忠直は慷き慨る 第十幕

「えぇい! 忌々しい男だな! 貴様は!」

「そりゃ、お前に好かれるつもりで生きてねぇし、な!」


 森の奥へと追いやられた男。

 そんな彼を追い詰めるように素早い動きで攻撃を繰り出すルーザー。


 大樹から大樹、大樹から地面、そしてまた大樹とピョンピョン機敏な動きが出来ているルーザーに対して、問答無用に大樹をへし折っているとはいえその巨体故に動きが制限されている男とはいつの間にかに形勢が逆転していたようだ。


 ちなみに男が倒した大樹は折れたと同時に元のサイズに戻っているため、周りに相当な被害を出しているということはない。

 被害が無い訳でも無いが……。


 そうして、次第に劣勢になり始めた男は何とか攻勢に出ようとするも、ルーザーの素早い動きに対応できず。


 遂には……。


「おらっ!!」

「ぐはっ!!」


 雷を纏った鋭い蹴りにて、大樹に叩きつけられてその動きを止めてしまう。


「ふぅ~。ま、こんなもんだわな」

「馬鹿な……この力を使ってなお、俺……私が押し負けるなんて……」

「そりゃあ、地の利ってのがあるしな」

「くっ……どうやら、そのようだな!」


 勝利を確信したようなルーザーと、まだ諦めきれないと立ち上がろうとする男。


 そんな男が勢いよく手を払うような動作をすると、その動きに合わせて巨大化していた森の木々が少しづつ小さくなり始め、ついには元のサイズへと戻っていく。


「へぇ。本当にお前1人でやってたんだな」

「当然だ。これは俺……私の復讐だ! 私だけですべき……私だけのもの! 邪魔などさせるものか!!」

「何を背負ってんのか知らねぇけどよ……もう諦めな。今のお前じゃ俺には勝てねぇよ」

「抜かせ!!」


 ルーザーの言葉に聞く耳持たないと男は、両手の棍棒を振り回すように再びルーザーへと攻撃を仕掛ける。


「よっと!」


 それを機敏な動き、雷を纏わせた脚を巧みに動かし右へ左へ、時には一瞬消えてみせるほどの動きで避けていくルーザー。


「くっ! 何故だ! 何故当たらない!!」


 棍棒によって生み出されるエネルギーは辺りに相当な被害をもたらす程に設定されている。


 おかげで棍棒を振る度に森の木々や茂みは吹き飛ばされ、はげ山ならぬはげ森になり始めてはいるものの、肝心のルーザーにその攻撃が当たらない。

 巧みに避けられ続け、一向に勝機が見えないでいる。

 しかし、向こうは向こうで回避に専念しているため、男がダメージを受けている訳ではない。


 そのため、未だ戦闘の優劣は付いていない……かに思われたが。


「……くっ」

「どうした? そろそろへばってきたか?」

「うるさい!」

「ったく……だから、お前の底は見えたって言ったんだ、よ!」


 男を挑発する言葉に意識を取られたのか、ただ単にたまたまだったのかはわからないが、大振りした攻撃後によろけた男。


 その好機を見逃すわけがないとルーザーは、一気に懐に入り込み、「雷式虚歩らいしきこほう抜脚ぬきあし!」と、男の足を引っかけその巨体を前へと転ばせてしまう。


「しまっ……っ!?」

「まだまだ! 雷式虚歩らいしきこほう雨脚あまあし!」


 転んだ巨体への連続蹴り。

 しかも的確に筋肉の境目や骨のないであろう部位を目掛けて当てている。


「くっ!」


 耐えるしかないでいる男。

 しかし、ルーザーの攻撃はとどまることを知らない。


「ほら、もういっちょ! 雷式虚歩らいしきこほう力脚ちからあし!」


 爪先に雷の力を一点集中させたルーザー。

 それを男の脇腹に押し付けるように蹴り上げると、男は声を漏らしながら吹き飛ばされてしまう。


「ぐはっ!!」


 轟音を立てながら地面に体を叩きつけた男。


「……バ、バカな……。この姿の俺を……私を蹴り飛ばした、だと?!」


 自身でも自覚しているその巨体。

 目算で5m近くはあろうというその体躯。


 その巨大な物体を普通サイズの人間があろうことか蹴り飛ばして見せたのだから、男の驚きも無理からぬこと。


「この程度で驚かれてもな~。昔だったらもっと蹴っ飛ばせてたっての」


 一方のルーザーはどこか不満げに言葉を返す。


 時折言う、ルーザーの昔。

 齢16~7程度の昔とはいったいいつの事なのかを男は理解出来ていない。


 しかし、それでも理解できることがあるとするのなら……それは、こんな状態の自分がまだ限定解除すらしていない相手に劣勢だという事実ぐらいだろう。


「何故だ……何故、お前に勝てん……」

「……しょうがねぇ。教えてやるか。どうせもう終わりだろうしな」


 面倒臭そうに頭を掻いていたルーザーだったが、勝利を確信してか、男に底が見えたと言った真実を伝え始める。


「お前さ……その力使って殺し合うの、初めてだろ?」

「っ!」


