じんわり味わう洋風おでん #2

夜になって辺りが冷え込んできた。

もう冬も近づいてきている時期だが、こうも気温が下がってきていてはたまったものではない。

改めて出直してきたニコラとルイーズは、冷える外気に辟易としつつ、急いで店に入り込んだ。

昼頃にダニエルが言っていた通り、店は賑わっており活気がある。

その為か、店に入ると途端に暖気が身を包んだ気がして頬が緩んだ。


「はい、こちら洋風おでんをお持ちいたしました!」

「なるほど、煮物料理なのね」

「美味しそうだな」


2人は早速店長がお勧めした『洋風おでん』を注文した。

するとホカホカの湯気を立てる煮物料理が出てきた。

見るからに味が沁みていそうな大根に人参、そして馬鈴薯。

正体不明の何やら茶色い物体も入っている。

そして、小皿に黄色い塊が何やら盛られているようだ。


「お好みでこちらのカラシを付けてください」

「カラシ?見た目からしてマスタードの一種か?」

「はい。店長曰く、ダンジョン素材で似たような風味が出せたので是非と」

「……ほう」


そんなことを言われると冒険者としては興味を惹かれる。

手軽に辛味を足せる調味料として、マスタードは人気がある。

それを作れる素材があるなら優先的に採取することだって視野に入るだろう。


何はともあれこの時期の煮物料理は有り難い。

ここで身体を充分に温めて宿に帰って眠れたなら快適な睡眠が約束されるだろう。


「エールもお持ちしました」

「お、きたきた」

「程々になさいよ?」

「わーってるって。と、どれどれ」


ルイーズの小言を聞き流し、早速スプーンで大根を割ってみる。

すんなりと崩れた大根は中心部までしっかりと色づいていて美味しそうだ。


「色味は少し薄いがどんなもんかな、と……」


ドロドロに溶けているわけでもなく、匙を入れれば崩れる。そして口に入れるとホロリと解け、具材の旨味がじんわりと広がるこの塩梅。

ここの店主、セリーヌの作る煮込み料理は絶品だ。何度か食べたが、何れもこの塩梅が絶妙でめちゃくちゃに美味い。

ニコラは高級な料理を食べたことがあるわけではないが、各地を巡ってあらゆるものを食べてきた。

その自分をして、こうまで見事な調理をする料理人は見たことがない。


そして、この大根もその期待に違わぬ味わいだ。旨味タップリのスープの味が、噛めば噛むほどじんわりと口に広がる。

味付け自体は濃いわけでもないのに何故こうも沁みるように美味いのか。野菜本来の味も死んでおらず、大根の持つ甘みが後味に残ってたまらない。


「~~~~!」


同じような感想なのだろう、ルイーズがギュッと目を瞑り、その美味しさに震えてる様が横目に見えた。

普段は澄ましたような顔をする幼馴染だが、食事をする時に幸せそうに表情を崩すところは昔から変わらない。

ダンジョンアタックで邪魔にならぬようにとお団子頭に纏めている髪。今は椅子に立てかけられた、常日頃持ち歩いている杖。

よく考えてみれば、彼女も良くついてきてくれている。

そう思ってなんとなしに見つめていると、視線に気づいたのか恥ずかしげに睨みつけられた。


「なによ?」

「いや、酒が美味いなと思ってな」


旨い肴に美味い酒。隣には支えてくれる理解者。

旅から旅の身空だが、こういう夜が過ごせる程度の余裕を手に入れるまでは苦労したもので。いつだってニコラはその幸運を噛み締めている。


人参を口に放り込む。これも美味い。というか野菜が甘いということも、それぞれの野菜に違った美味しさがあることも、この店で初めて知った。

故郷でも、旅の間に立ち寄った食事処でも、肉の付け合せか、スープでどろどろになったものぐらいしか食べたことはなかった。

馬鈴薯もまた普段食べる蒸かし芋とは全く違うほっくりとした食感とスープの味わいが見事で、思わず頷きたくなる美味しさだ。


「それにしてもこんなに薄い色なのに凄いしっかり味が付いてるわよね」

「そうだな。マスタード……カラシだったか?味が薄ければつけるものだと思ったのだが、要らなそうだぞ」

「それにこの茶色いものは何かしら。野菜にも見えないのだけれど……」

「あ、それは練り物ですよ。魚のすり身を揚げたものです」


会話が耳に届いたのか、店長のセリーヌが返事をした。

カウンターで料理を作り続ける手は止めないまま、彼女は続けた。


「カラシもどちらかというとアクセントですね。結構辛いのでお好みでちょっとだけ載せて食べてみてください。鼻にツンと来るんですがそれが良いんです」

「へー……」


ルイーズがそれを聞いて、興味深そうにする。気にはなるが少し試すのは躊躇う……といったところか。

マスタードを食べたことがないわけではないが、ここの料理は未知な部分もあるしな……。

その様子を横目で見たニコラは苦笑し、試しにとネリモノにカラシをつけてみた。


「おぉ。これは中々……」


もぐもぐと口を動かしながら、ニコラは感嘆の声を発した。

先程までの優しい味わいだけじゃなく鼻に突き抜ける強い香り。

そして程よい刺激。これは見事なものだと称賛するほかにないだろう。


「載せたほうが絶対に美味い。言われた通り、辛さはあるがその中の風味がまた良い」

「本当?」

「もちろんだ、試してみろよ」


そう言われて、ルイーズはニコラの真似をするようにして、カラシをつけてみた。

恐る恐る口にすると、ルイーズは興奮したように高めの声のトーンで唸った。


「ん~!辛いけど本当、これはこれで美味しいわ!」

「そうだろ?」

「それにこのネリモノ?っていうのも弾力のある歯ごたえで美味しいわね」

「まさにだ。カラシの風味も勿論だが、この食感と味わいはクセになるな」


ネリモノ自体も、彼女が言う通り歯に程よい弾力が返ってきて面白い。魚のすり身というが、嫌な癖はなく旨味がしっかりと感じられる。

ごくん、と飲み込むと同時にエールを一口。


「これは良いな、酒も進みそうだ」

「もう、そればっかり」


困ったように笑うルイーズに、ニコラは頭を掻いた。

今度は新人たちをここに連れてきてやっても良いな。

この店は食べ物への価値観を変えてくれる。何度来ても面白く、美味しい。


大型の獣魔物を狩ってきて、祝勝会といければ最良か。

またグビリとエールを呷り、ニコラは笑った。

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