手間暇かけたジビエシチュー #2

調理場から出て、カウンター席に座る。

いつも思うが、セリーヌの料理は魔性だ。

仕事であるから文句は言わないが、この香りを嗅ぎながら作業をするというのは中々に苦痛だった。

同時に、この美味しい報酬にワクワク出来る理由でもある。


「お待たせしました。ハンターラビットのシチューです」

「へぇ……!」


思わず感嘆の声が溢れた。

濃い褐色のスープの中に肉や野菜がゴロッと転がっている。


「これ、どういう風に作ってるの?」

「先程少し触れましたが、長時間かけて出汁フォンをまず引いて、それをベースに味を整えて、具材を更に煮込んだんです」

「単に長く煮込んだ、というわけじゃないのね……それで火加減というわけ」

「まぁ、そうですね」


家庭料理ではこうはいかない。

何度も何度も煮込むということはあるが、それはただ同じスープやシチューを使い回すというだけの話でしかない。

恐らくこれは、同じことをしているようでかけている手間が違う。


「冒険者のニコラさんから良いハンターラビットを譲ってもらえたので。せっかくなので作ってみたんです。本当は仔牛を使いたいんですが、高いですからね」

「当たり前ね。豚ならまだしも、若い牛なんて食材に使ったら勿体ないわ」

「ですよねえ……」


とんでもないことを言い出すセリーヌに、イザベルは頭を振る。

仔牛なんて無理やり手に入れようとしたら、随分と値が張るだろう。食べ物として買うものじゃない。

それが出来るのはお貴族様ぐらいのものだ。


「それじゃ頂くわ」

「はい、感想を聞きたいです」


まずはスープを一口、と思い匙に掬う。

長時間煮込んだというだけあって、ドロッとした感触だが不思議と美味しそうに見える。

普段飲むスープと何が違うのか、自分の舌で確かめるべく口に運ぶ。


「んうっ!」


思わず声が漏れ出てしまうほどの衝撃だった。

あまりにも濃厚な、塊で殴りつけられたかのような肉の旨味。

その味の奔流に思わず全身がビクリと震える。それほどの強い味。


「ど、どうですか……?」


恐る恐るといった様子のセリーヌの声。

イザベルは立ち上がって手を取ることでそれに答えた。


「美味っしい!!!」


思わず叫んでしまうほど。この感動は今まで食べた料理の中でも飛び抜けている。


「なにこれ!?どうやったらこんな味が出るの!?時間をかければ良いってものじゃないわよね!?」

「あはは……イザベルさんの魔導コンロのおかげです。これがあるから、私も妥協しないで料理ができるんです」

「いや、これはセリーヌの情熱と技術があるからよ。というか、この魔導具の設計を依頼した発想自体が貴女のものじゃない……」


自分の仕事がこの料理に関わっていることは光栄だが、その功績はセリーヌこそが誇るべきものだ。

イザベルとて、彼女の注文を実現するにあたって苦労を重ねたが、それがこの料理に繋がるなら十分以上に報われたと言って良い。

良い仕事が出来たと、改めて満足できる。


(スープだけであれだけ美味しいのだもの、具もきっと……)


改めて、シチューの中に匙を差し入れ、肉を掬って口に頬張る。

肉が舌の上に来たと思った瞬間、今まで味わったことのない感覚が襲った。


「なにこれ……柔らかすぎ……」


ハンターラビットの肉は食べたことがある。

ダンジョンの浅層に現れる魔物から手に入る肉で、魔物肉の中では比較的手頃な食材として認知されている。

殆どウサギに近しい性質のその肉は柔らかくさっぱりした味わいなのだが、それにしても柔らかすぎる。


口の中に入れた瞬間にホロホロと解けるこの食感はたまらない。


「頂いた肉はどうやらメスだったようで、とてもいい感じだったんです。美味しいでしょう?」

「えぇ、とっても。でも、こんなに食べやすいのは初めてよ」


なんといっても肉から血の匂いがしないのだ。

肉の風味が弱い訳では無い。この濃厚なスープの中で踊る肉の味はとても深い。

けど、その肉の嫌な感じが全くない。それがイザベルを混乱させる。


(煮込まれている野菜もとても柔らかい……。スプーンで切れてしまうほど……)


そしてそれらも例外なく、肉の旨味を存分に吸っていて美味しい。

野菜がこれほど美味しいと感じたのも初めてのことだ。


「これだけのものを作れるなら手間をかけるのも納得、というものね」

「良かったです」


ニッコリと得意げなセリーヌに、イザベルは苦笑する。

自分は魔導具作り以外に詳しい訳では無いが、これが簡単な料理ではないことぐらいはわかる。

彼女は「面白いクライアント」であると同時に、敬意を払うべき「職人」なのだ。それを今更ながら改めて実感する。


そんな彼女がふと口を開いた。


「イザベルさんはああ言ってくれましたけど、私は本当に感謝してるんです」

「コンロの話?」

「はい。それだけじゃなく、今も幾つか設計をお願いしているものも。この料理と同じように、手間をかけることで良いものが作れることは知っています。けれど、その結果を出すことが容易じゃないことも分かってるんです」


セリーヌの言いたいことはわかる。

技術や知識、或いは経験。それらがなければ時間をかけても良いものは作れない。

彼女がこれほどのモノを作れる理由は、それだけの試行錯誤だけではない。確かな技術があるはずだ。

祝福ギフト持ちであることも聞いているが、ただそれだけで良いものが作れるとは思えない。

自身の経験からも、それは断言できた。


「そして、イザベルさんは手間を惜しまない。父が貴女を紹介してくださった理由がそれだって聞いています。『イザベルは必ず仕事を完遂する』。その言葉通りの仕事をしてくださっています」

「そんな風に評価してくれていたのね……」


確かに、自分は仕事を投げ出さない。師匠の教えということもあるが、雑な仕事をしたら次に繋がらないことを知っているからだ。

工房が仕事を取ってくるわけではない。親方が失敗をフォローしてくれるわけではない。

女だてらに、腕を頼りに仕事を続けていくためには「投げ出さないこと」は最も重要なことだと考えていた。


「イザベルさんの仕事のお陰で出来る料理はたくさんあるんです。それが楽しくて、嬉しくて。だからこれからもよろしくお願いします」


ホーク商会のレオナールが認めてくれていたこと、そして目の前の彼女が心から感謝してくれていること。

それを知ったイザベルは、胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。


あぁ、頑張ってきてよかった。


視界が涙でにじむ。眼の前で湯気を立てるシチューが、2人で作った努力の結晶のように感じる。

改めて口に含めば、その美味しさは何度味わっても感動的で。

もはや自分でも感情の昂りを抑えられなくなってきた。


次の仕事も頑張ろう。そして、彼女とともにまた新たなモノを作り上げよう。


「こちらこそよ。最高にやり甲斐のある仕事をくれて有難う」


それは、心の底から湧き出る決意の表明でもあった。

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