 ルーザーの言葉にハッとする男。

 どうやらルーザーの言葉は男の真実を言い当てていたようだ。


「まぁ戦ってる感じじゃ、人を殺すのは初めてって訳じゃなさそうだけど……お前からは素人感っての? そういうのを滅茶苦茶感じんだよ」


 まずは最初の戦闘時、空中での連撃について。


 相手が空を飛べないのなら体力の温存を兼ねて、一発叩きつけるだけでも良かったとルーザー。

 それを自身の優位性をアピールするかの如く、威力を弱くした連撃を選んでいたのが男だった。


 そもそも、ルーザーを追うことが間違いだった……なにせ下は木々だらけ。

 自分の体との関係を考えれば、追う方がリスクが高いのだから。

 ……実際、木のサイズを元に戻しているし。


 もっと言えば、巨大猪のこともそう。

 男自身言っていたが、木々を大きくしたせいで身動きがとりづらいと自省していたこともあって、その力には慣れていないのだと理解ができたんだとか。


 そうして、自分の魔術を扱いきれていない様を少ない時間で見出していたルーザー。


 それは勇者として常に戦場に出向き、常に生死を賭けた戦いをしていたが故の肌感覚。


 その感覚を持っていたからこそ、ルーザーは底が見えたと言ったのだ。

 負けることは無いと自信があったのだ。


「……なる、ほど……だから、俺……私の底が見えた、と……」

「そういうこと」


 ルーザーの言葉に、反論できずにいた男。

 まるでそれはルーザーへの敗北を受け入れたのかのような姿であった。


「……ああ、認めてやるよ。確かに俺は……私はこの姿で戦ったことはない。なにせ、この力をのが少し前だったんだからな」

「貰った?」

「それまでの俺……私は、復讐の機会、あのお方の理想を叶えるためのチャンスを伺いつつ、それでもほとんどその機会に巡り合えずにいた、ただの木偶の坊でしかなかったんだから……」

「たまたまといい、貰ったといい、お前こそさっきから何を……」

「だけど……ああ、だけど! それでも諦める訳にはいかねぇ! あのお方を亡き者とした奴らを根絶やしにするためにも! 俺は……私は! 諦めるつもりなんかねぇ!!」


 覚悟を決めたように言葉を告げた男、倒れていた巨体を動かすと懐から一本の瓶を取り出している。


 その巨体故に瓶のほとんどは手で覆われて見えなかったが、紛れもなく茶色の瓶を手に持った男は、蓋を壊すように開けると中身を一気に飲み干してしまう。


「ん? 何だ、それ?」

「直にわかるさ! ……おぉ、おお!! 力だ! 力があふれ出してくる!!」


 突然、風向きが変わった。

 そう形容できるほどに男に渦巻いていたマナの流れが変化したのにルーザーが気付く。


「……お前、もしかしてそれ……」

「もっとだ! もっと俺に力を!!!」


 ルーザーの疑念を他所に、更にと男は何本かの瓶を取り出すと、無造作に中の液体を飲み干していく。


「プハァッ!! ……ハハハ……アッハッハッハッハッ!!! アッハッハッハッハッハッハッ!!! ああ、感じるぞ!! 力が漲っていくのを感じるぞ!!!」


 その高揚感に笑いが止まらないといった感じの男。


 そんな男の姿を見つめながら、「……マジかよ。何でそれがに……」と漏らすルーザーにはその液体が何なのかわかっていそうだったが、今は男の事だと語るつもりは無さそうだ。


「アッハッハッハッハッ! これなら俺は勝てる! 勝ち続けられる!! ……見ていてくださいエニエ様。必ずやあいつらを……あなたから何もかもを奪ったを! 根絶やしにしてみせますから!!!」

「貴族だぁ? 俺、別に貴族って訳じゃ……」

「問答無用!!」

「なっ?!」


 そうして再開された男からの攻撃。

 棍棒とした木を振り下ろすだけの不意の一撃が、ルーザー目掛けて襲い来る。


 それを何とか回避したルーザーだったが……。


「アッハッハッハッハッ!! 俺から逃げられると思うな!!」

「なにっ!?」


 男は不意に持っていた木をルーザー目掛けて投げてくる。


 流石にそれは受けられないと避けたルーザーだったが、男もそれは承知の上とすぐさま側に生えていた木をガシッと掴むと、そのまま軽々と引き抜きそれすらもルーザー目掛けて投げつける。


「マジか!?」


 移動した先を狙い撃ちされたルーザーだったが、先に着いたことが功を奏し再び回避に成功するも、男の木の投擲は止まらない。

 なにせここには、多くの木次の球があるのだから。


「ハッハッハッハッ!! アッハッハッハッハッ!!」

「あ~、もう! 鬱陶しい!!」


 投げ続けられる木が生み出す質量と見合わない大地への傷跡。


 その一撃は受けてはいけないと思えるほどの穿孔を生み出し、そんな攻撃を何度もしてくる相手に少々厄介さを覚えるルーザーだったが、それでも今はあえて攻撃を誘導しようと回避に徹する。


