から1つの魔導具を取り出した。

それは箱状になっていて、キャベツやレタスぐらいなら1玉入るかどうかといったサイズになっている。


「ご要望は果実を凍らせてみたい。出来ればそこから色んなものを凍らせて試してみたい……だったわね」

「はい」


そうなのだ。以前のこの集まりで、幾つかのオレンジを手に彼女は一つの相談を持ちかけてきた。


『魔法でこれを凍らせることって現実的に可能ですか?』と。


氷室で冷やすのではなく、水が氷になるように。より冷たくしたいのだと、そういう要望だったのだ。

実際に魔導具の形に落とし込んだのはイザベルだが、これにはルイーズも協力している。

魔導技師のイザベルは魔石の扱いと付与魔術エンチャントマジックを得手とするが、実践的な魔法の使い方や出力の調整はルイーズのほうが得意としていたからだ。


そもそも、冷気を操る魔法は適性を持つ者が限られるし習得しているものも多くない。

ルイーズもかつて世話になった師匠に手紙を送り、わざわざ魔導書を1つ取り寄せたのだ。


実際に魔法を使ってみてどうすれば実現できるかルイーズが考え、それをイザベルが魔導具に落とし込む。

セリーヌの無茶振りとも言える要望に応えるコンビとして、最近は随分と仲を深めた。不思議と魔法の腕も上がっている気がする。


「結論から言うとうまくいったわ。この箱の中を見てちょうだい」


セリーヌがやけに緊張した顔つきで魔導具の箱を開ける。

すると中に詰められた冷気がブワッと霧のようにして吹き出した。


「わ、冷たい……!ちゃんと冷凍庫だ……」

「レイトウコ?一応あたしとルイーズは吸熱箱って名付けてる」

「へえ、吸熱箱。あ、熱を吸い取る魔導具ってことですか?」

「さすが、理解が早いね」


こういうところもセリーヌの謎な部分だ。聞けばセリーヌは商会の娘として教育を受けたという。

ホーク商会といえばこの街でも大きい部類の商会だ。庶民の中でもかなり賢い方だというのは理解できる。

それでもこういう現象に対する理解の早さはまるで魔法使いのようだった。

ルイーズ自身の物差しは元々の村娘のものと、師匠から教わった魔法使いのものの2つでしかないので、ちょっとした違和感程度にしか思えないが、それでも少し不思議だった。


「中には……あ、オレンジが入ってる!」

「試しにと思ってね。要望には応えられたかしら」

「充分すぎます! あとはもう少しサイズを大きくしたり、改良をお願いしたいのですが……」

「報酬を貰えれば請け負うわよ。その辺りは後で詰めましょう」


セリーヌは嬉しそうに凍ったオレンジを見つめていた。

これがあれば何が出来るのだろう?

保存しやすくはなるのだろうけれど……。


「それじゃあ、折角のですので試作にもう一つ付き合ってください。デザートをお出ししますよ!」


へえ、デザート。この凍ったオレンジでどうするのだろうか。

そのまま食べる、とかじゃないわよね?

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