手間暇かけたジビエシチュー #1

イザベルがその少女と出会ってから、もう早1年が経とうとしていた。

初めて出会った時の印象は、およそクライアントに適さなそうな「商会の箱入り娘」といったものだ。


今は亡き師匠から受け継いだ魔導技師としての技を振るい、ホーク商会に魔導具を幾つも売り込んでいたイザベル。

その能力を評価して仕事を任せたいと言われたときには、それはもう喜んだことを覚えている。


魔導技師としてのキャリアは既に中堅からベテランとして評価されるに足ると自負しているが、名だたる工房で仕事をしてきたわけでもなく、今は師匠も亡き身。

その上女性とあっては、理不尽に侮られることも多く、何か大きな仕事をしたいという想いを募らせながら生きていた。


だから、レオナールから引き合わされた人物がどこからどうみても線の細い、それも幼気な少女であったことには何か担がれたか、また馬鹿にされているのではないかと思ったものだ。

子供の面倒を見てほしいとか、そういった類の話じゃないかと邪推した。


「あ、イザベルさん! 来てくださったんですね」

「近くまで来てね。点検と聞き取りを兼ねて覗きに来たわよ」


だがその少女、セリーヌは「面白いクライアント」であった。

魔導具、ひいては魔法というものはどうしても生存競争の為に用いられるもので。

それはいっそ、形を変えた武器に近しい。

戦争で勝つために、他種族を弾圧するために、或いはダンジョンで生き残るために。

大魔法ともなれば街が消える規模になりえるし、それを実現させるための魔導具だって作れないわけではない。

無論、それは英雄とも言われるステージの人間でもなければ扱えるものではないが、それでも携帯できる火力としては破格のものだった。


魔法によるヒトへの殺傷が禁じられたのは比較的最近の話で、それでも結局ダンジョンや冒険の為、魔物を打ち倒す為に進歩は続いている。


「魔導コンロの調子はいい感じです。あ、ただ幾つか少し火力が弱くなってるので……」

「魔石の入れ替え時かしら。ちょっと見てみるわ」


彼女は、料理に魔導具を使いたいと言い出した。

そしてイザベルはその願いを叶えた。

開店までに間に合わせるにあたって、幾度も徹夜をしてしまったが。それでもクライアントに満足してもらえる仕事が出来た。

前例のないものを作れた、その事実が自分の自信にも繋がった。


「点検が終わったら何か足りないものがないか、改めて聞かせてもらうわね」

「はい!それと……」

「はいはい、美味しいものを用意してくれるんでしょう?期待して待っているわ」


そして、いつからか習慣となった、仕事へのささやかな報酬。

何よりも文字通りに美味しい、その役得こそがこの仕事への満足感をより高めていることは、間違いのない事実だった。


※ ※ ※


「それで、今日は何を作ってくれるの?」


店の中に幾つも配置している魔導コンロの点検中に問うてみると、セリーヌはニコリと笑った。


「イザベルさんのお陰で実験的に引いてみた出汁フォンがようやく出来たので、それを使ったシチューでも」

「あたしのお陰で?」


振り返ると、何やら寸胴鍋をかき混ぜている。シチューとのことだが、その中で煮込んでいるのだろうか。

店に入ったときから何やら凄く食欲をそそる香りがしていたが、その元がこれらしい。


「これ、薪を使って直火だけで何とかしようとするとものすごく大変なんですよ。だからイザベルさんが居なければ絶対に出来ないことでした」

「へぇ……。このコンロを注文された時、『火加減が自在に調節できないとダメなんです!!!』って言っていたけど、そういう繊細さが必要な料理なの?」

「はい。その上で最低でも8時間は煮込まないといけないので」

「8時間!?」


思わずギョッとする。それは宮廷料理か何かの話じゃないだろうか。

これはこのコンロもその内、耐久性を高める改良が要るかもしれない。


「でもそれだけの手間をかけると最高の素材が手に入るんですよ。そして、実際にどれぐらい煮込むかはまだ試行錯誤中です」


クスリと笑うが、イザベルは戦慄する。この娘の料理への情熱は尋常なものではない。

それは分かっていたつもりだったが、まだ理解が甘かったのだと。


「そんな使い方をしてるから、こんなに魔石も小さくなってるのね……。はい、幾つか取り替えたわよ」

「有難うございます。もちろんその分の代金はお支払いしますから」

「もちろん。タダ働きは勘弁よ」


それだけの手間をかけた料理を食べさせてもらえるのだから、タダ働きということもあるまいが。

イザベルにとて生活はある。必要な経費の支払いはしっかりしているのも、ホーク商会を気に入っていた理由の一つでもあり、それは娘も同様だった。

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