 なにせ、相手の武器は木――つまり抜いてしまえばもうそれで終わり。

 投げて落ちた倒木も少し離れた所に投げさせれば回収の暇もない……というか与えない。


 だからこそ今は冷静に避けることに専念していればいい……と、そう思っていた時期がルーザーにも少しありました。


「……まさかと思うが、木が無くなるまで耐えておけばいいとは思ってねぇよな?!」

「えっ? いや、普通に思ってるけど?」

「なら、その考えは改めな。なにせ……ほらよ!」

「なっ!?」


 男が足を踏みしめる。

 すると、木が失われていた所から新たに木が生えてくる。


「言っただろ? 俺の力はエネルギーを操るってな! だからこうして雑草レベルの木や芽に成長するエネルギーを与えてやればこの通りなんだよ!!」

「ああ、そうかい! 悪いな、そのエネルギーってのがよくわからなかったものでさ!」


 こうして、避け続けていればいずれ隙が生まれるというルーザーの目論見は淡く崩れ去り、このまま長い拮抗状態が続く……かと思われたが、男の新たな攻撃ですぐさまそれも終わりを迎える。


「砕けろ!」

「ぐあっ!」


 男が蹴っ飛ばした石がルーザーにヒットしたからだ。


 正確にはまず男が石を蹴るとそのエネルギーを増大させ石を砕く。

 そして砕かれた石は小石となって勢いよくルーザーに向かって飛んでいく。

 大小さまざまな小石だが、既に男が触れていることで石それぞれの持つエネルギーは極大まで増大され、それがルーザーに当たったことでルーザーに大ダメージを与えたのだった。


「ハハハッ!! ようやく、当たったな!!」

「か~! 本当、その能力ズルいだろ! 小さくて見えずらいもんまで、同じダメージとかよ!」

「それが俺の力だからな!!」


 動きを止められたルーザーのもとにすぐさま近付いた男は、もう逃がすことは無いと、新たに手にした枝を大きくしつつ振り下ろしルーザーに追撃を与えていく。


 一発、二発。

 そして三発。


 どう見ても軽々しいその一撃。

 無造作に何度も与えられていくその連撃。


 しかして、殴られるたびに重い音を成すその攻撃に、ルーザーは腕でガードしつつ必死に耐えてはいるが、次第に追い詰められたように体に傷を、そして血を生み出し始めている。


 為す術の無いルーザー。


 そうして、幾度もの木の枝による攻撃を受けてしまったルーザーは、最後の振り払い攻撃によって体を樹に激突させられると、「くはっ!」と口から血を吐きながら地面に突っ伏してしまう。


「……ああ、くそ……本当、昔に比べて弱ってんな……俺……」

「ハッハッハッハッ! アッハッハッハッハッ! 奪ってやる!! 奪ってやる! 奪ってやる! 奪ってやる! お前たちの……この世に蔓延る貴族という癌から!! 何もかもを!! その全てを! 悉くを!! 全部全部、この俺が奪い去ってやるっ!!!」

「……おいおい。さっきも言ったが俺は貴族とは関係な……」

「だとしてもだ! 貴様のその振る舞いが貴族の利となるのなら、容赦はしない! してやるものか!! 俺から全てを奪ったあいつらから、奪えるものはすべて奪うさ! 金があるのならその財全てを、地位があるのならその名誉全てを、そして……守る力があるのなら、その四肢も体も頭蓋も何もかもを!!!」

「……そうかい」


 必死に立ち上がりながら、一応の抗議をしてみるルーザー。

 しかし、今の男には何を言っても意味はない。


「それにしても……どうして、そんなに貴族の奴らを憎んでんだ?」

「どうして、だと?」


 だが、理由を尋ねると男は反応を見せる。


「そもそも、あれを守ろうという気が理解できない話だろう? それだけのことをしていると、貴様も知っているはずだ」

「悪いが俺は国外の人間でね。貴族って連中とはほとんど縁が無いんだ」


 ここで言う国外とはバンタルキア王国の外、という意味だ。


 要は王家や十三騎族、そればかりか貴族の人間すら手を出していない辺境の事。


 人口が多いということもなく、目立った特産品もないために、貴族も手を出したところで何の利は無いとスルーしている場所のため、基本的に権力争いといった血生臭いこととは無縁の牧歌的な場所であり、ルーザーが貴族という人種を知ったのも実際に故郷を出た後の話だったりする。


 ちなみにエルも国外生まれだ。


「田舎を出るまで、そいつらのことをよく知らなかったもんでな」

「それでよく俺と戦おうと思ったものだ」

「お前が俺の仲間とか襲ったからだろうが」

「ハッ! それはそうか。……だが、いいだろう! そんなに知りたいのなら教えてやる。さっきの礼もかねてな」


 さっきの礼。

 それは自分の底が何かを指摘したルーザーの言葉。


 あれで男は更なる力を得ようと画策し逆転の一手を打つことができたのだから、今度は自分もということだろう。


 そうして男は自分のことを語り始めるのだった。


「俺はな……元々、貴族のだったんだ」

「奴隷、だと?」


 キッと男を睨んでいたルーザーの目つきが変わる。

 どうやら奴隷という存在に、その言葉以上の何かを抱いているようだ。


「あの時の俺……私には絶望しかなかった」


 それは男の昔の話。


 父親がどこぞの貴族であり、お手付きとなった母は身重となったことから捨てられ、物心つく前から母親との貧乏暮らしを余儀なくされたという男。


 そんな男は母が病気で死んだのを機に、貴族の奴隷として働かされることとなり、以降地獄としか言いようがない日々を送っていたのだという。


隷属紋スレーヴェのせいで逃げることはおろか、自由に死ぬこともできなくなった俺……私には生きる希望などありはしなかった」


 隷属紋スレーヴェ

 魔術によって付けられる首輪のようなもの。


 主に舌に付与することで舌を噛んで死ぬことを魔術的に防ぎつつ、自身の下した命令に逆らった際には逆にその舌を経由して痛みや苦痛を与え造反できなくするようにする一種の呪いのようなものだ。


 元々は罪人に付与し、反抗や逃亡ができないようにさせるためのものだったが、現在では貴族がそれを奴隷に使用し支配していたりする。


 勿論、その話や噂を聞いて王国は隷属紋スレーヴェを犯罪者以外に使った者には極刑に近い罰を与えると定めたのだが、バレなきゃいいの精神で使用している貴族が後を絶たず、王家や十三騎族も完全に隠されたら追えないばかりか、逆に力づくで捜査しようものなら証拠隠滅のために奴隷が殺されかねないと、お手上げ状態だったりする。


「だけど、そんな暮らしをしていた俺に……私たちに希望が現れてくださったのだ」

「……それが、さっき言ってたエニエって奴か」

「そうだ」


 そういう男の顔は優しさに満ちていた。


 エニエは男が奴隷として飼われている貴族の長子であったことから、次期後継者と目されていた女性だったそう。


「あのお方は言ってくださったのだ……ごめんなさいと。自分に力が無いばかりに俺……私たちのような奴隷を生み出してしまっているのだと。涙を流して……」


 その時のことは鮮明に覚えていると男。


 そして、その言葉によって自分は救われたのだとも。


「いつもあのお方は我々のことを案じてくださっていた。自身の弟妹たちが我らに手を上げる度、陰で我らの治療をしてくださった。慰み者にされていた者に対してはその者の気持ちが晴れるまでずっとおそばに居てくださった」

「……随分と良い奴みたいだな」

「良い奴などという言葉では言い表せない程に、我らにとってはかけがえのないお方だったのだ。たとえ、あのお方の振る舞いが全て狂言で、実は家族ぐるみで我らを弄んでいるとしても……それでもあのお方が幸せなのであればそれで構わないとすら思えるほどの我らにとっての希望、だったのだ」


 だったのだ。

 その言葉からその次の展開を察することなど造作もないだろう。


 事実、次の事を語ろうとする男の手は次第に震えだし、その表情も怒りのものへと染め上げていたのだから。


「だが、ある日のことだ。あのお方は……あのお方は首を吊って亡くなったと聞かされたのだ!」

「首をって……」

「決して自殺などではない! あのお方が自死する理由などありはしないのだから! 無論、殺されたのだ! 次期当主の座を狙った弟妹の誰かに! あるいは血の繋がらない父親の後妻に!!」


 しかも、しっかりとした死因の調査すら行われなかったそうで、唯一の肉親であった父親も後妻に精神的に支配されていたので結局、すぐに遺体を処理する方向に動いたのだという。


「我らはあのお方の死に目にすら会わせてはもらえなかった。それほどに奴らはすぐさまエニエ様を葬ったのだ。明かされると都合の悪い真実があったが故に!」

「……」

「……あのお方は仰ってくださっていたんだ。自分が後継者になった暁には、我らに自由をくださると。弟妹や母親、果ては父親とどれだけ対立しようとも、我らに自由をお与えくださると! ……そればかりか、平民も貴族も無い世界を作り、我らが安寧のもとに暮らしていける世界を作るの、だと……あの日の夜に嬉々として語ってくださっていたというのに……それ、なのに……」


 そこは奴隷として働かされている家の屋根の上。


 家の者が寝静まった後で、まだ子供だった男が唯一安らげる場所としていた所にやってきたのは少し年上だったエニエ。


 その笑顔に憧れて、少しの恋慕の情すら抱いていた相手の理想を叶えるために、彼はこれからも側にいると、自由になってもお仕えすると約束したのに……。



 それを奪われてしまったのだ。


 ただの跡目争いのために。

 もしくは自分の子ではないからというだけで。


 奴隷解放という目的を抱いていたがために、誰の味方も得られていなかったが故に。



「だからこそ……だからこそ! 我らは蜂起しようと決意したのだ! エニエ様のために……あの家の者を皆殺しにするために!! ……だが。我々は、その機会すら奪われたのだ……」


 それが後に『廃絶貴族の乱』と呼ばれる、貴族崩れと魔人が手を組み起こした事件であったと男は語る。


 廃絶貴族の乱とは、その名の通り廃絶した(もしくはさせられた)貴族たちが権力を再び手にすることを目論み魔人と手を組んだことで、いくつかの領地で起きてしまった大量虐殺の事だ。


 おかげで多くの領主たちが入れ替わったり、罰を受けて参加した貴族は処刑されたりと、数多の血が流れた惨劇でもあった。


 ちなみに、この事件の処理に手を焼き首都の警備が手薄になったことで、バンタルキア王国国王ならびにその子供7人中5人が殺され勇者が助けに入るまで敗北濃厚だった事件が、後に『バンタルキアの落日』と呼ばれることになるのだが、今は割愛する。


「我らが蜂起しようとしていた矢先、突如エニエ様の家族に恨みを持った貴族どもが魔人と手を組み領地を襲撃してきたのだ」


 おかげで自分たちは戦闘要員として駆り出され、エニエの家族を手にかけるどころか、自分たちの生存すら危うい事態へと発展してしまったという。


「俺は何とか生き残れたが……結局、仲間たちは奴らの盾となって散り、あの家の者たちが殺されたのか逃げ延びたのかさえわからなかった……」


 自分はまだ比較的子供だったため、前線に行かなくて済んだことが功を奏したとも。


 こうして、全てを奪われた男だったが、唯一隷属紋スレーヴェも消えていたことで、それをかけた術者だけは死んだのだろうと理解できたそう。


 隷属紋スレーヴェは付与した人間が死ぬか任意で解除するまで付与され続けるためだ。


 ちなみに、隷属紋スレーヴェは付与していない者でもその機能を発揮させることができるので、お抱えの魔術師はもちろん、貴族にも逆らうことはできない。


「おかげで俺は……私は何年もの間、生死不明の奴らを探す羽目になったのだ。……無駄とも思える日々を、私は10年近く過ごさせられたのだ!!」


 しかし、結局そいつらの痕跡は見つけられず、彼が見たのは相も変わらない世界の在り様だったとも。


「本当に吐き気がする! あんなことをしでかした者たちは確かに罰せられた。だが、それで何かが変わったか!? 否だ! 何も変わらない! 何も変わっていない!! 変わったと言えるのは、魔術を習う場である魔術学校が騎士学校まがいのことをし始めたことと、新たな脅威のために準備をしている王家に見かけだけでも忠節を示そうと貴族どもが死んでも構わない中途半端な立場の跡取りを、戦場や魔術学校に送り込んでいることぐらいだ!!」


 勇者の活躍で魔羚人まれびとたちが侵攻してくることはこの10年無くなってはいるが、それでも休戦した訳でも勝利した訳でも無いため準備は必要と、人魔大戦の反省から魔術を使える者を増やし、自衛を促すことを決めた王家。


 その気運に貴族としても良い顔をしておきたいと子供を魔術学校や騎士学校に通わせていたりするが、男の言うように死んでも家督に響かない中途半端な立場の子供ばかりを選んでいので、確かに貴族の意識は変わっていない。


「……だからこそ、今度は俺が奪うのだ! この力を手にした今、それができるというのなら!! 俺が! エニエ様のために!! この力を振るうのだ!!」


 男の瞳には復讐の炎がくすぶり続けている。


 自分の手で出来なかった恩人のための蜂起。

 片恋相手に捧げるはずだった供物を未だ男は求めているのだ。


 だからこそ、男には止まる気配が無い。

 なにせ……止まる理由がないのだから。



 ガサガサッ



「おい、誰かいるのか? 誰でもいい。誰かいるならこの俺を守……ひっ!?」


 そうして話をし終えた男のもとに、おり悪く1人の少年が姿を現してしまう。


 その見てくれは紛れもなく貴族というべきものであり、男が殺すと定めた相手であった。


「な、なんだ貴様!?」

「……ほら見ろ。この計画のおかげで、こうしてのこのこ1人で歩くゴミが生まれるだろう?」

「しゃ、喋っ……ぐあっ!?」


 握っていた両手の枝を手放し、代わりに怯え切っている少年を片手で軽々と掴む男。


「や、やめろ! なにをする! お、俺を誰だと思って……」

「知っているさ。俺はお前らという生き物がどういうものなのか……嫌というほどな!!」


 力を込めて。

 憎しみを込めて。


 かけられるだけの負荷を最大限までかけるべく、男は少年を力いっぱい握りしめ始める。


「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

「お前たちみたいなゴミがこうして1人になる瞬間をどれほど待ちわびたことか! 力のなかった今までの俺では望みは叶えられないと諦め、この力を手にした今もなお派手に動けば十三騎族や騎士どもとの無駄な戦いを強いられると二の足を踏んでいたが……しかし! 此度の計画ではどうだ!? おかげで俺は! こうして! こうしてお前たちを!!」

「や、やめ……っ!!」



 ゴキッ



 何かが折れた音がした。

 それは紛れもなく人間の体を支えているであろう硬い物――即ち、骨だ。


 それをバキバキに折られた少年は穴と言う穴から赤い雫を漏らしながら、力なく体をしならせてしまう。

 

 そんな少年を男が投げ捨てると、その体はぐにゃぐにゃ転がり続け木に当たってようやく静止する。


 鼓動は無い。

 呼吸も無い。

 そもそも活動できる体ではない。


 まぎれもなく絶命したと思われるその人間だったものを見たルーザー。


「お前……」


 憤りを露にするルーザーに、「お前が何故怒る?」と男。


「貴様に所縁のある人間だったという訳ではあるまい? だとしたら、お前に助けを求めていただろうしな」

「そりゃそうだけどな……それで、黙って誰かが殺されるのを見てんのも違ぇだろ」

「理解が出来ん! これは害だ! 人を喰らう毒だ! 人が育みし癌だ! ならば、切除するのは当然だろう!? だからこそ! 俺はまだ、止まる訳にはいかないのだからな!!!」


 そう言って両手を空へと掲げた男。


 何をするのかと見やると、空ではなく、森の奥の方から今まで聞こえていなかった声が再び聞こえ始める。


「こいつは……っ」

「そう! 先程まで小さくしてしまっていた獣たち。それを……先程よりも強大に! 怒りのエネルギーを増して凶悪にした! 今の俺ならそれが可能だ!! アッハッハッ! アッハッハッハッハッハッハ!!!」


 ◇ ◇ ◇


「くそっ! 何だ!? 何故、また猪たちが巨大に!?」


 ここは先程、ポムカたちが落ちた大穴の外。


 何とか外へと這い出ていたポムカたちのもとに、小さくなっていた木々を押し倒しながら巨大な猪たちが押し寄せてきていた。


「わからん! だが、こいつらを何とかせねば!!」


 クゴットとデクマが何とか応戦するも、相手は2頭だけではない。


 5頭の猪たちが大挙してきているため、1頭1頭丁寧に相手している余力はなかった。


「くっ!」

「先生!!」


 あっという間に倒せていれば問題はない。

 しかし、押し寄せてきているのは目算で10m近くはあろうかという猪たち。


 もはや木よりも大きな巨体も存在しているが故に、どこにいるのかわかってしまうその個体が、森の外で、中で大暴れしており、もはやお目付け役の教師たちで賄える相手ではないほどだった。


 しかも、男の最初の不意打ちで、幾人かの教師が重症だというのは勿論の事、ここにいるのは魔術学校の新入生たち――謂わば、魔術に自信の無い者たちばかりなのだから、手が足りているどころか足手まといの方が多いのが実情だ。


 だからこそクゴットたちは、「お前たちはできる限り下がってろ!」とこの場を離れるよう指示を出すことしかできないでいる。


 せめて、本気を出している自分の攻撃に巻き込まない程度には、と。


「ひ、ひぃぃぃ!!」

「もういやぁぁぁ!!!」


 慌てふためく生徒たち。


 一緒に逃げようと手を引く者。

 誰かを蹴落としてでも自分だけは助かろうとする者。


 大小さまざまな美醜が生徒によって織りなされ、数多の声が散り散りに生み出されている。


 もはや、どうにもできない事態がその場で繰り広げられていたのだった。


 ◇ ◇ ◇


「……聞こえるか!? 魔獣と化した獣どもの雄叫びが! それに恐怖するクズどもの叫びが!! あぁ!! ようやくだ!! ようやく俺は、あのお方のためにこの手を汚せる!! あのお方が目指した理念のために……貴族も平民も無い世界を作るというあのお方の理想のために!! この命を!! 使える時が来たのだぁぁぁ!!!!」


 エニエの理想。

 エニエの理念。

 そして、エニエの優しさ。


 それを守るために、彼は泥にまみれると誓っていたのだ。


 あの日、全てを奪われるまで……。

 いや、奪われてなおずっとずっと抱いていたのだ。


 恩を返すと。

 ただ、それだけのために。


 だからこそ、男が止まることは無い。


 今までも……。

 そして、これからも……。



「……命を使う、ねぇ」


 男の話を聞いたルーザーは、そう一言だけ告げつつ上体を何とか起こすと、突然笑顔を見せ、そして……



「お前……カッコイイじゃねぇか」



 何故か男を褒めてみせる。


「なに……?」


 突然の称賛に目を奪われる男。


 ついさっき目の前で貴族を殺して見せた時は、怒りすら露にしていた男が突然、称賛の言葉を口にしてきたのだから当然といえば当然だ。


「どういう、意味だ?」

「いや、どうも何も……その生き様はカッコイイと思っただけだよ。誰かのためにそこまでできるって普通じゃ考えらんねぇしな。無論、その女もだ。世界の在り様を変えてみせるとか……カッコいい以外に言いようがねぇじゃねぇか」


 そう笑顔で言ってみせたルーザーに唖然とする男。


 ルーザーが笑顔でいたことに、ではない。

 今までそんなことを言ってきた者がいなかったからだ。


 平民は平民、貴族は貴族が当たり前の世界。

 それを否定することを言おうものなら、貴族には命を狙われ、平民にだって大言壮語だと聞く耳持たれないのが常なのだから。


 それを今、目の前の男は褒めてみせた。


 自分の……否、自分がもっとも敬愛した相手の理想をカッコイイと称賛してみせたのだから、この反応は当然だろう。


「お前……」

「……あぁ勿論、生き様だけな? お前の振る舞いとかは、ハッキリ言って受け入れらんねぇし。そいつを殺したのも含めてな」

「なに?」

「だってそうだろう? 強いもんが弱いもんから全てを奪うって……お前がやってんの、貴族がお前にやったのと同じじゃねぇか」

「それは……っ」


 わかっているつもりだった。


 その振る舞いが自分が最も忌み嫌い、否定すべき相手と同じであることなど……最初から理解しているつもりだった。


 ただ一点、わかっていても受け入れられないことがあったりもするのだ。


 それは……。


「……わかっているさ。きっと、こんな俺……いや、私を見れば、あのお方は悲しむことだろうこともな」


 そう。

 エニエのこと。


 彼女は平民と貴族の垣根を無くすと言っただけで、貴族を殺すとは言ってはいない。


 きっと彼女が今の自分を見れば悲しむに決まっていることも。


 なにせ彼女はそういう人――自分が憧れた少女はそういう人間だったのだから。

 だからこそ、この振る舞いが彼女の理念でもなければ理想とは程遠いことも自覚していたのだ。


 ……だけど。


「それでも、やめるつもりはない。いや! やめていいはずがない!!! やめたところで何も変わることは無いのだから。俺が……私が変わったところで、奴らが変わることなどありはしないのだから!!」


 そう簡単に変わるのなら、そもそもこの問題はこんなに根深くはないだろう。


 だからこそ彼は言ったのだ。

 この手を汚せる……と。


 理想を叶えるでも、世界を変えるでもなく……その手を、汚すと。


「だろうな。そういう奴は嫌って程見てきたし、言ったところで聞きゃしねぇだろうから、そういう手合いの説得なんて端からするつもりなんてねぇっての。でも……それでもちょっとカッコイイって思っちまったのも事実だからな。だからちょっと口にしただけだよ」

「お前……」


 ルーザーはルーザーでそういう男だった。


 確かにこの貴族を恨んでいた男は目の前で貴族の少年を殺してみせた。

 それは許されることでも受け入れられることでもない。


 それでも……。

 それでも男の思いとエニエの想いには感銘を受けてしまったのだ。


 だからこそ、ルーザーは褒めてみせたのだ。

 笑って、彼らを称賛してみせたのだ。


 それが……フェアだと思ったから。

 ルーザーにとってそれが正しいことだと思ったから。


「……って訳で、話は終わりにしようぜ。互いが互いに引けねぇってんなら、やることなんて一つだろう?」


 手をくいくいっと曲げて挑発して見せたルーザー。

 体中血だらけになりながらのそれは虚勢にも見えなくはないが……。


 しかし、それでもその威容には恐ろしいまでの何かがあると男は察してしまったのだった。

 だからこそ、男はその挑発を受け入れる。


「……いいだろう。それが貴様の望みだというのなら!! 全身全霊で、俺を……私を止めてみせろ!!」

「ああ! そうさせてもらうよ!!」


 突撃するルーザーの拳による一撃が男の牛と化している顔面に当たる。


「その程度か!?」


 一方の男の反撃の拳がルーザーの全身に直撃する。

 体の大きさのせいで、当たる面積もルーザーの方が大きくなってしまう。


「ぐはっ!! ……痛てて。しょうがねぇだろう。近接っていうか、グーパンでの戦闘苦手なんだよ」


 元々、ルーザーは勇者時代に刀を使っていた。

 それ故に足技は豊富ではあるのだが、手による攻撃のレパートリーは皆無に等しかった。


「呆れたものだ! その程度で、この俺を……私を止めようなどと!!」


 再び殴りによる攻撃をしてみせた男。

 しかし、今度は素早い動きで避けてみせるルーザー。


「悪かったな! それでも……負けるつもりはねぇから、覚悟はしとけよな!!」


 素早い動きで男を翻弄しつつ、的確に、そして着実に蹴りによる攻撃を与えていくルーザー。


「えぇい! ちょこまかと!!」


 そうして、再び落ちていた枝を2本掴んでみせた男は、枝を巨大化させつつ乱雑に振り回してルーザーを牽制する。


「おっと! そんな適当な攻撃は当たんねぇっての!!」

「ならば、これならどうだ!!!」


 男は両手の枝を地面に勢いよく叩きつけると、抉られた大地から砂や石が舞い上がる。


「ぐへっ! ……って、別にそんなに痛くねぇ?」

「当然だ。それは貴様の気を散らすためのものだからな!!」

「ヤベッ!! ……ぐはっ!!!」


 そうして、バラまかれた小石やらなんやらに意識を削がれていたルーザーに、枝で追い打ちをかけた男。


 その一撃によって大きく吹き飛ばされたルーザーは木に直撃するも、その勢いを殺しきれないと木の方が悲鳴を上げてなぎ倒されていき、ルーザーは数本もの木を犠牲にしながらようやく止まることができるのだった。


「かはっ!!! ……くそっ、油断した。てっきり、砂とかもダメージあんのかと思って身構えちまったぜ」

「前に言わなかったか? 俺の……私の能力は触れた物にだけ適用されるとなっ!」

「聞いてたかも知んねぇけど……もう忘れたよっ!!」


 正確には間接的にも適用することはできる(実際、靴を履いた足での石攻撃には適用されていた)が、棍棒のように長い物だと適用するには少しタイムラグがあるので、今回は適用できなかっただけだったりする。


 それはそれとして、ルーザーに一気に近づきつつ、再び行われ始めた男の連撃。

 それを必死に回避してみせるルーザー。


 何発も何十発も打たれ続ける連続攻撃を寸でのところで、はたまたかすりながらも避け続けるルーザーに、やはり当てられない男。


 互いが互いに攻めあぐねているように見えるが、実はルーザーはあることを狙っていたりする。


 それは……。



 ピクピクッ



 男の腕の筋肉が動いたように見えた。


「ハァ!!!」

「ここだ!!」


 男の振り下ろした枝に合わせて何故か蹴りを放つルーザー。


 今までの調子から考えても、ルーザーが押し負けるのは既定路線……かに思われたが。


「おらっ!!」

「……な、なにっ!?」


 結果はまさかのルーザーの押し勝ち。

 その事実に男は驚愕している。


「どうした? 自分の限界に気付かなかったか?!」

「限界、だと?!」


 ルーザーの言葉に男が持ち上げられた自身の腕を見てみると、確かに痙攣したように小刻みに震えているのが見て取れた。


 しかし、それも仕方のないことだ。

 ――なにせ、これが男の初めての戦いだったのだから。


 更に何かの液体によって得た更なる力による高揚感も相まって、男は自身に体力の限界が来ていたことに気付かなかったのだ。


 そうしてジッと男の腕の変化を注視していたルーザーは、その時が来たと攻撃にあえて合わせたことで、男の油断を誘い巨大化させた木の枝を上方まで持ち上げることに成功したのだった。


「今までのお返しだ!」


 完全に懐ががら空きになった男に近づいたルーザーは、先程まで纏っていた量以上の雷を脚に纏わせたことで足自体が見えづらくなるほど足を光り輝かせる。


「食らいやがれ!! 雷絶虚歩らいぜつこほう力脚りっきゃく!! 火豪虔かごうけん!!!!」

「……っ!!」


 溜めに溜めた雷の力を男の胸元に当てた瞬間、大爆発が巻き起こる。


 その轟音を伴う衝撃は辺りの木々すら巻き込む程であり、遥か遠くの方まで響き渡る。


「ぐへっ!!」


 しかし、その一撃は巨大すぎたがために自分自身すら巻き込むようで、ルーザーは男とは真逆の方に吹き飛ばされてしまっていた。


「……痛たたたた。……くそ~。この技、久々に使ったからな~、完全に受け身取り損ねたぜ。まぁ、昔、使った時に周りを巻き込み過ぎるからダメって言われて、仕方なく雷絶虚歩らいぜつこほうは封印してたからしゃーねぇけど。弱くなってる俺には余裕ぶっこいてる場合でもねぇし、使えるもんは使わねぇとだからな」


 雷絶虚歩らいぜつこほうの裏話を漏らしつつ、ぶつけた頭をさすりながら立ち上がったルーザーは、未だ衝撃冷めやらぬ現場を突き抜けながら男の行方を捜すことに。


 自分のせいで焼け焦げてしまった木々たちに慚愧の念を抱きつつ、姿が見えない男を探していると……少し行った辺り。

 未だ土煙が立ち込める場所で、大きな陰が蠢いて見せた。


「……ちっ。やっぱ今のでも倒しきれねぇか」

「……当然……だ。俺……は、まだ……立ち止まる、訳、には……」


 しかし、それでも死に体ともいうべき姿なのは、気配でわかった。


 後一撃ぐらいか。

 そう思ったルーザーだったが……。



 カランカランッ



 こちらに何かが投げられる音が聞こえた。


 足元に転がってきたそれは瓶のような物だった。


 ……そう。

 そこには先程も男が服用していた男の力を高めてみせた薬の空瓶が、10本近く投げ捨てられていたのだった。


「おまっ……馬鹿っ! それ以上、それを飲んだら体がどうなると思って……っ!!」

「だとしても!! だとしてもだ! 俺は!!! 諦める訳には!! いかないんだぁぁぁぁ!!!!」


 男の咆哮で土煙は晴れていく。


 そうして見て取れた男の体は血管が浮き上がり、体色も日焼けしたような茶褐色だったものが、赤々としたものへと変化していた。


「エニエ様……エニエ様ぁぁぁぁぁ!!!!」


 男の覚悟。

 何を犠牲にしようとも、諦めないという誓い。


 それをまざまざと見せつけられたルーザーはただ一言。


「……馬鹿野郎が」


 そう呟くと「……いいさ。最後まで付き合ってやるよ!! 全部、吐き出してこいや!!」と拳を構える。


「ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 そうして、そこからはただの殴り合い意地の張り合いが始まるのであった。

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